第25話 厄介事(レイダー)


 怪物退治から数日、仕事の結果を報告するため、アネモネはケンジとベティを連れてジャンクタウンまでやってきていた。


 襲撃者たちとの戦闘で鹵獲していた複座型ヴィードルに搭乗していたベティは上機嫌で、これから得られる報酬の使い道についてあれこれと考えていた。


「ベティ、運転に集中してくれ」ケンジが溜息をつきながら言う。「入場ゲートが混雑していて、警備隊の連中も苛立っている。ここで揉め事を起こしたら大変なことになるぞ」


 スラッグ弾を装填したポンプアクション式ショットガンを手に持った警備員の姿を確認したベティは、嫌そうに顔をしかめる。


「ちゃんと運転してるよ。それよりさ、ハクからもらった物資もここで買い取ってもらうんでしょ?」


 ベティの質問に答えたのは、ヴィードルの横を歩いていたアネモネだった。

「そのつもりだけど、私たちは売却予定の銃火器の相場をしらない。ずる賢い商人に騙されないように、信頼できる人間をイーサンに紹介してもらうつもりだ」


 ヴィードルのコンテナには、アネモネたちがハクから譲ってもらった大量の銃火器が収納されていた。そのほとんどが旧式のアサルトライフルだったが、タクティカルヘルメットやバックパックもそれなりの数が揃っていたので、いい価値になると考えていた。


 ハクが作った秘密の宝物部屋は、廃墟の街のあちこちにあるらしい。人擬きと戦闘になって全滅した傭兵や、暴走した機械人形に襲われた略奪者たちの死骸を見かけるたびに、ハクは装備品を回収していたみたいだ。


 自分にとって必要のないものだと分かっていても、放置されているのを見ると、もったいないと感じて回収していたようだった。そして気がつくと、とんでもない量になってしまっていたみたいだ。


 ちなみに宝物部屋は適当に決めているので、話を聞く限り、正確な位置情報を忘れてしまっている場所も多いみたいだった。ハクが本当に〝たからもの〟だと思うモノは、拠点に持ち帰っているので、すぐに興味がなくなるのだと思われた。


 廃墟を探索しているスカベンジャーたちにとっては、そこはまさに宝物部屋と呼べる場所になっているのかもしれないが、糸に吊るされた大量の銃火器やバックパックを目にしたら、それらを収集した大蜘蛛の存在を感じ取って、喜びよりも恐怖心を抱いてしまうのかもしれない。


 ジャンクタウンを囲む防壁を眺めながら、ベティはヴィードルをゆっくり進める。赤茶色に腐食した鉄板につる植物が複雑に絡みついている光景が続く。


 その防壁の側には車両のための駐車スペースが用意されていたが、鳥籠の外側にあるため、まともに管理されておらず、雑草が繁茂していてガラの悪い連中の溜まり場になっていた。


 ヴィードルから降りたベティが前屈みになってコンテナ内の荷物を確認していると、レイダーギャングじみた格好をした青年がニヤニヤしながら近づいてきて、ベティのお尻を見ながら言った。


「よう、姉ちゃん。助けはいるかい?」

「いらないよぉ」


 ベティは青年の顔を見ずに答えた。それが気に入らなかったのだろう。青年は舌打ちすると、痰を吐いて、それからタバコに火をつけた。


 青年の神経質な動きを見ていたケンジは、彼が馬鹿なことを仕出かさないように、ベティの側に立った。


「それじゃ、私は仕事の報告をしてくるよ」アネモネはイーサンから手に入れたIDカードをポケットから取り出しながら言う。


「ああ、馬鹿な連中に絡まれないように、充分に注意してくれよ」ケンジは青年に視線を向けながら言った。


「わかってる」

 アネモネがちらりと青年を見ると、彼は爪を噛みながら仲間に何か囁いていたが、彼女には聞こえなかった。


 ケンジとベティも偽造されたIDカードを所持していたが、偽造カードで入場ゲートを通過するのは、ある種の賭けでもあった。少しでも異変を察知すれば、入場ゲートで待機している警備隊が集まってきて、問題を起こすことになってしまう。ケンジたちは厄介事を避けるため、今回もアネモネに同行しないことを選択した。


 アネモネが入場ゲートに向かって歩き出すと、コンテナ内の荷物に紛れるようにして隠れていた偵察ドローンの声が聞こえた。


『アネモネさま、お気をつけて行ってらっしゃいませ』

「ビー、目立っちゃうから喋ったらダメって言ったでしょ」

 ベティのその言葉は、青年の気を引くのに充分に魅力的な言葉だった。


 ケンジは立ち止まろうとしていたアネモネに手を振って、こっちは任せてくれと伝えた。


『失礼しました』

 イヤホンを介して聞こえるビーの言葉に、ケンジは頭を振った。

「気にするな。どの道、奴らは俺たちにちょっかいを出すつもりだった」


「なぁ、姉ちゃん」と、異様に鼻が利く青年が言う。「今、そのコンテナの中から声が聞こえたけど、貴重な遺物でも運んできたのか」


「止めておけ」ケンジは病的に痩せ細った男の前に出ながら言う。

「ここで死にたくないだろ?」


「おいおい、なに熱くなってんだ。ちょっと質問しただけじゃねぇか」と、別の男性が肩から提げたライフルに手を掛けながらやってくる。


「なら質問に答えてやる。ここには何もない。だから俺たち関わらないでくれ」

 ケンジの言葉に神経質な青年はニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら言った。

「それがそうは行かないんだよ。俺たちはガキんちょを探していてな、お前の連れは、そのガキに似ているんだよ」


「悪いけど人違いだ」

「そうか? 背が小さくて、若い女で、それに加えて大量のライフルを所持している。条件にピッタリじゃないか」


「武器なんて珍しくもないだろ。なんの関係がある」

「俺たちが探している女は露店商だって話だ」青年はライフルのグリップを握りながら言う。


「もう仕方ないね」ベティの声が聞こえたときだった。

 彼女は青年のこめかみにハンドガンの銃口を突きつけると、躊躇うことなくトリガーを絞った。貫通した弾丸が側頭部から血煙と共に飛び出すと、青年はぐにゃりと膝を折って倒れた。


「てめぇ!」

 激昂した青年の仲間が動くよりも早くケンジはライフルを構えると、セミオート射撃で集団を攻撃した。耳障りな銃声が鳴るたびに相手は倒れていった。


 騒ぎが大きくなると、駐車スペースにいた人々が逃げ惑う姿が見えた。


 ケンジは周囲の動きに慌てることなく、ライフルのストックに頬をつけたまま他に敵がいないか確認する。


『動体センサーが不審な動きを検知しました』

 ビーの声が聞こえると、スマートグラスに敵の位置情報が表示される。


「もういいだろ! 降参する!」

 廃車の陰に隠れていた女性が姿を見せた瞬間、ベティの容赦のない射撃で彼女の頭部は破壊される。そのベティは射撃の反動で一歩後退ると、うんざりしたようにハンドガンの銃口を下げた。


「警備隊が来ちゃうね」

 ベティの言葉に反応してビーはビープ音を鳴らした。

『もうそこまで来ていますよ』


「やけに早いな」

 ケンジは合成樹脂製の半透明の弾倉を抜いて、残弾数を素早く確かめた。


 警備隊は入場ゲートからではなく、深い森からやってくる。ベティは緊張して嫌な汗を掻いたが、部隊の中心にいた背の高い男性は地面に横たわるレイダーギャングの死体を見ると、途端に興味を失ったかのような態度を見せた。


「死体はお前たちの手で処分しろよ」

 男性は防弾ベストの首元に手を掛けながら言う。


 警備隊は森で果実を収穫していたのか、金属製のバケツに大量の果実が入っているのが見えた。


「それと」と、男性は付け加えた。

「レイダー同士で殺し合うのは結構だが、買い物客と商人たちには手を出すなよ」


 ベティがこくりとうなずくと、男性は満足したのか部隊を引き連れて入場ゲートに向かった。


「大騒ぎにならなくて良かったね」

「そうだな」

 ベティの言葉にケンジは溜息をついて、それから死体の足を持ち上げた。

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