第182話

 式典が催されたのは、それから数日後のことだった。


 その日、宿で朝食をとってから城へと向かうと、城門でアイリーンが出迎えてくれた。


「待ってたよウィル。それにサツキちゃん、ミィちゃん、シリルさんも。案内するからついてきて」


 俺たちはアイリーンのあとを追って門をくぐり、城内へと入っていった。


 そのまま居館へと通されると、俺は入り口のホールでアイリーンを含む女性陣と一度別れることになった。


「じゃあウィル。またあとでね」


 アイリーンがそう言って、女性陣を連れてどこかへ行ってしまった。

 一方の俺の案内は、王城付きのメイドが引き継ぐ。


「ウィリアム様、こちらへ」


 メイドがそう言ってアイリーンたちが向かったのとは別の方向に歩いていくので、俺はそれに従った。


 やがて俺は、小さな個室に通される。

 着付けに使う部屋のようで、クローゼットや大鏡などが配置されていた。


 メイドはクローゼットから上質の礼服一式を丁重に取り出して、俺のほうへと向く。


「お召し変えのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか」


 俺は少し迷ってから、うなずいた。


 学生時代から脇目を振らず、冒険と魔術、それに学術知識に関しての勉学に没頭して過ごしてきた俺だが、礼服の着付けのしかたなどはよく分からない。

 女性に着付けを手伝ってもらうことには抵抗を覚えたが、当たり前にこのような提案してくるからには、こうした場では普通のことなのだろう。


 俺は催事のためにおめかしをさせられる子供のような気持ちになりながら、されるがままに礼服を身につけた。


 そうして礼服に身を包んでから鏡を見れば、なんとも不思議な気分になる。

 まるで貴族の一員にでもなったかのような心持ちだった。


 その後応接室に案内され、いくらかの段取りを聞きながら待つことしばらく。

 やがて別の案内役がやってきて、再び移動を要求される。

 階段を上り、三階へ。


 通されたのは謁見の間の奥にあるリビングのような部屋だ。

 バルコニーから朝日が斜めに挿し込んでおり、とても明るい。


 ティーセットや茶菓子が用意されたテーブルがあり、先客が数人いる。

 俺が一礼して部屋に入ると、先にいたうちの一人が俺に声をかけてきた。


「おうウィリアム、来たか。なかなか様になっているな。どうだ、そのままうちの娘の婿に来るというのは」


 アンドリュー王だった。

 体格の良い彼が礼服の上にいかにも国王らしい赤の外套をまとっていると、なるほど武王という印象になる。

 テーブルには王冠も置かれていた。


 俺が返事をしようとすると、その前にもう一人の声が割り込む。


「陛下。恥ずかしながら彼は、冗談を解するのが不得手です。そのような冗談も本気と受け取られかねません。お控えを」


 そう言ったのは、アンドリュー王の側近であり宮廷魔術師長でもある、ジェームズ・グレンフォード──すなわち俺の父親だった。

 ジェームズは俺のことを一瞥しただけで、いつもの無表情に戻る。


 一方のアンドリューは、こちらも何食わぬ顔だ。


「冗談でもないのだがな。──さてウィリアム、もうしばらく座って待て。お前の仲間たちもそろそろ来る頃だ」


 そう言われたので、俺も席についた。

 だがどうにも落ち着かない。


 部屋にはアンドリュー王と側近ジェームズのほか、数人の近衛や貴族らしき人物、それに使用人などがいた。


 床には精緻な装飾が施された絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリア。

 乳白色の壁や柱は、朝日によって美しく彩られている。


 場違い感がすごい。

 なぜ俺は今、このような場所にいるのか。


 さらにバルコニーの外からは、大勢の人々のざわめきがわずかにだが聞えてくる。


 あのバルコニーの下には、王城の中庭が広がっているはずだ。

 そこにはすでに、多くの市民が集まっているのだろう。


 我ながら、柄にもなく緊張しているな、と思った。

 人の目など過度に気にしても仕方がないと思うのだが、どうにも。


 と、そのとき──


「あ、ウィルもう来てたんだ。お待たせ。みんなも連れてきたよ」


 アイリーンが部屋に入ってきた。


 俺がおめかしをしているのだから彼女もいつぞやのようなドレス姿かと思ったのだが、予想は外れ、普段通りの男装姿だった。


 それを見た俺は、少しホッとする。

 その姿は、俺の日常に属するものだったからだ。


 だがそれで油断した俺は、その後に入ってきた三人を見て息をのむことになった。


「ううっ……歩きづれぇよぉ……」


「こういうドレスを着るのは久しぶりだわ。子供の頃以来かしら」


「こうヒラヒラしていては動きづらいです。アイリーン、せめて裾を結んではダメなのですか?」


「ダメに決まってるでしょ。サツキちゃんもミィちゃんも、少しの間だけ我慢して」


 アイリーンがそう言って嗜めるのだが、さておき。

 普段着なのは、アイリーンだけだった。


 サツキ、シリル、ミィの三人はいずれも、それぞれに似合うサイズとデザインのドレスを身にまとっていた。


 サツキは淡い空色の、シリルは清楚な白の、ミィは可愛らしくも鮮烈な深紅のドレスだ。

 ミィのものは子供用のようだが、それでも仕立ての良さやデザインの美しさは一つも劣らない。


 髪形も普段とは少し違っていて、横で結ってあったり、まとめ上げていたり。

 さらには髪飾りやネックレス、イヤリングなどの装飾品も身につけている。


 化粧もしているのだろう。

 まるで普段とは別人──というのは言い過ぎかもしれないが、見違えるというぐらいには驚いた。


「綺麗だ……三人とも、とても。普段も魅力的だが、今のキミたちはまるで女神のようだ」


 俺の口からスルスルと感想が出ていった。

 すると三人の顔がボッと真っ赤に染まる。


「め、女神ときたか……」


「三人まとめての感想なのに、ずいぶんと破壊力あるわね……」


「あぅぅ……ウィリアムのたらしっぷり、またパワーアップしてませんか?」


「いやぁ、前からあんなもんだろ」


「だからタチが悪いのよ、あの人……」


 顔を真っ赤にした三人の美少女がひそひそ話をしていた。

 その横で聞いているアイリーンはと言えば、困ったような笑みを浮かべていた。


 その後さらに王妃がその場に登場したところで、アンドリュー王がパンと手を打って場を仕切る。


「役者は揃ったようだな。ジェームズ、始められるか?」


「はい。ほかの準備はすべて完了しています。定刻より少し早いですが、許容範囲でしょう」


「よし、では始めよう」


 アンドリュー王は立ち上がると、王冠をかぶってバルコニーのほうへと向かった。

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