6-3

堀北にメッセージを送ってから、返信が来ないまま一週間が経過していた。たまに遅くなることがあっても、ニ、三日すれば連絡が来ていて、ここまで遅いのは初めてだった。


牧原に何か知らないか聞いてみたが、申し訳なさそうに首を振るだけだった。思い切って堀北の祖母に電話をしてみたこともあったが、コールが虚しく響くだけで、後は本人に直接確かめるしかなかった。


栞は放課後になると、図書室には向かわずに屋上へ上がった。数人の生徒はいるが、隅の方に行けば電話をしても問題ない。


アドレス帳から堀北のページを開き、後はボタンを押せば電話がかかる、というところで栞は十分は固まっていた。


なんと切り出そうか、何を話せばいいのか、紹介しようと思っていた本はなんだっただろうか。ぐるぐると思考を巡らせても考えはまとまらず、思い切って電話をかけた。


数コールがやけに長く感じた。


「……もしもし」


「堀北? 今大丈夫?」


「うん」


力なく答える堀北の声は、記憶に残っているものとはかけ離れたものだった。


「何か用? 特にないなら切っていいかな? 眠くて」


冷たく言い放つ堀北が、今どんな顔をしているのか全く想像つかなかった。


「花木さん?」


ここで特に用はないと言ってしまったら、二度と堀北は電話に出てくれないような気がした。


「堀北の! 堀北の……声が聞きたかったの」


自分本位の言葉を、今まで誰かに言ったことがあっただろうか。取り繕いようがない、心からの言葉を伝えるのには、こんなにも勇気がいることなのだと栞は初めて知った。


「ずっと心配だった。連絡も返ってこないし、牧原に聞いてもわからないって言われて、今何を思っているのか……知りたかったの」


堀北はしばらく返事をせず黙っていたが、電話の向こうで、すぅと息を吸うのがわかった。


「俺も……花木さんと話したかったよ」


まだ堀北と話すことが許されていると知ってほっとした。


「病気のことは聞かない。堀北の今の気持ちが聞きたい。苦しいとか、寂しいとか、堀北は言いたくないかもしれないけど、私は受け止める。私が話を聞きたいから」


「身勝手なお願いだね。でも、ありがとう」


堀北の声が少し柔らかくなった気がした。


「今の気持ちかぁ、例えるならもんじゃ焼きかな」


「もんじゃ焼き?」


「そう。材料をぐちゃぐちゃに混ぜて、初めは山を作ってその中に生地を入れる。でも結局はまた混ぜて、最後は鉄板にぎゅうぎゅう押しつけちゃう」


久し振りに堀北の変わった表現を聞いた気がして、懐かしくて、不謹慎にも安心してしまった。


「色んな感情がぐちゃぐちゃになって、頑張って塞き止めようとするんだけど、結局は抗いようのないものに押し潰されちゃうんだ」


「初めから……そう言ってよ」


「ホントだね」


電話越しで二人は小さく笑い合った。


「牧原とは、仲良くしてる?」


「うん。この前は一緒に本屋に行ったよ。堀北と行ったところ」


「そっか。あいつ、いいやつだから仲良くしてあげてね」


「牧原にも同じこと言われたよ」


堀北と牧原はそれだけお互いを思い遣ることができる関係なのだと実感した。


「本当に、いいやつだからさ」


堀北がもう一度噛み締めるように言った。栞も、牧原が良い人間なことは十分理解したが、栞よりも長い時間を過ごした堀北の言葉は重みが違う。


「花木さんは今日、俺に電話をくれたよね。自分がそうしたいからって」


「うん」


「どうしてそう思ったの?」


少し考えてから、自分の気持ちを正直に言葉にした。


「今まで人と関わってこなかったから、どうしたらいいのかわからなかったけど、拒まれても堀北とは関わりたいって思ったの」


「それはすごく嬉しいけど、辛くもあるなあ」


「辛い?」


「そうだよ。だって、現に俺は花木さんに今会える状態じゃない。そんな人に今の言葉を言うなんて、残酷だよ」


「ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」


堀北を追い詰めてしまったと焦ったが、堀北は栞の慌てぶりを笑った。


「怒ってないよ。花木さんは喜んでいいと思うんだけどな」


堀北の言葉の意味がよくわからず、答えに困った。残酷だと言われて喜ぶ人はいるのだろうか。


「遠回りしないで簡単に言うと、花木さんに会いたいってこと」


栞は自分の胸の辺りがキュッと詰まる感覚を味わった。先ほどとは全然違う言葉だが、またしても言葉に詰まった。


「いつものお願いしてもいい? 物語を教えてほしいな」


「わかった」


栞は先日、牧原と本屋に行った時に買った物語の話をした。


「その二人が、私と堀北に似てるなって思ったの」


「俺と花木さんに?」


「そう。私はこの男の子みたいに人とは関わってないけど、現実を諦めているところとか、自分の存在がわからないって言っているところとか。堀北は女の子みたいに、私を救いだしてくれた。私は堀北に、生きる道筋を作ってもらった」


栞はこの言葉を口にした後、堀北から同意が得られると思っていた。しかし、堀北は栞が期待していた言葉を口にしなかった。


「俺は、その女の子みたいに優しくないよ。もっと自分勝手だよ」


「堀北を自分勝手だと思ったことはないよ? むしろ周りを見て、思い遣りを持って人と接することができる人だと思う」


「それは花木さんの前では、だよね? 俺はそんなにできた人間じゃない」


堀北の口からネガティブな言葉が続き、栞はどうしたらいいのかわからなかった。


「そんなことない……と思うよ」


「いや、本当に恥ずかしいよ。自分本位で、利己的で、傲慢。優しいなんて言葉を向けられるような人間じゃない」


「でも、私を助けてくれたのは事実で……」


「花木さんを助けようとしたんじゃない。自分のためだよ」


「それでも私は……」


「花木さんが変わらなくても、俺は花木さんに話しかけ続けてた。だってさ……」


「もうやめて!」


栞は受話器に向かって叫んでいた。涙が次から次へと溢れて止まらなかった。


「どうして……そんなこと言うの?」


栞は物語の女子生徒の気持ちが痛いほどわかった。堀北が自分自身を否定する言葉は、栞にとっては耐え難く辛い。


「ごめん。今日はもう寝るよ。おやすみ」


そう言うと、堀北は一方的に電話を切った。


栞は電話が切れてからも泣き続けた。泣いて、泣いて、なぜ泣いているのか途中からわからなくなっても、言葉にできない虚しさ、やるせなさに身を任せて、泣いた。

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