第31話 回廊(レイラ)


 お気に入りのアニメソングを口ずさむ白蜘蛛のあとを追うように、レイラとミスズは空中回廊を歩いた。


 ずっと以前に誰かが野営していたのか、通路は足の踏み場もないほどゴミで溢れていた。床には戦闘糧食のパッケージや缶詰が転がり、ほとんど原型の残っていないテントもいくつか残されていた。それらのゴミに雑じって人間のモノだと思われる骨も確認できたが、廃墟の街では珍しくもない光景だった。


 地上から数十メートルの高さにある回廊には、高層建築物の間に吹き荒ぶ風が常に吹き込んできていたが、不思議なことにゴミが舞い上がることもなければ、強風で歩きにくくなることもなかった。暴風や強風に備えて回廊そのものに何かしらの対策が施されているのかもしれない。


 レイラがちらりと横に視線を動かすと、高層建築物の間に橋のように架けられた空中回廊が数え切れないほどあるのが確認できた。


 上方に視線を向けると、数百メートルに亘って同様の回廊があちこちに架けられているのが確認できた。高層建築物をつなぐ回廊がなければ移動を含め、上層区画での暮らしは色々と不便だったのかもしれないと彼は思った。


 超高層建築物が林立する廃墟の街では、縦にも広大な居住空間があることがハッキリと確認できる。


 その内、スカベンジャーたちが探索できた範囲は想像するよりもずっと限られていて、レイラたちが探索できた範囲も狭く、それらの建造物は未踏の地なのだろう。であるならば、今も旧文明期の遺物が多く残されているのかもしれない。


 けれど、それらの遺物を入手するのには、危険な変異体が潜む建物内を探索する必要がある。だからこそ今も荒らされることなく、文明崩壊時の姿をとどめている場所が多く残されているのかもしれない。


 レイラはジャンクタウンの酒場で、蟻人間を見たという酔っ払いの話を聞いたことがあったが、広大な廃墟の街を眺めていると、そういった噂もあながち嘘じゃないと思うようになった。この世界にはどんな変異体や危険が潜んでいても不思議じゃない。


『レイ、ハクとミスズに置いていかれちゃうよ』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、レイラはうなずいて、それから足元のゴミに注意しながら歩いた。彼の足元では猫ほどの大きさのドブネズミが駆けていた。ハクの存在に恐怖して寝床から飛び出してきたのかもしれない。


 レイラはなんとはなしに濃紅色に発光する眸で周囲を注意深く観察した。するとあちこちに生物の痕跡を見つけることができた。それは昆虫型変異体のモノや野生動物のモノだったが、街の上層区画には、確かに豊かな生態系が存在していることが確認できた。廃墟の街は人擬きと人間だけのモノではないのだ。


 白蜘蛛が〝たからもの〟を見つけたという建物入り口でレイラを待っていたのは、ミスズとハクだけではなかった。そこには周辺索敵を行っていたカラスも来ていた。レイラは羽繕いしていたカラスの頭を撫でると、大小様々な瓦礫で塞がった入り口を眺める。


『こっち』

 ハクは脚を伸ばしてミスズを抱きかかえると、建物の壁面を移動して崩れた外壁から建物内に侵入する。


 それを見ていたレイラは回廊の端に立って、外壁までの距離と角度を目測したあと、助走をつけて建物内に向かって跳躍した。崩れた外壁までそれなりの距離があったが、以前よりも身体能力が向上していたレイラにとって難しくないことだった。


 思っていたよりも勢いがつき、着地の際にバランスを崩して転がるように建物に侵入したレイラは、周囲の動きに警戒しながら立ち上がる。


「ミスズ」と、彼は言う。

「人擬きが潜んでいるかもしれない。ここからは慎重に動こう」


 彼女はうなずくと、タクティカルゴーグルを操作してナイトビジョン機能を起動し、それから腰のホルスターからハンドガンを抜いた。


 ハクを先頭に、レイラたちは薄暗い廊下を歩いた。時折、街の何処かで遠雷が轟いて建物内を明るく照らしたが、奥に進むほど廊下は暗くなり外の明かりも届かなくなった。


 閑散とした廊下を歩いていると、目の前にホログラムで警告表示が投影される。


『これは――』カグヤの声が聞こえる。

『不法侵入に関する警告表示だね。深淵の娘に関する警告もあるみたい』


 アニメ調にデフォルメされた深淵の娘が、四角張ったロボットによって建物内から追い出されて、とぼとぼと出口に向かっている様子をコミカルに描いた映像を見たあと、レイラたちは通路の先に進んだ。


〈――ドロイドは年を追うごとに改良され、さらに高性能に――全世界に普及していきました。介護だけでなく、様々な分野で人間の――サポートするため、人型の機体も多く製造されました。医療や障がい者の支援、また災害時の活躍も――多くの種類が誕生して――〉


 通路の先から聞こえてくるノイズ混じりの機械的な合成音声を聞きながら、レイラたちは人擬きや変異体の出現に警戒していたが、危険な生物が姿を見せることはなかった。


 散らかった部屋のなかには、数体の奉仕用ドロイドが展示されていた。多くの機体は破壊されていて、床に倒れた状態で放置されていたが、部屋の中央に設置された台座に展示されていた機体だけは完全な状態で残されていた。


「綺麗ですね」ミスズは白菫色の金属装甲に覆われた女性型の機体を眺める。

『そうだね』とカグヤも同意する。『ほとんど新品といってもいいほど綺麗な状態で保存されてる』


 レイラは機械人形から離れた位置に立っていたハクのことが気になったが、いつものように考えなしに機械人形に接近した。突然けたたましい警告音が鳴り響いて、天井に設置されていた数基の自動攻撃型タレットの砲身がレイラとミスズに向けられた。


『動かないで!』カグヤの声に反応してレイラはピタリと動きを止めた。その際、レイラが身につけていた外套は周囲の環境を素早くスキャンして、色相や質感を外套の表面に再現してレイラの姿を隠そうとした。


『警備システムに侵入するから、そのままじっとしていて』

「……了解」


 警備システムが作動することを知っていたのに、自分たちに話すことを忘れていたな、とレイラが白蜘蛛に視線を向けると、ハクは気まずそうに触肢をこすり合わせる。


 レイラは自分自身の緩怠を棚に上げて「やれやれ」と、溜息をついて、それから攻撃タレットの砲身を見つめた。それはヴィードルくらいなら簡単に破壊できそうな火力を備えた代物だった。


『セキュリティを解除したよ』と、しばらくしてカグヤの声が聞こえた。『これで安全に探索できる』

「ふぅ」


 緊張していたミスズは息を吐き出すと、ハクと一緒に部屋の中央に展示されていた奉仕用ドロイドに近づいた。この機体を拠点に持ち帰ることができれば、旧式の家政婦ドロイドを使用しているウミの新しい機体にできるかもしれない。


 そんな期待と共にミスズは奉仕用ドロイドを見つめていた。しかし台座にのっていた機械人形の周囲には障壁となる力場が展開されていて、触れることができなかった。


『ちょっと待っててね。すぐにシールドも解除するよ』とカグヤが言う。

 青色の薄膜が消えると、ハクは機体の装甲にペタペタと触る。

『きれい』


「そうですね」ミスズも笑顔で機体を見つめる。

「拠点までハクに運んでもらいましょう」


『ん』ハクは腹部をカサカサと振る。


「なぁ、カグヤ」と、レイラがタブレット型端末を手にやってくる。「こいつから何か情報が手に入れられないか調べてくれないか」


『えっと……これは奉仕用ドロイドに関する資料だね』

「カタログみたいなものか?」


『それだけじゃないよ。詳細な情報も確認できるから、専用の設備があれば多数の商品を製造することもできるかもしれない』


「商品?」

『自律型の掃除ロボットや、拠点のメンテナンスを担当してくれるロボットとか』

「そいつはツイてるな」レイラはニヤリと笑みを見せた。

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