第9話

 流石にその日は酒を飲む気にはならなかった。

 酒を飲まずに眠るという習慣を翔太は持っていないので、眠れないことは分かっていたがとりあえず午後十一時に布団に入った。


 布団の中で今日の出来事が様々に思い出された。

 自分の不注意から招いた人生最大の失態……といっても過言ではない一日だったが今の気分は悪くなかった。

 いや、悪くないどころか、これからの人生への希望に満ちていた。

 明日からすぐに再就職に向けて動きだそう!このまま眠れなかったとしても、朝には布団から出て求人誌を集め、目に付く転職サイトを全て見るのだ。履歴書を書き、最低一つは求人に応募し面接の約束を取り付けよう!それが明日の最低限の義務だ。 面接に漕ぎ着けたとしても、最初の会社に採用される……なんて甘い考えは捨てるべきだ。受かる可能性は一割にも満た無い、そう思っておいた方が良い。こんな駄目な自分を採用してくれる会社なんてそう簡単にあるわけが無いのだ。

 だが今の生まれ変わった心持ちで面接に挑めば、いつかは採用してくれる会社と巡り合うだろう。……いやきっとある!過去は戻らないのだ。過去の自分に対する後悔の念が消えることはないが、これからの自分に出来ることは採用してくれる会社が出るまで、応募し面接を受け続けるしかないのだ!

(こんなに前向きになれたのは社長のおかげだよな……) 

 と改めて思った。

 そうだ!どうせ眠れないのだから面接でどう話すかを少し考えてみよう。

 細かい志望動機は応募する仕事が決まらなければ考えようもないが、多くの場合突っ込まれるであろう質問は『直近の仕事を何故辞めたか?』だろう。そしてこれが自分にとっては難関の質問になる可能性が高い。解雇になった理由を正直に話すのは、流石に善良が過ぎるだろう。正直で真っ直ぐがいつも社会人として正しい訳では無いのだ。


(ん?あれ?結局俺って解雇になったんだよな?)

 いまいちはっきりしないが『退職届』なる書類を書いたのは間違いない……その辺はどうなるんだ? 翔太は気になってスマホで検索してみた。今はこうしたことも全てスマホで検索出来るし、場合よってはサイトで質問をすれば不特定多数の内の誰かが具体的に質問に答えてくれる場合もあるのだ。良い時代になった、と思う。

 調べてみると『退職届』を提出した場合、解雇ではなく自己都合による退職となるそうだ。

(……まあ解雇よりは自己都合の退職の方が、次の会社には印象が良いよな。その辺まで社長は配慮してくれたんだろう)

 だがそのサイトをさらに読み進めてゆくうちに、その思いは変化してゆくことになる。『会社はなぜ労働者に解雇届の提出を求めるのでしょうか?多くの場合、労働者のためではなく、会社のために退職届を求めているのです』

 さらに読み進めると、法律上は解雇はかなり厳格に制限されている、ということが分かった。

(……あれ?俺って、解雇なのか?)

 翔太の場合一時間半遅刻をしたのは事実だが、これが初めてで何度も遅刻を繰り返したわけではない。

 その他の業務上の小さなミスはもちろんあり先輩社員から怒られたことは何度もあったが、実際に何か大きな損害を会社に与えた訳ではない。

 どう解釈しても自分の場合は解雇に相当しない、と翔太は確信した。結局「自己都合の退職をさせられた」だけだった。

 それが分かると、昼間の社長の態度も全てが胡散臭く思えてきた。

(……だがそれが大人というものなのだろう)

 社長には社長の立場があり、翔太を感動させるほどに上手いこと言いくるめて、会社の利益になるやり方で解決したのだから見事なものだろう。やられた!という感じはあったがさして腹は立たなかった。

 それに社長も全てが嘘だったわけではないだろう。社長の話してくれた経験談が作り話だとは思えなかったし、そこから導かれた教訓は圧倒的に正論だった。自分の生き方を見直し、改めてゆく良い機会になったことは間違いないだろう。


 いずれにせよ時は前にしか進まないのだ。ここを出発点にして自分も進んで行こう!再度決意したところで、翔太は過去を振り返るのをやめ眠ることに集中した。



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