店員に対して態度が大きい客はみんな⚪︎ねばいいと思う
二条橋終咲
神様が来た
静かな夜のコンビニの中で、耳障りなしゃがれた怒号がこだまする。
「出すの遅いわボケ!」
レジの向こう側にいる年配の男性客が、俺に向かって『メビウス・ワン(一ミリ)』の代金を投げつける。
「お客は神様やろ⁉︎ ならちゃんとやれや!」
「す、すみません……」
「チッ。二度と来るかこんな店!」
そしてその客はメビウスの箱を乱暴に取って夜の街へと消えていった。
「……二度とくんなカス」
店内は静けさに満たされ、しがない店員の悪態が虚しく溶けていく。まじであいつゴミ袋みてぇな服着てる汚ねぇジジイの分際で調子乗んな俺はお前の奴隷じゃねーんんだよクソがさっさと○ねゴミカスが。
「はぁぁぁぁぁ……」
鉛よりも遥に重い溜め息を吐いて、足元に転がった小銭を重い手つきで拾い上げる。
本当、店員に対して態度が大きい客はみんな○ねばいいと思う。
「ん?」
と、そこへ、長身の女性が現れる。
「やぁやぁ
陰っていた俺の心に眩い日光が差し込むようにして、余裕に満ちた女性の声が店内に響き渡る。
「いや、ここは御愁傷様と言うべきかな?」
「……来てたんなら助けてくださいよ、
恨みを込めて言い返しつつ小銭を拾ってレジの中に戻す。
そして少しだけ視線を上げて、右目を漆黒の眼帯で覆った先輩の綺麗な顔を見る。
「勤め始めたての新人、しかもタバコなんて無縁の十九歳に悪質クレーマーの対応をさせるのは酷ってもんじゃないですか?」
「とはいえ、客に品物を投げつけられて右の視界を失ったあの日から、私は金輪際あの害獣には関わらないようにと決めたんだよ」
残された左目をにっこりと微笑ませつつ、
「……」
なぜそんな過去があるのに、コンビニ店員なんか続けているのか。
なぜ失明になってもなお、飄々としていられるのか。
なぜ仕事もできて性格も良くて、眼帯すら似合う整った顔と男性すらも嫉妬するほどの高い身長を備えているのにこんなとこにいるのか。
「ん? そんな見つめてどうした?」
俺の先輩は、なんというか……掴みどころがないというか、正体不明というか、よくわからないけどカッコいい人だ。
「もしや……私に惚れて」
「ないです。僕は年下が好きなので」
と思ったら長く艶やかな黒髪を垂らしてしゅんとなったりと、本当によくわからない。
「まぁ、ああいう奴らは適当に流すしかないさ」
二人っきりの店内に、凛々しくも虚しい声が霧散した。
「んー……」
「どうやら納得していないようだね。ちなみに、アメリカだと『お客様は王様』と言われているらしいよ」
「へぇ、そうなんですね。って、神様と王様ってどっちも偉いし一緒じゃないですか?」
俺のその浅慮な疑問に対して、先輩はいつものように冷静沈着な調子で答えてくれた。
「王様は人間だ。人間が相手ならば法のもとに裁くこともできるし、革命を起こして引き摺り下ろすこともできる」
「あー、確かに」
「だがここは日本だ。日本だと『お客様は神様』だ。神が相手である以上、私たち人間はおとなしく従うしかないのだよ」
「……」
「利口な君のことだ。わかるだろう?」
燃えたぎる灼熱の業火を鎮火するようにして、その人は優しく諭すように言葉をかけた。
「うーん……」
すると、二人だけだった店内に招かれざる客が姿を現す。
「おいどうなっとるんやコレ!」
聞き覚えのあるしゃがれた怒号が響き渡ったその瞬間、全身が凄まじい悪寒に襲われ、心臓から足先までの全ての血という血が温度を失っていく。
「げ……」
一縷の望みを懸けて隣に視線を送るも、
「おいこれ中身一本少ないやろが!」
怒号を撒き散らしながら、そいつはさっき買ったメビウスの箱を叩きつける。
「さっさと交換せえや!」
そう言われてカウンターに視線を落とすも、もう開封済みだし、レシートは出してくれないし交換なんてできるわけがない。しかもなんかこいつさっきまでしなかったのにタバコ臭えし、絶対その一本吸ってきただろ。
「そうやな、おんなじやつカートンで。いや……あるだけ全部タダで寄越せ!」
酷い過剰要求に呆れ、思わず失笑が溢れそうになる。んなことできるわけねーだろバーカ。帰れヤニカスくたばれゴミカス二度とその面見せんなザコ。
「それは……」
「さっさと出せや!」
「えー……」
もうだめだ。
こんな害獣に人間の言葉が通じるわけがない。
するとそいつは、触れてはならない禁忌を犯した。
文句の度を超えた、人間としての尊厳を踏み躙るような禁忌を。
「チッ。出さんなら死ねやボケ!」
すると、途端に店内が冷え込んだように感じた。
すぐ傍から漂う柑橘系の香りに気付いてその方を見ると、そこには右目に漆黒の眼帯を装備した
「代わって」
その声には凍てつくように静かな怒気が含まれているように感じて、俺は言われるがままにして引き退がった。
「あ? なんやお前?」
突然目の前に漆黒の眼帯を着けた店員が現れ、困惑した害獣は知性のない表情でそう言った。
「失礼ですがお客様、この商品をご購入いただいた際のレシートはお持ちですか?」
「んなもん捨てたわ! 見たらわかるやろそんなもん!」
「でしたら、申し訳ありませんが商品のお取り替えは承りかねます」
「お客様は神様やろ⁉︎ レシートじゃなくて俺の言うこと聞けや!」
気づけば店内にはちらほらと他の客も姿を現し、害獣の後ろにも数人の客が並んでいた。一刻も早く駆除しなければ更なるクレームに繋がりかねない。
「なんか言うか死ぬかどっちかしろやボケ!」
それでも害獣は身勝手な要求を突きつけるばかり。
「はぁ……」
すると
「お客様は神様、ですか……」
「そ、そうや。そう言っとるやろが」
「でしたら、他の神様のご迷惑になりますので、速やかにお引き取りください」
「は?」
突如告げられたその言葉に、目の前の害獣は唖然として口を開くばかり。
「な、なんで俺が帰ら……」
「ここは人間のお客様と正当な取引をする場所です。神を祀る社ではありません」
害獣は反撃を試みるも、先輩の圧倒的な空気感にねじ伏せられてしまった。
そして
「それと、当店の大事なスタッフを……。私の大切な後輩を虐げる方には、当店のお買い物をご遠慮頂いております。お引き取りください」
こうなった先輩に敵う者など、人も獣も神も、この世界には存在しない。
「か、買うか買わんかは俺の……」
「お引き取りください」
「最後まで聞……」
「お引き取りください」
するとその害獣は、状況を打開するため最後の切り札と言わんばかりに高々と咆哮をあげる。
「ほ、ほんなら……本部に言って、お前らまとめて辞めさせたるからな!」
それをされてしまっては、バイト程度の弱い立場の人間に反撃の手段はない。
それでも先輩は一歩も怯むことなく、害獣が放った凶悪な一手に対して禁断の文言を放った。
「失せろ。私の後輩には手出しするな」
畏まった様子の欠片もないその言葉は、見知った俺ですら竦み上がってしまうほどの敵意に満ちており、目の前の害獣から反抗の意思を奪い去る。
「あ、あぁ……」
「帰れ。目障りだ」
逆鱗に触れられたのか、さらに先輩の容赦ない追撃が襲いかかる。
「こっ、こ、ここ、こんな店、二度とくるかボケ!」
牙を抜かれた獣は、ニワトリを思わせる間抜けな声でそう言い捨て、おぼつかない足取りで闇夜へと消えていった。
すると同時に、店の中のあちこちから疎らに拍手が巻き起こり、やがてそれは一つの大きな賞賛となって先輩の元に降り注いだ。
「おお〜……」
フィクションかと見間違いそうになるそんな光景に、俺は先輩にお礼を言うのも忘れて感嘆の声を溢すばかり。
そんな中、どこか遠くを見るようにして諦めに満ちた声が聞こえてきた。
「奴が連絡いれて、本部からお咎めが来て……。これで私も、とうとうクビかな」
「え?」
眼帯すらもよく似合う美麗なその顔に哀しげな笑みを浮かべて、先輩は俺の方を見る。
「私のような目に遭いたくなければ、クレーマーには刃向かってはいけないよ」
今生の別れと言わんばかりに、かっこよくも悲哀に満ちた声音で、
「……」
おかしい……。
俺は、年下がタイプだったのに……。
先輩なんて、特に何か想っていたわけでもないのに……。
「さようなら、
漆黒の眼帯が似合う
店員に対して態度が大きい客はみんな⚪︎ねばいいと思う 二条橋終咲 @temutemu_dnj
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