第36話 セーラー服(ベティ)
薄暗い通りは周囲の高層建築物から落下してきたと思われる瓦礫で埋もれていて、塗装が剥がれた鳥居だけがひっそりと瓦礫の間から顔を出しているのが確認できた。
「そう言えばさ」と、複座型の
「あれが鳥居だって、よく分かったな」ケンジが感心しながら言う。
ベティは頬を膨らませると、ガスマスクのフェイスシールドに表示させていた鳥居についての情報を消した。
「制限はあるけど、〈データベース〉を使えば旧文明期の情報は調べられるんだから、鳥居くらい知っていて当然でしょ」
「それなら、ベティが身につけている服が、大昔の子供たちが学校に行くときに着ていた制服だってことも知っているんだろ?」
「もちろん」と、彼女はニヤリと笑みを見せる。
「俺たちはこれから戦いに行くんだぞ」ケンジはヴィードルを操縦しながら言う。「そんなヒラヒラした服で何をするつもりなんだ」
ベティはボディアーマーの所為で形が崩れていたスカーフを直しながら言う。
「わたしたちが販売所で手に入れられる安物の戦闘服だって、ただの薄い布で銃弾は防げないよ」
「なら人擬きに噛まれたらどうするんだ?」
「セーラー服の下にスキンスーツを着込んでるから大丈夫。それにね、カッコいいし、虫にも刺されない!」
ケンジは溜息をつくと、先行する青いヴィードルに視線を向けた。
「それなら周囲の動きに警戒してくれ、さっきも人擬きを見落としていただろ」
「あれは……だって瓦礫に隠れていたんだもん。普通は見つけられないよ」とベティは開き直る。
「しっかりしてくれ、この辺りには俺たちしかいないんだぞ」
「わかってるよ。いちいち意地悪なこと言わないで」
『やれやれ……姉さん、そっちはどうだ?』
コクピット内にケンジの声が聞こえると、アネモネはヴィードルの動体センサーを起動して周囲の動きを素早く確認する。
「センサーの感度が高いだけなのかもしれないけど、どこもかしこも生物の反応でいっぱいだよ」
『生物の反応か……この辺りの廃墟はデカい昆虫の生息地になっているのかもしれないな。ところで、ヴィードルの調子はどうだ?』
「驚くほど素直に動いてくれているよ」
『そいつはよかった』と、ケンジは苦笑する。『そろそろ敵拠点が見えてくるはずだ。姉さんも気を抜かないで行動してくれ』
「了解」
軽い口調で返事をすると、アネモネはノイに同行させていた偵察ユニットから受信していた映像を全天周囲モニターに表示する。
上層区画につながる高架橋の陰になっていた旧市街地の薄暗い通りには、昆虫型変異体の死骸が無雑作に放置されていて、それらを目当てに多くの変異体が集まっていることが確認できた。
『アネモネさん』ノイの声が聞こえる。
『移動経路を変更したほうがいいみたいですね。その通りで危険な人擬きの姿も確認しました』
「わかった。ビー、すぐに安全な移動経路を探してくれ」
『承知しました!』と、ビーの元気な声がコクピット内に聞こえた。
「それで」と、アネモネはノイに訊ねた。「敵拠点はどんな感じだ?」
『人の出入りはありますけど、襲撃に警戒している様子はないっすね』
「不用心だな」
『人間が近寄らないように、通りに大量の死骸を吊るしているみたいなんで、傭兵を連れた行商人もこの辺りには近づかないのかもしれません』
「人間の死体を吊るしているのか?」
アネモネは顔をしかめながら、ビーが撮影していた映像を確認する。確かに無数の死骸が通りの街灯やら瓦礫から伸びる鉄骨に吊るさせている様子が見えた。
『そうっすね。人擬きを誘き寄せる餌みたいなモノっすね』
「どうして人擬きを?」
『それはまだ分かりませんが、敵拠点を制圧すれば理由が分かると思います』
「わかった。ノイも注意して引き続き――」
そこまで言うと、アネモネは騒がしい警告音と共にモニターに表示された複数の生物反応を確認する。
「ケンジ!」
『こっちからも見えてる』と、すぐに声が聞こえる。『まだ俺たちのことには気がついていないみたいだ。攻撃のタイミングは姉さんに合わせるから、指示をくれ』
打ち捨てられた車両を足場にしながら廃墟に侵入する武装集団を見ながら、アネモネは攻撃に適した場所に移動する。通りのずっと先に視線を向けると、変異体の死骸が大量に放置されていて、ちらほらと人擬きの姿も確認できた。
『そいつらが標的で間違いないっすね』と、ユイナから受け取っていた情報を確認したノイが言う。『拠点を警備していた人間が集団のなかに雑じってます』
「ここでカタをつけても?」
『拠点の守りを固める前に敵を排除できるチャンスですけど、何か作戦とかないんですか?』
『そんなオシャレなモノはない!』ベティがキッパリと言う。
『襲って皆殺しにする。それがわたしたちの作戦だよ』
ノイはしばらく黙り込んであれこれと考えていたけど、攻撃を許可してくれた。
『敵拠点の監視を続けるんで、そいつらは適当にやっちゃってください』
アネモネはうなずくと、火器管制システムを起動してモニターに表示されたレーダーが機能していることを確認する。車体に収納されていた重機関銃は装甲の隙間からスライドするように姿を見せた。
銃口が視線に連動して動くのを確認したあと、敵味方識別信号が正確に動いているのか調べる。ヴィードルの戦術コンピュータは正体不明の生物を敵として記録すると、標的用のタグを貼り付けていく。
『システムに異常は確認されていません』
ビーの声が内耳に聞こえる。
『いつでも交戦できます』
「了解……攻撃を仕掛ける」
車両を覆う強力な力場を展開すると、廃墟に向かって超小型ロケット弾を数発撃ち込む。炸裂音のあと、集団の生き残りが数百発の銃弾を撃ち込んでくる。アネモネは車両を急加速させて、すべての銃弾を避けると、建物内に視線を向ける。ロケット弾の衝撃で砂煙が立っていたが、赤い線で輪郭を縁取られた敵の姿が確認できた。
親指で兵装を素早く切り替えると、人差し指で攻撃発射トリガーを引いた。次の瞬間、コクピット内に重機関銃の発射音が再現されて、無数の弾丸が標的に向かって飛んで行くのが確認できた。
銃弾を受けた建物の壁面が剥げて数百の欠片になって散らばると、モニターに敵の接近を知らせる警告が表示される。アネモネは足元のペダルと左手のレバーを操作してその場で車両を急旋回させると、目の前に迫っていた人擬きに視線を合わせる。
と、上方から落下してきたヴィードルによって人擬きはグシャリと潰される。
『人擬きの相手は俺たちに任せろ』とケンジの声が聞こえる。『姉さんは逃げた集団を追ってくれ!』
「了解!」
アネモネはヴィードルを急発進させると、偵察ユニットから受信する映像をモニターに表示させた。敵拠点では、ヴィードルに乗ったノイが敵の猛攻を受けながらも、建物に接近している様子が確認できた。こちらの騒ぎを聞きつけたのだろう。敵拠点では武装した複数の人間が慌ただしく動き回っていた。
『どれくらいでこっちに到着します?』
ノイの落ち着いた声が聞こえると、アネモネはモニターに表示されたタイマーにちらりと視線を向けた。
「どんなに急いでも三分くらい必要だ」
『わかりました。それまで敵の攻撃を引き付けます』
アネモネはうなずくと、人擬きに追いかけられていた人間に照準を合わせてトリガーを引いた。
腰と太腿に銃弾を受けた人間が倒れて、人擬きが飛びつくのを確認すると、超小型ロケット弾を二人の間に撃ち込む。身体がポンっとはじけて、内臓や血液が周囲に飛び散ると、進路上に転がってきた人擬きの頭部を踏み潰しながら加速する。
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