第2話
「638円になります」
皆本さんが真面目な声で言う。向かい合うのは若い男性客だ。カウンターの上には小さなタバコの箱が置いてある。男性は無言でスマホを差し出す。
「失礼します」
皆本さんはスマホの画面にバーコードリーダーを近づける。甲高い音が響く。客は引ったくるようにタバコを掴み、歩き去っていく。
「お待ちのお客様……あ、いらっしゃいませー」
皆本さんの声が急に間延びする。俊輔の頬が緩む。ここまであからさまに気を許されると悪い気はしない。
「さっきのお客さん、スマホ差し出してたけど、あれなに?」
レジにカゴを乗せる。今日の昼飯は電子レンジで温めるラーメンと、おにぎりだ。
「スマホ決済知らないんですかー?PayPayとか、クイックペイとかー」
皆本さんは喋りながら、電子レンジをセットする。
「いや、知ってるよ?知ってるけど、使ってる人初めて見たなって話」
「嘘、本当は知らないんでしょー」
「流石に名前くらいは知ってますー。そこまでおじさんじゃありませんー」
「えー本当かなぁー?」
皆本さんは悪戯っぽく笑う。
「あ、スマホで思い出した!そういえば今日、面白いことがあったんですよー」
「ん?何?」
皆本さんはキョロキョロあたりを見回す。背筋を伸ばしたその動きは、リスやミーアキャットか何かの小動物のようだ。例の上司の姿を探しているのだろう。そうして身の安全を確保すると、緑色の制服のポッケからスマホを取り出す。
「ほら、これー」
皆本さんが差し出したスマホの画面には、スーパーで売っているようなカニのパックが写っている。背景に、コンビニの店内が映り込んでいる。
「お客さんが持ってきてくれたんですけど、お店の入り口のところに落ちてたらしいんですー。面白いでしょー」
「えー。このお店でカニなんて売ってないよね?」
「売ってないですよー」
「なんでそんなことが起きるんだろ?」
「なんででしょうねー?でも、面白いからTwitterにあげてみたんですよ。あ、わかります?Twitter」
「Twitterくらいはわかるって」
「ですよねー。で、Twitterにあげたら、今プチバズなんですよー」
「ぷちばず……?」
「わからないんだー。うけるー。ちょっとだけバズる……バズるって、えっと、盛り上がる感じ?」
「みんな見てるってことね」
「そうそう、すごいでしょー」
すごい、すごいー、と相槌を打ちながら、俊輔には何がどうすごいのか、ピンと来なかった。スマホは持っているが、使うのはLINEと、仕事で使うLINEワークス、後はニュースアプリと、一昔前に当時の彼女に勧められたツムツムくらい。彼女からは未だにハートが届くので、やめられずにいる。以前この話を皆本さんにした時は、えー、キモいーなんて言われた。
インスタだの、TikTokだの、Twitterだの、SNSと呼ばれるものは全く使ったことがなく、何が何だかよくわからない。
皆本さんの後ろで電子レンジが鳴る。皆本さんはいつも通りの滑らかな動きで、ラーメンを取り出し、ビニール袋に入れ、渡してくれる。
「ありがとうございましたー」
俊輔は小さく手を振って、コンビニを後にした。
『プチバズ』か。後で調べてみよう。
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