第32話 ラスボス
アロハシャツを着こなす
美しくて、何て言うか、とっても気さくな神様だった。学生時代に同じ教室にいたら、きっと恋焦がれていただろう。そんな感じがする。
包帯のせいで、見た目は限りなくミイラだが……。
次に足元を見る。
白いワンちゃんがいた。
豊聡耳に凄く
例え自分が死にそうな目に
鹿目は、重いため息をついた。
結局、豊聡耳の要求を呑む形になってしまったからだ。完全復活に必要な骨とやらを探さなくてはいけない。難しい決断だが、神様には逆らえない。被害は出ないと言っていたので信じる事にした。
たかが人間に、神様が嘘は言わないだろう。無理矢理、鹿目を従える事だって出来るはずだ。
以上の事から、嘘をつく理由がない。
ラスボスに単身で突っ込むより、豊聡耳の助力を得た方が生き残りやすい。
そう思うと、悪くない取引だった。切り札を隠し持っているようなものだ。
鹿目は、豊聡耳に手を振り返してから前を向いた。
門には、多聞天紋が描かれた門帳が上から垂れていて、下から
奈良の肩を持つ訳ではないが、ひとつ考えてみる。化け物どもは、果たして世界最古の木造建造物が、どれほど貴重な物かを理解しているのだろうか?
答えはノーである。
いとも簡単に奪っていく。
奈良県民が総出で返してコールをしても、聞き入れてくれないだろう。
そんな予感がした。
鹿目は視線を奥にやる。
――待ち構えてやがる……。
西院伽藍の突き当り、大講堂の前で、天女のような服装をした女が立っている。あいつがラスボスの法隆寺だろう。金堂を奪った犯人だ。愛車のシエンタを、
遠いので、
車の修理費用に迷惑料をたらふく乗せて請求してやりたいが、今は我慢だと言い聞かせる。
さて、どうする?
鹿目は知恵を絞る。
大講堂より手前に建つ五重の塔の下に、豊聡耳の骨が埋まっているらしい。
観光客のように口笛を吹きながら、まずは五重の塔を見学して、それから大講堂の仏像を見に行くなんてコースを、化け物の親玉である法隆寺は、許してくれるのだろうか?
良いアイデアが浮かばないまま、西院伽藍の中心に向かって、鹿目とワンちゃんは踏み込む。
中門を潜った時に、何故だか身体が持ち上がるような、フワフワとした感覚がした。
おぼつかない足取りで、中門を抜ける。西院伽藍を
鹿目は深呼吸をして、モヤがかかった意識を研ぎ澄ました。
天女のような
従って、途中で持ち掛けられた豊聡耳の提案に賭けている。
心臓の鼓動が速くなっていく。
左前に建っている五重の塔にまずは向かう。内部の様子を確認する為にだ。
豊聡耳は、骨は
神格にとっては
回廊から広場に鹿目が踏み出すと、途端に地面が消えた。
切り立った崖が目の前にあるのに、何かに夢中になって、気が付かず落ちてしまう。そんな感じだ。バランスを崩して落下を始めた鹿目は、まだ状況が理解出来ていなかった。
崖の
下は底が見えない闇が横たわっていた。
広場全体の地面が消失していたが、五重の塔や法隆寺がいる大講堂は闇の中に浮かんでいた。
「くそ!」
鹿目は身体を捻る。白いワンちゃんが崖の縁で吠えている。レインコートから何か刃物を取り出そうと手を突っ込むが、適切な道具を思い描けなかった。
鹿目は落ちていく。
まるで奈落のような穴を、無念のままで堕ちていく。
落下を続ける鹿目には、暗い雲に覆われた空を背景に、五重の塔の底が見えていた。下から建物の底を見上げるような形になっている。
何かが光っていた。
金色のまばゆい光を放っている。
あれが骨かも知れないと鹿目は思った。
どんどん離れていく。
犬の鳴き声に気を取られると、白いワンちゃんが、崖から跳んだのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます