序章 バラッコボリの兄妹
──やだやだ! 連れていかないで! リーくん行かないで!
必死に手を
──お願いだから、いなくならないで!
声の限りに叫べば、彼は大人に何事かを言ってルーナのもとへ
──
(なんでこんなことに……!)
彼女の少し前には、同じ速度で走る
(なんでよりによって制服を……あれがないと入学できないのに!)
少年の名前はラルフ。かつて養護院で育った仲間……のはずだ。だからこそ、ルーナは
「ラルフ! それは金目のものでもなんでもないよ! お願い返して!」
「やだね! これが俺にとっては金目のものなんだよ!」
(金目のもの? まあ、売ればそれなりのお金にはなるかもしれないけど)
ラルフが手にしているのは、この国
砂魔法とは、
(あー……温かい
「ラルフ! それがないとミートパイ……じゃない。ウルビス学園に入学できないの!」
ルーナの
「その人
人々が
(仕方ない……)
ルーナは手近な石を拾い上げると、ラルフの背に向かって思いきり投げた。
「
ゴッと音がしてラルフがのけぞる。足を止めたラルフに
「ぐあ! くっそ……お前なんなんだよ。本当に女か?」
「女だよ! とにかく制服は返してもらうから!」
そう言って荷物を奪おうとしたが、なぜか彼の手に荷物がない。ハッと気づいて顔を上げれば、いつの間にか前方に
「ミア、行け! それさえあれば俺たちは仕事がなくても暮らしていける!」
「何その誤解! いくらウルビスの制服だって、そんな高値で売れないよ!」
ルーナはラルフを振り
ミアは不安そうにつぶやいた。
「ラルフ、もしルカに見つかったら……」
「ルカは女に手出ししない。いいから行け! やるって決めたろ?」
ラルフの言葉にミアは決意したように表情を引き締めると、道の向こうへと走り出し、そしてすぐに足を止めた。急に空になった自分の両手を不思議そうに見下ろしている。同じ時ルーナが視界を横切る黒い
「女には手出ししなくてもな」
ふっとルーナの体が軽くなる。
「妹に手を出す男にゃ
ズシャアッとやたらと激しい音がして、ルーナの隣でラルフが地面に
「
ラルフの上に足を乗せ彼の腕を
「ルーくん!」
ルーナが顔を
「ルーナ、
「ないよ。大丈夫」
ルカはほっとしたように表情をゆるめたが、すぐに表情を消しラルフに視線を戻した。
「で、
(指示?)
その聞き方では、まるでラルフが誰かに
「誰が言うかよ。これは仕事だ。俺はこの道のプロに……ぎゃ──!」
ラルフが言い終わる前に、ルカが彼の腕をさらに捻りあげていた。ミアが口元に両手をあて青ざめ、ルーナは片目をつむり横を向いた。昔の知り合いに本気で
「言うよ! 言う! くっそ、なんでいつもルカが出てくんだ……」
ラルフはルカに解放されると、地面に
「その……名前は聞いてないんだ。フードをかぶってて顔も見えなくて……ただ、
ルーナは息をのんだ。
(私たちの入学をよく思わない人がいるんだ……まあ、予想しなかったわけじゃないけど)
どうも、ルーナたちを
二年前に砂魔法師の素質を見いだされてすぐ、
(それにしても)
ルーナはラルフの顔を
「ねえラルフ。前に仕事、見つかったって言ってたよね。どうしてこんなことしたの?」
「……た」
「え?」
「クビになった!」
ルーナが
「文字もまともに書けなくて計算も
(ひどい……仕事をなくすだけでも
「それは……辛かったね」
ルーナは拳を
悲しそうに眉を下げるルーナの
「甘えんな。アイーダに頭下げて養護院に
アイーダとは養護院で子どもの
「簡単に言うなよ! ルカみたいな
「だから、甘えんな! ルーナだって一人で仕事してたぞ」
「え? ああ……そうだね。一時期働いたことあったけど……」
(だけど最初は大変だったなあ……ラルフの気持ちはよく分かる)
仕事を覚えるのは難しくなかったが、バラッコボリの養護院出というだけで最初は差別を受けた。仕事のやり方を教えてもらえないこともあったし、必要な
「おまけにルーナは、
(貴族の巣窟って……)
砂魔法師自体が、貴族や中流階級の
ラルフの視線がルーナに向いた。
「お前、さっきミートパイとか言ってたけど……」
「あ、そうそう! 砂魔法師になればミートパイが食べられるなって」
「お前、まだあの味にとりつかれてんの? あれは貴族の食べ物だって言われたろ」
「
料理は
「それにね、私とルーくん、特進クラスに入ることになったの。特進クラスって、十二
「は…………? 十二賢者?」
「そう! もし私が十二賢者になったら、私とルーくんのだけじゃなくて、みんなのミートパイも作るからね!」
「それは別に、普通の砂魔法師の給料でも作れると思うぞ、ルーナ」
ルカがやんわり
「お前さ……分かってる? バラッコボリ出の奴が十二賢者とか……貧民が王になるって
「まあ……十二賢者は分からないけど。とりあえず砂魔法師になるようがんばってくる!」
「貴族の巣窟でいじめられてもか? お前、貴族に何されたのか忘れたのかよ」
「──」
『彼』の存在を消されて泣き
過去を思い出し
「大丈夫。砂魔法師になれば、貴族とも対等に
「それはなってからの話だろ? だいたい、やっぱバラッコボリ育ちに素質があるなんておかしいんだよ。学園に着いたら、全選定の検査が間違ってたとか言われるかも」
「そ、それはさすがに辛いけど……まあそれでも、素質がゼロじゃないならがんばるよ!」
笑顔で
「お前、マジで砂魔法師になる気なのか……」
ラルフはしばらく
「あんな奴役人に
ラルフたちと別れてルーナたちは
「それは院で一緒に育った仲間だし。それにやっぱり、ラルフとミアともまた一緒にミートパイ食べたいしね」
「ミートパイね……あん時は楽しかったよな。まだ兄貴もいて、みんなで
そこまで言うと、ルカはうつむいてぼそっとつぶやいた。
「願いが本当にミートパイだけなら、俺がいくらでも
「え?」
ルーナは聞き取れなくて聞き返したが、ルカは左右に首を
「なんでもない。それより、本当に怪我はないか?」
「うん。平気だよ。それにしても……ラルフ、最初は殺せって言われたって言ってたね。正直、まだ私たちを殺そうとしてる人がいるなんて思ってなかったな……」
「……大丈夫だよ。ここじゃ
「あ! そうだった! まだ
あわてて
「どうした?」
「あの……二年前、在学中にかかる費用は全部いらないって言われたよね?」
「ああ。何、なんて書いてある?」
ルーナの手から紙を受け取ったルカの顔が、みるみるうちに険しくなった。
「ふざけてんな。授業に使う教材一式と
全選定が行われたのは二年前。ルーナが十二歳、ルカが十三歳の時のことだ。国王が出した全選定というお
全選定はそもそも、出自を問わずに砂魔法師になる機会を
「どうしよう……どうしよう! 寮費とか、絶対今住んでるとこより高いよね? 学園に入ったら
騒ぐルーナの横で、ルカは紙を手にしたまま考え込んでいるように見えた。
そこへ、コツ、と
「お困りなら助けてあげましょうか?」
若い男の声だった。この
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