~空想作家と落ちない彼女~ 3か月の恋物語

絶佳(ぜっか)

第1話 空想作家と美少女の出会い

 運命ってなんだろう、そんなありきたりにも程がある問いを僕は独りベンチで考えていた。秋風に吹かれる大学のキャンパス内にあるベンチで独り。そのベンチは、詰めて座れば八人は座れそうなサイズだった。僕はいつもそんなベンチでただ哲学的な問いと踊っていた。そんな独りぼっちの舞踏会が、僕の趣味のひとつだった。僕にはもう一つ趣味と呼べるものがある。小説を書くことだ。

 この物語が現実的な内容で進行すると思っていた諸君にここで謝罪しよう、僕には特殊な能力がある。これもまたありきたりだが、僕の書いた小説は現実になる。とは言っても、書いた内容に酷似した内容の出来事が世界中のどこかで起きるということだ。大事件が発生するような内容のある小説をかなりの数書いてから発覚した。しかも、その事件の細かな設定はまるで僕の書いた話と異なる。大筋が同じ内容と言った程度だ。しかも、人類が滅ぶような大きな出来事は再現されない。それはまあ助かることだが。こんな能力だから、初めのうちは偶然だと思っていたが、数を重ねるうちに確信へと変わっていった。僕がその気になれば大規模テロが起こせるだろう(そんなことは絶対にしないが)。思い通りに何でもできるといった能力ではないが、こんな能力があるせいで僕はひねくれてしまったのだろう。その能力が発覚してから、僕は小説を書かなくなった。意図せず多くの人の命を左右しかねない事態には、誰だって陥りたくないだろう。

 しかし、問題なのは、僕が書いた小説の多くが、恐らくまだ実現されていないことだ。まあ恋愛ものが多いので、世界のどこかですでに起きてしまっているかもしれない。ニュースになるような事件があるものは、もうすでに全て起きてしまっていた。

こんな能力が発覚したことで、僕は世界が誰かの描いた筋書きで進んでいるのではないかと思うようになった。まあ個人の行動が世界を成しているんだろうからそれは当然ではあるが、などと哲学的なことをベンチで考えていたわけである。

 そんな時だった。一人の美少女が僕の目の前に座った。通常、八人掛けのベンチといえど、他人が一人でも座っていたらそこには座らない。これがこの大学だけの暗黙の了解なのか、一般常識なのかは僕は知らない。しかし、このベンチにおいては異常事態であることは間違いない。僕に好意でもあるのかと期待したが、そうでもないらしい。彼女は本を取り出してそれを読み出した。彼女をジロジロ見たりするのもおかしいと思ったが、どこに目を向けていいかも分からず、僕の目はオリンピックの水泳選手よりも速く泳いでしまった。

 彼女の鼻はとても高く、僕のタイプにぴったりの美人だった。「何ですか」と彼女は言った。こっちのセリフだ。僕はそう思いながらもひどく動揺し、「美人だなあと思って」と言った・・・やってしまった。思ったことをそのまま言ってしまった。彼女は「ヘ〜そうですか」ときつい声色で言った。その瞬間に僕は恋に落ちたのであった。彼女は持っていた夏目漱石の『こころ』に目を落とした。待てよ、このシチュエーションはどこかで見たような気がする。これは僕が昔書いた小説だ!

 僕の能力が自分をターゲットにしたことはなかった。無いと思い込んでいた。僕の小説では、彼女を三ヶ月以内に惚れさせないと、二人はその後永遠に会うことなく生きていくという設定だった。彼女の発言は小説とは違ったが、彼女の特徴やこの状況は疑いようなく小説を再現していた。その小説は序盤を描いた段階で書くのをやめてしまっていた。今までの再現率を見るに、恐らく小説内の三ヶ月は八〇日から一〇〇日といったところだろう。僕はこの日数の中で彼女を惚れさせなければならない。しかし、初手での大失敗。マイナスからのスタートである。

 「どうして僕の前に座ったんですか?」

 「空いてたから」

まあそうだろう。空いていたから座ったのだと思ったが、僕が聞きたかったのは『僕の前』の部分だった。やはりそこに意図はないようだ。

「いつもこのあたりで本を読んでいるの?」

「うん」

「何を読んでるの?」

「こころ」

会話を続けるのってこんなにも難しかっただろうか?何を話せば僕に興味を持ってくれるんだろう。ここは彼女の趣味に乗ることにした。

「先生が自殺した後からがこころの中心だよね」

「先生自殺するの?」

やらかした。まだそこまで読んでいなかったなんて。文豪の本を読んでいる人は、もう何周もその本を読みなおして考察しているとばかり思っていた。

「ごめんまだ読んでないって知らなくて」

「いいよ、別に」

「ごめん、、、」

本当に後悔した顔で僕は言った。

「そんな顔までしなくてもいいのに」

彼女が笑った。見たことのないほど美しい笑顔だった。僕はまた恋に落ちる音を自分のこころの中で聴いた。

 彼女の笑顔に魅入られていたせいで返答が出来なかった。彼女はまた本を読み始めた。僕はもう躊躇いなんか忘れて彼女の顔をじっと見つめていた。彼女はそれを気にも留めずに読み続けた。それから何分経ったのだろう。辺りは少し暗くなって来ていた。僕は彼女に質問した。

 「どこに住んでるの?」

 「歩いて30分くらいのところ」

 「まだ帰らないの?」

 「もうすぐ帰るよ」

彼女は本を閉じて鞄を肩にかけた。大切な一日目だ、ここで何か言っておかないといけないと思った。

 「明日もここで本を読む?」

 「読むよ」

 「また僕も来てもいい?」

 「私が後から来たんだから私に許可を求める必要ないでしょ」

冷たく言い放った彼女だったが、この言葉は優しさだと思っていいのだろうか。

 「じゃあまた明日」

 「じゃあね」

どちらが先かわからない位のタイミングで別れの挨拶をした。

 彼女は僕の能力が創り出した存在なのだろうか?それとも元からこの大学にいた普通の人間なんだろうか。どちらにしても今更どうでもいいようなそんな問いを、僕は帰り道ひたすら繰り返していた。何の魅力もない僕が、彼女を約三か月で惚れさせられるだろうか。そもそも何で三か月経ったら離れ離れになるのかという設定まで忘れてしまった。まあいい、明日はちゃんとお洒落な服で大学に行こうと僕は意気込んで眠りについた。

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