第35話 依頼人(双子)


 姉妹のひとりに案内されたのは、格納庫内にある簡素なプレハブ小屋だった。粗末な長机にパイプ椅子が置かれた部屋に人の姿はなかったが、金属製のガンラックが並び、多種多様な銃火器が保管されているのが確認できた。


「そろそろ約束の時間になります」とノイが言う。

「依頼人もすぐにやってくると思いますので、適当に座って待っていましょう」


 彼の言葉通り、いくらもしないうちに姉妹たちとは異なる容姿を持った双子が小屋に入ってきた。高価で多機能なスキンスーツに草色の戦闘服を重ね着していた双子は、驚くほど似た顔立ちをしていたが瞳の色だけは異なっていた。


 どこか冷たく、それでいて隙のない印象を受ける〈ユイナ〉という女性はヒスイ色の瞳を持ち、やわらかい笑みを浮かべている〈ユウナ〉は菜の花色の瞳を持っていた。


 透き通るような白い肌に、黒髪に切れ長の目、まるで日本人形のような容姿を持つ双子に戸惑いながらも、アネモネたちは簡単な挨拶と自己紹介を行う。


「それで!」ベティは目をキラキラさせながら訊ねる。

「わたしたちに依頼したい仕事ってなぁに?」


「数週間ほど前のことです」

 ユイナは落ち着いた声で返事をすると、小型のホログラム投影機を机に載せる。

「私たちは〈姉妹たちのゆりかご〉に対して、大規模な襲撃を画策していた不死の導き手と呼ばれる宗教団体の拠点を潰しました。そのさい、教団と繋がりがある危険な組織が鳥籠の近くに潜んでいる情報を入手することができた」


 端末から浮かびあがるホログラム映像には、崩れかけた廃墟が表示される。そこには、いかにも略奪者といった身なりの集団が集まっていることが確認できた。


「どこのギャングだ……?」ケンジは目を細めるが、すぐに頭を振る。「いや、レイダーよりもしっかりした装備で武装しているな。こいつらは何者なんだ?」


「残念ながら正体は判明していません」と、ユイナはケンジに眸を向ける。

 武装集団の拠点だと思われる建物を警備していた複数の人間の姿を確認しながら、ケンジは彼女に訊ねた。


「依頼っていうのは、そいつらの正体を探ることか?」

 ユイナは頭を横に振る。

「その正体不明の組織が教団の依頼を受けて、各地で人間を誘拐していることは既に突き止めました」


「情報が欲しいんじゃなくて、敵の拠点を潰してもらいたいってことか?」

「端的に言えば」と、彼女はうなずいた。「ここで重要になるのは、危険な集団が私たちの脅威になっている、という事実だけなので」


 それまで腕を組んだまま黙って話を聞いていたアネモネが口を開く。

「ゆりかごの警備隊には、略奪者たちを相手にするだけの充分な余力があるように見えた。戦力も圧倒的だし、戦闘員が不足しているようにも見えない」と、格納庫に並ぶ戦闘車両のことを思い浮かべながら彼女は続けた。「それなのに、どうして私たちに依頼を?」


「教団が鳥籠に対して更なる攻撃を計画していることが分かりました。敵部隊が集結する前に、各個撃破する必要があると考えました」とユイナは言った。


「つまり、この危険な集団に必要な人員を割くことができない状態なのか?」

「ええ。だからイーサンが信頼している傭兵に仕事を依頼しようと考えました」


「敵の殲滅かぁ……」ベティは机に頬杖をつきながら言う。

「わたしたち三人だけでやるには、さすがに大仕事だと思うけどなぁ」


「ベティたちの実力があれば、問題なく対応できるよ」とユウナは笑顔をみせる。「でも、その装備は心もとないかな」


「そうかなぁ?」

 ベティはそう言うと、略奪者たちの返り血であちこち染みになっていたボディーアーマーに目を向ける。


「それはゴミね。この部屋にあるモノなら、好きに使ってもいいから、今よりもマシな装備を身につけて」


 ユイナの言葉にベティは目を輝かせる。

「本当に自由に使っていいの?」

「脅威を排除してもらうことが私たちの望みよ。遠慮せずに使えるモノは使って」


 ベティがユウナと一緒になって、ガンラックに並ぶ銃火器を物色しているのを確認したアネモネはユイナに訊ねる。

「敵拠点の正確な位置は分かっているのか?」


「情報はノイの端末に送信してあるけど――」彼女は机に置いてある装置を操作して立体的に再現された地図を表示させると、姉妹たちのゆりかごから赤色の線を伸ばして、敵拠点に続く経路を強調する。「ここが正体不明の武装集団が拠点にしている建物」


「鳥籠に近い位置にあるな」とケンジはつぶやく。「ヴィードルに乗って移動すれば、一、二時間ほどで到着できる距離だ」


「状況を理解してくれた?」

「ああ。こんな近場で正体不明の集団がうろついていたら、安心はできないな」


「見て、お姉さま!」ガスマスク付きタクティカルヘルメットを装着したベティがくぐもった声で言う。「ヤバいやつだよ、これ!」


「たしかにベティは目立つから、ヘルメットは必要だな」アネモネはベティのテンションの高さに苦笑する。「でも、ガスマスクは視界が確保できるモノがいいな」


「それなら、これはどう?」

 ユウナは半透明のフェイスシールドがついたガススマスクをベティに手渡した。


「おぉ!」興奮するベティは、さっそくマスクに自分自身の情報端末を無線で接続して、シールドに多数の情報を表示する。


「ねぇ」ユウナはベティに顔を近づけて、フェイスシールドに表示されていた画像を見つめる。「それってハクだよね?」


「そうだよぉ」ベティはだらしない笑みを見せる。

「フサフサでかわいいでしょ?」


「イーサンに聞いていたけど、本当にハクのことを知っているんだね」

「ハクとは戦友みたいな関係だからね」ベティは腰に手を当てて得意げに言う。「わたしのコレクションを見せてあげるよ」


 ベティは端末を操作すると、隠し撮りしていたハクの動画や大量の写真をユウナの端末に送信する。


「これはね」と、ベティは早口で説明していく。「ネコみたいにお尻を振って、人擬きに襲いかかろうとしてるハク。こっちはね、空に向かって伸ばした前脚を広げたり閉じたりしながら、大きな昆虫を威嚇してるハク。あとはね……あっ、こっちもかわいいから見て!」


 奇妙な果実をムシャムシャと食べていたハクが、白い体毛を果汁でベトベトに汚している動画を見ながらユウナはミスズについて訊ねた。


「ミスズってハクの家族だよね?」ベティは首をかしげながら言う。「ハクが色々と話してくれたけど、まだ会ったことはないんだ。もちろんレイラのことも知らない」


「それでよくハクに襲われなかったね」

「ね。わたしも気になってた」


「続きを話しても?」ユイナの声が聞こえると、アネモネは姿勢を正した。

「失礼した。話を続けてくれ」


「敵拠点の近くには、人擬きの巣になっている集合住宅がある」彼女の言葉のあと、廃墟の街を俯瞰視点で表示していた映像が変化して、武装集団の拠点近くの廃墟群が拡大表示される。「付近には近づかないほうがいい。それと――」


 ホログラムの地図に赤い線で囲まれた地区が表示される。

「この辺りは汚染地帯になっていて、とても危険な変異体の目撃報告もあるから、絶対に近づかないように」


「汚染地帯か……」険しい表情で映像を見つめていたケンジが言う。

「周辺地域の汚染状況は?」


「風向きや天候によって状況は変化するけど、赤い線で囲んだ地域に近づかなければ危険性はない」


「とは言っても、装備は用意したほうがいいな……」

 それからユイナは敵拠点について知っている情報をアネモネたちに伝えた。軍用規格のヴィードルに加えてノイも作戦に参加するが、状況によっては敵拠点を攻撃せず、撤退も視野に入れて行動する必要がありそうだ。

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