第181話
竜の背に乗った俺たちは、大空を旅し、やがてミィが待っている遺跡の前へとたどり着いた。
上空から近付くと、遺跡の前のぼうぼうの草地には最初、誰もいないように見えた。
だがそこに、遺跡のかたわらからぴょこんと小さな人影が飛び出てくる。
人影はこちらに向かってぶんぶんと手を振ってくる。
尻尾も左右に大きく揺れていた。
「──ウィリアム! サツキ、シリル、アイリーンも。無事だったですね」
イルドーラが着地し、俺がその背から下りると、ミィは猫のように大きなジャンプで俺に向かって飛びついてきた。
「──おっと。待たせたなミィ。置いていってしまって悪かった」
同じように飛びつかれても、サツキと比べれば体重も突進力も小さい。
どうにか倒れることなく抱きとめることに成功する。
「それは仕方ないです。魔王とかいうのは倒してきたです?」
「ああ、問題ない。ミッションクリアだ」
「良かったです。さすが、ウィリアムは頼りになるです」
ミィはそう言って、俺にぎゅうと強く抱きついてくる。
が、はたと何かに気付いたような顔をすると、次にはくんくんと俺の首筋やらの匂いを嗅ぎはじめた。
「……女の匂いがするです。これは……アイリーンの匂いですか」
じろっとアイリーンのほうを見るミィ。
ミィの視線の先で、あははっと困ったように笑うアイリーン。
だがその前に、俺にも言いたいことがある。
「待て、ミィ。いろいろと距離感がおかしくないか? いきなり抱きついてきたり、匂いを嗅いできたり」
「うっ……そ、それは仕方ないです。ひょっとしたらもうウィリアムたちに会えないんじゃないかと思って、ミィもいろいろ考えたです。人生いつ何があるか分からないです。遠慮なんてしていたら後悔するです」
「あはは。誰も考えることは一緒だね」
アイリーンが口を挟んでくる。
するとミィは、音速でアイリーンのほうを見た。
「ま、まさかアイリーン……! ウィリアムと、もう……!?」
「うーん、さすが師匠。すごいなぁ、一瞬でバレちゃった」
「寝たですかっ!?」
「寝てないよっ!?」
流れるようなボケとツッコミ。
「……んん?」
ミィは首をかしげる。
ミィとアイリーンが何やらひそひそ話をする。
その後、アイリーンに何かを耳打ちされたミィは、みるみるうちにその顔を真っ赤にした。
「そ、そういうことは早く言うですアイリーン! なに言わせるですか!」
「そんなの知らないよ! 言う前にミィちゃんが勝手に勘違いしたんでしょ!?」
「それはそうです、そうですけど! うにゃーっ! 恥かいたですーっ!」
ミィが頭を抱えてうずくまった。
尻尾がびったんびったんと地面を叩いている。
うぅむ……何にせよ可愛らしいな。
俺が微笑ましげに二人の様子を見ていると、その俺のもとに、今度はシリルが寄ってきた。
「ねぇ、ウィリアム……私も、やっぱりいいかな」
シリルはそう言って、恥ずかしげに俺のローブの裾をつかんでくる。
不審な行動だ。
「いいとは、何がだ?」
俺が聞くと、シリルはもじもじとしながら頬を染め、上目遣いで俺を見て──
「その、ね……だから……えいっ☆」
可愛らしい声とともに、がばっと俺に抱きついてきた。
ローブ越しに伝わってくる彼女の柔らかさと体温、それにふわりと漂う華やかな香り。
……いや、待て待て待て待て。
「……な、なあ、シリル。いよいよ脈絡がないと思うのだが」
「だって、私だけウィリアムに抱きついていないんだもの、不公平よ。……それとも、サツキやアイリーン様やミィに抱きつかれるのはよくても、私に抱きつかれるのは……イヤ?」
シリルはうるうると瞳を潤ませ、なおも上目遣いで俺を攻めてくる。
この小悪魔め……自分の魅力を分かっていてやっているだろう、絶対。
と、そこに──
「あーっ、シリル! いつの間に何やってんだよ!」
そんなサツキの声。
さらにはミィとアイリーンも、
「にゃにゅっ!? あっちにも伏兵ですか! ちっ、ぬかったです……!」
「うわぁ……シリルさん、大胆だなぁ……」
いつもの大騒ぎが始まった。
なんというか、こういった全員集合のやんややんやとした風景を見ていると、日常に帰ってきたのだなぁという気がする。
……いや、俺の記憶が正しければ、少し前までの俺の日常はもう少し違ったはずだとも思うのだが。
と、そこに、この場にいたもう一人の声が響き渡る。
『くぁああああっ……わし、もう帰っていいかの? それにしても主殿はやはりモテモテではないか。その有様で誰とも交尾しておらんとか言われてものぅ』
そういえば、彼女のことが頭から抜けていたか。
「すまない、イルドーラ。もう一つ、できれば俺たちを王都の近くまで送ってもらえると助かるのだが」
俺はそう言いつつ、彼女には魔王退治に協力してもらったばかりか、移動の足としても働いてもらいっぱなしであることを思い出していた。
『主殿の頼みとあらば聞かぬわけにもいかぬがの。竜使いの荒い主殿じゃのぅ』
「すまない、助かる。ところで何か、キミの働きに対して俺たちが支払える報酬はないだろうか。これだけ助けてもらって何もなしというのも、さすがにどうかと思った」
『報酬のぅ。わしら竜族は財宝を巣穴に集めることを好むが、人の尺度でわずかな金品をもらったところで程度が知れておるし……と、そうじゃ、それなら』
イルドーラは何かを思いついたようだ。
それから竜は、さも名案であるというように、こう言ってきた。
『主殿。わしは主殿と契りを結んだ証として、何か主殿からのプレゼントが欲しいぞ』
***
再び
夕焼け空の下、アイリーンに敬礼をする門番の前を通り、王都グレイスバーグへと入っていく。
俺、アイリーン、サツキ、ミィ、シリル、そしてイルドーラの六人で中央通りを歩いていると、周囲の人々が見世物を見るような目で俺たちのほうに注目してくる。
角や翼が生えている幼女姿の上に、あちこち破けたボロボロの黒ドレスを身にまとったイルドーラが人目をひくのは仕方がない。
だがそれを差し置いても王女アイリーンがいる上、俺が連れている五人の少女がいずれも美人揃いという時点で、もう目立つのは仕方ないとあきらめるよりほかない。
「女性向けの衣服を取り扱っているお店だと、この通りを入った奥にいいお店があるよ」
勝手知ったるアイリーンが、そう言って俺たちを先導していく。
俺はそれに、唯々諾々とついていくばかりだ。
やがて高級な雰囲気の女性用衣服店に、アイリーンに続いて足を踏み入れることになる。
店内には金貨何枚という値段の女性用良質衣服が、あちらこちらにめまぐるしく飾られていた。
男の俺がいるのは場違いだとしか思えない。
そうして俺が肩身の狭い思いをしていると、店の奥から店員の女性が現れる。
「あらアイリーン様、いらっしゃいませ。ついに女物の服にも興味を持たれるようになられましたか? それでしたら私、全身全霊をこめてアイリーン様に似合う服を選ばせていただきますよ!」
そう言って、瞳に炎を燃やしてぐっと拳をにぎる女性店員。
アイリーンは少し困った様子で、手をぶんぶんと振る。
「う、ううん、僕の服を探しに来たんじゃないんだ。今日はこのドラゴ──この子に似合う服を探しに来たんだけど」
アイリーンがそう言って示すのは、幼女姿のイルドーラだ。
それを見た女性店員は、キラキラと目を輝かせる。
「か、可愛い……! ちょっ、アイリーン様、どこでこんな逸材を!? この翼、角、異種族ですか? え、ていうかほかの皆さんも可愛すぎません!? どの子もポテンシャル高すぎ! 何これ、何これ……!」
女性店員はとても興奮している様子だった。
……大丈夫だろうか。
それからしばらく、女性店員とイルドーラ、それにほかの女性陣も混ざり、黄色い声をあげながらイルドーラの服を選び始めた。
あれでもないこれでもない、これも可愛いあれも可愛いと選考を続けること、たっぷり数十分。
やがてイルドーラは、二着の服を持ってきて、俺に見せた。
「主殿はどちらがいいと思うかの?」
そう言って、にこっと満面の笑顔を向けてくるイルドーラ。
こうして見ると、恐ろしい力を持った竜であるようにはとても見えない。
それはともかく、服を選べと言われた。
イルドーラが持ってきた二着は──
「……これは、俗に言うメイド服というものではないのか?」
それはどちらも、黒と白の布地で鮮やかに彩られた、女性の使用人が着用する類の衣装だった。
ただ実務用というよりはファッション性に重点を置いたもののようで、とても華やかなデザインに見える。
イルドーラは胸を張って言う。
「うむっ! わしは主殿に屈服したメス、いわば主殿の下僕のようなものじゃ。聞けばこのような衣服は、従者の衣装であるという。見た目もなかなかに美麗であるし、この姿のわしにぴったりじゃろう?」
「ま、まあ……似合うか似合わないかで言えば、似合いそうだが」
「ふふん、そうじゃろそうじゃろ。──で、主殿は、どちらがいいと思うかの?」
イルドーラはそう言って、選択を迫ってきた。
だが俺には、その二着の違いがいまいち分からなかった。
細部のデザインは確かに違うのだが、そのどちらがより良いかと聞かれても、正直に言って判断がつかない。
しかしアイリーンたち曰く、これは俺が選ぶことに意味があるのだそうだ。
俺は迷った末に、何となくこっちのほうがイルドーラに似合うかな、と思ったほうを選んだ。
するとイルドーラは嬉しそうに、にひっと笑う。
「うむ、こっちか! ではこれがほしいぞ、主殿」
「分かった」
俺はその服の代金として、自分の懐から金貨三枚を店員に支払う。
すると店員とイルドーラは、再び店の奥に引っ込んだ。
それからしばらくして──
「お待たせじゃ、主殿♪」
そう言って、更衣室からイルドーラが出てきた。
鮮やかなフリルに彩られたメイド服を着た姿で、くるりと一周回って見せてくる。
背中の部分は、翼が出せるように店員が加工してくれたようだ。
その姿は──困ったことに、とても可愛らしかった。
俺が呆然としていると、いつの間にか隣にいたアイリーンが、肘で俺を小突いてくる。
「ほら、ウィル。何か言うことあるんじゃないの?」
「あ、ああ。その……とても可愛いな、イルドーラ」
「にへへへへっ、そうじゃろそうじゃろ」
イルドーラはとても嬉しそうに、笑顔を浮かべていた。
──これが、俺がイルドーラに渡すことになった「プレゼント」だ。
いろいろと助けてもらったお礼として、あるいは契りの証として、俺が彼女に渡した記念品であった。
その後、俺たちは再び王都の外に出ると、そこでイルドーラと別れることになった。
「名残惜しいが、わしも常日頃から自由を束縛されておるのは性に合わんしの。山の巣穴に戻ることにする。またいつでも遊びに来るといいぞ、主殿」
「ああ。またいずれ会おう」
「うむ」
俺はメイド服を着た幼女姿のイルドーラとしっかりと握手をすると、彼女のもとを離れる。
イルドーラはメイド服を脱ぎ去ると、竜の姿に変身し、服をつかんで飛び去っていった。
日の落ちたばかりの夜空を飛んでいく赤い鱗の竜を見送ってから、俺は仲間たちのほうへと向き直る。
「では、俺たちも帰るか」
俺の言葉に四人の少女もうなずき、俺たちは王都へと向かう街道を歩いていった。
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