第66話 マジックとみかん色
休日練習は、必ず誰か保護者の方が1人付き添いをしてくださることになっている。
保護者の方達で順番を回したり、都合をつけながら、なんとか持ち回りでやっているシステム。
私の番が近づいた頃、父と母は仕事や介護がかなり切羽詰まっていて、どうにもできない状況だった。
どうしたものか、と悩みに悩んだ結果、母の双子の姉(叔母さん)にお願いすることになった。
叔母さんである、なっちゃん(仮名)はフットワークの軽いオカンという感じ。双子のため、母と顔はほぼ同じで、第三者には区別がつかないらしい。
旦那である父や叔父も区別がつかないため、適当に呼ぶことが多いと言っていた。
当日、なっちゃんは私の家まで迎えに来てくれて、一緒に学校に行ってくれた。
「先生、おはようございます。」
「なぎささん、おはよう。神奈川さんもご協力ありがとうございます。」
「いえいえ、いつもなぎがお世話になっております。(トーン高め)」
聞いたことのない、なっちゃんの声に驚き、母というのはそのようなものなのだと感じた。
顧問の先生は、母に会ったことが何度もあるはずなのに、やっぱり分からないということは双子の顔の類似性はすごいものなのだろう。
部室に向かう途中、何度もなっちゃんに対して挨拶をする色んな部員に会い、その度になっちゃんはトーン高めで返事をしていた。
「神奈川さん、今日はよろしくお願いします!」
「お願いします!!!」
なっちゃんは困った顔で私を見つめたため、手で立つように教えた。
「お願いしまーす。頑張ってください。」
なんとかバレずに挨拶が終わったところで、私はなっちゃんに呼ばれた。
「なにー?」
「なぎ、冬(母・仮名)はいつもどうしてんの??」
「えー?普通。逆にサッカーの時どうしてんの?」
「応援してるよ。」
「それでいいよ、スマホいじって部屋に居てくれたらそれで。こっからサッカー部見れるし、従兄弟達にラインしたら?」
「そうする。今日はなぎの母親として居れば良いのよね?」
「うん、でも多分バレちゃうかも。なっちゃんのことお母さんって呼べないしな〜。」
「そりゃあんた、私の腹から出てないんだから当たり前じゃないの。」
どう考えても親子ではない雰囲気が出ていたのか、部長と仁先輩がこちらに来た。
「すみません、神奈川さん。」
「はーい、なんでしょうか?(トーン高め)」
「本当にお母様ですか?」
部長が恐る恐る告げると、なっちゃんはすぐに答えてくれた。
「ええ、そうです。第二の母です。」
部長と仁先輩が固まった。
「なっちゃん!ちょっと!!?」
なっちゃんは笑いながら伝えた。
「なぎさの母の双子です。なぎからしたら、叔母さんに当たります。今日はなぎの両親がどうしても来られないとのことだったので、私が代わりに来ました。」
部長と仁先輩はほっとしたようだった。
「なぎがいつもお世話になってます。で、君が奈良くん?」
直球ストレートを仁先輩に浴びせたなっちゃんは、笑いながら聞いている。
部長はいつのまにか空気を読んだのか逃げていて、仁先輩となっちゃんと私が部室に残った。
仁先輩は苦笑いしながら答えた。
「俺は、神奈川ちゃんと同じパートの先輩の仁です。奈良は、サックスパートです。」
「あらまあ、そうなのね!」
母から奈良先輩の話を聞いていたのだろう。双子の口の緩さは長年使った水筒のゴムパッキンのようなものだ。
「奈良、呼んできます?」
「いや、迷惑になるから…!!」
「神奈川ちゃんに聞いてない。神奈川ちゃんの叔母さんに聞いてんの!」
「じゃあ、奈良くんが迷惑じゃなければお会いしたいわ〜!」
どうしてこうなった。
仁先輩はわくわくしながら部室を出ていき、部室にはなっちゃんと私だけ。
保護者席に座りながら、なっちゃんは真面目な顔で話し始めた。
「冬はねえ、心配してんのよ。キスマークつけて帰ってきたら、そりゃいろんな意味で心配するでしょうが。まだ中学の子どもが一丁前にやることやって帰ってきたらどうするのよ。責任取れる?」
「でも、私は怖いからキス以上はしてない。」
「それ、冬にも言ってる?」
そういえば話してない気がした。
「言ってないでしょう。冬からの連絡すごいんだから。私は男の親だから分からないけど、女の親は女ってだけで心配事が倍になるのよ。」
「それは…そうだけど…。」
「奈良くんがどれだけ良い人でも、身体はあんただけのものなんだから、簡単に許したらだめ。」
「だから、キス以上はしてないもん。」
扉が開き、奈良先輩と仁先輩が入ってきた。
異様な雰囲気に包まれている私達を見て、仁先輩は困惑していた。
「あんたが奈良?」
いつもの母の様子とは違うことを一瞬で掴んだ奈良先輩は外部に見せる顔をした。
「はい、奈良です。」
「仁くん、ありがとう。奈良くん、あんたどこまでなぎに手を出してんの?」
奈良先輩は固まった。
「私がなぎの両親じゃないことは分かってるでしょう。でもね、産まれる前からずっと私はなぎの第二の母なの。」
言ってること分かるよね?と言わんばかりの圧だった。
「神奈川さんは、絶対に身体は許さないと言っています。それに自分もそれは分かっています。ですから…」
「妊娠、させるんじゃないわよ。」
氷のような冷たい声を出し、私は泣きそうだった。
「神奈川さんが、中学卒業するまではキス以上はしません。約束します。」
なっちゃんは雰囲気を和らげ、笑った。
「それなら良いわ、安心。冬にも伝えられるわね。」
「それはやめてよ!!お母さんには言わないで!!」
仁先輩は奈良先輩を軽く突きながら、緊張をほぐすようにしていた。
その日の練習は身に入らず、なっちゃんのせいだと言わんばかりに私は拗ねた。
後日、なっちゃんがスタバと服をくれたことで私はなっちゃんに甘えた。
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