第185話

 俺とジェームズとの魔術談義がひと段落する。

 すると次には、フェリシアから近況報告を求められた。


 新生活はうまくいっているか、仲間とはうまくやれているか、などなどだ。

 母親というのは、我が子の近況を知りたがるものらしい。


 俺は求められるままに答えていったのだが──


 その途中、仲間との関係について少々つまびらかに喋りすぎたようだ。


「仲間たちとうまくやれているかというと……関係はまず良好だと思うが、良好すぎて逆に問題だとでもいえばいいのか……」


 俺がそう、率直に思っているところを述べると、


「え、なになに、どういうこと? お母さんはその話、とっても興味があります! たしか冒険者仲間は、同い年ぐらいの女の子たちだっていう話よね?」


 フェリシアが瞳をきらきらと輝かせて、テーブルに身を乗り出し食いついてきたのだ。

 思い出した。この人はかなりのゴシップ好きだ。


 ……さて、どう答えたものか。


 俺はちらと父親のほうを見る。

 目の前にいるこの男は、倫理観の塊のような人間だ。


 とはいえ、嘘をついて取り繕っても仕方がない。

 白状するよりほかにないか。


 俺は素直に、俺が置かれている状況を二人に話すことにした。


「いつも一緒に冒険をしている仲間は三人。侍のサツキ、神官のシリル、猫耳族の盗賊であるミィ、なのだが……どういうわけかこの三人全員から、俺は好かれてしまった……らしい」


 自分で言っていて、もちろん、とても恥ずかしかった。

 お前は真顔で何を言っているのだ、と自分で突っ込みを入れたい気分だ。


 だが正直を貫こうとすると、こう言うよりほかにない。


 俺の白状を聞いたジェームズが、そのしかめっ面をピクリと動かす。

 一方のフェリシアは、目を真ん丸にして驚きの表情を見せた。


「あれま。それって仲間としての好感とかではなくて、男女のそういう関係として……よね?」


「ああ。そのように明言されてしまったし、普段の態度を見ても疑う余地はないと思う」


「あらあらまあまあ、あらまあまあ、それは大変。石橋を叩いて壊すぐらい奥手なウィリアムがそう言うんだから、間違いはないんでしょうし。……たしかアイリーンちゃんとも、また仲良くしはじめているのよね?」


「うっ……そ、そうだな」


「これはびっくり。我が子がいつの間にか、モテまくりの国の王子様になっていたなんて」


 フェリシアは昔から俺とアイリーンとの男女関係を勘ぐっていたうちの一人なのだが、実際それが正解になってしまった以上は、ぐうの音も出ない。


 一方のジェームズ。

 こちらはいつものしかめっ面で、俺に向かって口を開く。


「それでウィリアム、お前のほうはどうなんだ。そのうちの誰かに好意を寄せているのか?」


 興味本位のフェリシアと違い、あくまでも倫理を問おうという様子のジェームズ。

 俺としては苦しい立場だが、ここまできて口先だけで誤魔化すわけにもいかない。


 俺はひとつ咳払いをして、答える。


「いや……全員だ」


「「……は?」」


 両親の呆気にとられた顔。

 対する俺はと言えば、間違いなく顔が真っ赤にゆで上がっていることだろう。


 だが、ここまで来て引き返すことなどできない。

 正直に自分の気持ちを述べる。


「俺はきっと、全員のことを好きなんだ。その……アイリーンのことも含めて」


「「…………」」


 さすがに二人とも黙った。


 それはそうだろう。

 三ヶ月足らず見ていなかった自分の息子が、久しぶりに家に帰ってきたなり四股をかけているなどと言いだしたら、俺だって絶句する。


 複数人から「好かれる」というだけなら、倫理に大きく反することはないだろう。

 だが俺自身が複数人を好きだということになれば、話は別だ。


 ……これはフェリシアからも、愛想を尽かされるだろうな。

 まあそれも、俺自身の不徳の成すところだから致し方ないか。


 そう思っていたのだが──


「私が聞きたいのは一つだけよ、ウィリアム」


 しばらくの沈黙の後。

 フェリシアはテーブルの上で手を組むと、先ほどまでとは違う真剣な表情を見せ、まっすぐな瞳で俺を見つめてこう言ってきた。


「それは、あなたの胸の内にある正義には、反していないのね?」


「…………」


 俺はすぐには答えられなかった。

 難しい問い。


 そんな俺をさし置いて、フェリシアはさらに続ける。


「ウィリアム。私はあなたのことを、不器用だけど人の心の痛みが分かる優しい子だって信じてる。だから、あなたが自分の胸に聞いて、その子たちへの裏切りがないと思えるなら──ほかの誰が批難しても、私があなたを応援する。……どう?」


 有無を言わさぬ力強い物言いだった。


 俺の母親、フェリシアは、ただふわふわとしただけの人ではない。

 普段はほんわかとしていて柔らかだが、芯の部分にはジェームズとはまた違った種類の強さと信念を持った人だ。


 俺はどちらかというと、この人の影響を強く受けて育ったのだと思う。


 俺は考える。

 サツキやミィやシリルへの裏切りが、ないのかどうか。


 考えた結果──


 皆無とは言えない、と思った。

 特に一つ、やらなければならないことを、やり残している。


「……俺はひとつ、彼女らに伝えなければならないことを、まだ伝えていない」


「そう。じゃあ、それはちゃんと伝えないとね」


「ああ」


「ん、よし。それじゃあお母さんはあなたの味方です。私の方からは以上。あとはあなた、どうぞ」


 そう言ってフェリシアは、話をジェームズへと振った。


 ジェームズはわずかに苦笑し、口を開く。


「私は、男女間の付き合い事の機微にはうとい。明確に人倫にもとるならばいさめるべきかとも思うが、事は複雑をきわめるようだ。細かい事情もよく知らない私が、どうこう口を挟むようなものでもないだろう。──それに、そもそも私はウィリアムには勘当を言い渡した身だ。親として口出しをできる立場にもないな」


 このとき、フェリシアがちらとジェームズの顔を見たが、何か口を挟んだりはしなかった。

 ジェームズはさらに続ける。


「それはそうと、今日は何か話すべきことがあって来たのだったろう、ウィリアム。こちらばかりが話してしまい、本題を聞いていなかったな。聞こう」


「……ああ、そうだったな」


 そうだった。

 今日はなにも、家族団らんの世間話をしに来たわけではない。


 そもそも俺には、家族団らんを楽しむ権利などない。


 俺は親の意を無視し、我を通したために親子の縁を切られた身だ。

 その決断に今も後悔はないが、自分がしたことの結果は受け入れなければならない。


 そして──けじめだ。

 俺は自分なりのけじめをつけるために、今日ここに来たのだ。


 俺は懐から、大金貨が詰まった小袋を取り出して、テーブルの上に置く。

 そして、目の前の両親に向かって言った。

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