第172話

「あれ……? ウィリアム、どこへ行くですか?」


 二本の小型ハンマーを手に部屋を出ようとする俺を、ミィが呼び止める。

 彼女は部屋の奥に並んでいる、四体の石像を指さしていた。


「『鍵』を回収しに行く」


「え、でも……『鍵』があるのは石像の中だって書いてあったですよね?」


「ああ。だが『この部屋にある石像』とは書いていない」


「んん……?」


 ミィは首をかしげながらも、俺のあとについて部屋を出た。


 俺は廊下に出ると、ギロチンが仕掛けられていた部屋へと戻っていく。

 すると、しばらく進んだところで──


「ああーっ! ……そ、そういうことです?」


 ミィも俺と同じ答えに行きついたようだった。

 大声を上げそうになったのを、手で口をふさいでいる。


 俺はミィに向かってうなずいてみせる。


「ああ。条件がすべて合致するから、それで正解だと思うが」


「た、たしかに……。あうぅ、こんな初歩的な引っかけにやられるなんて……!」


 ミィは悔しそうに頭をかかえ、もだえていた。

 俺はそんな彼女と一緒に扉をくぐり、再びギロチンをふみ越え、ガーゴイルと戦った廊下へと戻った。


 そこには二台の台座のほかに、俺とミィとで撃破した二体のガーゴイルが床に転がっていた。


 ミィがその一体にぴょこっと駆け寄り、もはや動かなくなったそのを指先でつんつんとつつく。


「……でも、これズルくないです? モンスターじゃないですか」


「ガーゴイルはもともと、石像に魔力を与えてモンスター化したものと言われているからな。それに謎かけリドルというのはだいたいそんなものだ。そう厳密なものじゃない。──要するに出題者の思考当てクイズだな」


 そう言いながら俺はミィの隣まで歩み寄り、小型ハンマーを目の前の石像──ガーゴイルだったものに向けて振り下ろした。


 淡い光を放つ小型ハンマーが石像に命中すると──

 石像そのものがパァッと白く輝き、ついでさらさらと、細かい砂のようになって崩れ去った。


 そのあとには、何もない。

 小さい砂の山が残っただけだ。

 かきわけても、何も見つからない。


「外れ……です?」


「どうやらそのようだ」


 俺はミィに答えつつ、もう一体の石像のほうへ向かう。

 そちらにも、ハンマーを振り下ろした。

 すると──


 ──チャリン。


 石像が砂のようになったのは変わらなかったが、その中から金色に輝く鍵がひとつ出てきた。


「ビンゴです。さすがウィリアムです」


「いや、当たっていてよかった。大口を叩いた手前、内心では少しドキドキしていた」


「へぇ。ウィリアムでもそういうのあるですか」


 俺は金色の鍵を拾い、ミィを連れて宝箱があった部屋に戻る。

 そして鍵を使い、宝箱の鍵穴に鍵をさした。


 ──キィン!

 どこか甲高い音がしたかと思うと、宝箱が淡く光り、やがてその光が消えていった。


 ミィがあらためて周囲を警戒し、箱を調べなおしてから、そのふたを開ける。

 きぃぃっという蝶番の鳴る音とともにふたが開き、宝箱の中身が姿を現した。


 その中には、三つの宝物が入っていた。

 ポーションと思しき液体が入った瓶がひとつと、杖が一本、そしてブーツが一足だ。


「……魔道具、でしょうか?」


「だろうな。『些細な宝物』と言っても古代遺跡の宝だ」


「ホクホクですね」


 ミィがにひっと嬉しそうに笑う。


 魔道具は全般に極めて貴重な品だ。

 モノによっても大きく価値は変わるが、専門店に持っていけば最低ランクのものでも金貨数十枚──すなわち一般市民の月収に相当するほどの値段で買い取ってもらえるはずだし、最上位のものになれば金貨数千枚にも及ぶ値付けになる。

 もちろん、モノによっては売らずに自分たちで使ってもよい。


 なお、どんな魔力を持ったアイテムであるかは魔法分析アナライズの呪文を使えば分かるのだが、魔法分析アナライズは高位の呪文であり魔素の消費が大きいためダンジョン探索中の使用は避けたいところだ。

 探索を終えて一息ついたところで鑑定するべきだろう。


 俺はそう考え、そのまま各アイテムを布で包み、荷物袋にしまった。

 それを見ていたミィが首をかしげる。


「ウィリアム、布で包んだのは何故です?」


「古代の魔道具の中には、呪いカースがかかっているものもあるからな。呪いの発動条件は様々だが、ひとまず手で直接さわるのは避けておきたい」


「にゃるほど。盗賊として勉強になりますです。……っていうかウィリアム、実は盗賊なのでは?」


「いや、普通の導師だな。ミィのように罠の探知や隠密行動が得意ということはない」


「それはそうかもですけど。普通の、は絶対ウソです。ちょっとただ事じゃない導師です」


 そんなやり取りをしながら、俺とミィは宝箱のあった部屋をあとにする。

 そして廊下に出ると、遺跡のさらに奥へと進んで行った。



 ***



 ──一方その頃。


 魔王を「極獄の宝珠」の力によって封じ込めた国王アンドリューたちは今、国内の小都市のひとつに居を構えていた。

 アンドリューら王国軍が魔王と衝突したのがこの小都市である。


 この小都市に現在駐留している戦士──王国騎士や宮廷魔術師たちの数は、従騎士スクワイアなどを除けば五十人ほどだ。

 王国兵力の総数は常備軍だけでも千人ほど、戦時に動員できる最大の兵数は一万人近くにも及ぶのであるから、この五十人ほどという人数はかなり少ないものであると言える。


 これは、魔族という強力な個体しかいない少数精鋭の敵を相手どるにあたって、雑兵を交えた大軍で挑むのは無駄に戦死者を増やすだけの愚策であると判断されたためだ。


 また兵站や機動力確保、動員フットワークの重さ、魔王問題以外の治安維持の都合などとも相まって、王国軍側も少数精鋭の部隊──しかし魔族たちとの数と比べれば三倍は多い──が編成されたのである。


 だがそれゆえに、ここに集っている者たちはいずれも実力者であった。

 その一人一人が、ゴブリンの群れやオークの小集団ぐらいなら単身で撃退してしまえるほどの力を持ち、魔族とも対等に渡り合える豪傑である。

 王国が誇るエリート戦士たちが、今まさにここに集結しているのだ。


 その精鋭部隊の力をもって魔王率いる魔族の小集団と激突し、アンドリューたちは比較的少ない犠牲で魔王を封じ込めることに成功していた。


 魔王は現在、都市の中央広場にいる。

 極獄の宝珠が作った二十メートル四方ほどのエネルギーフィールドは、魔王ほか七体の魔族をその場に封じている。

 ほかの魔族はすでに倒されており、残る敵はそこにいる魔族たちだけだ。


 アンドリューら王国軍が魔王たちを封じ込めてから、すでに二日が経過していた。

 決戦のときは、極獄の宝珠の効果が失われたとき。


 これは宝珠の効果が発動してから六日から八日の後であると目されており、少なくともあと四日は安泰であるというのが、従軍している宮廷魔術師たちの共通見解である。

 ゆえに、それまで戦士たちは、ひとときの休息についていた。


 なお、この都市の一般市民たちについては、すでに別都市への一時避難が完了している。

 現在この都市に駐留しているのは、魔王退治に直接的・間接的に携わる者だけだ。


 アンドリューたち重鎮が滞在しているのは、この小都市の領主の館だ。

 本来の持ち主である領主は、今は館の隅っこで肩身を狭くしている。


 国王アンドリューは今、館の食堂を会議室に見立て、重鎮たちと軍議という名の雑談をしていた。


 アンドリュー自身も重鎮たちも普段忙しく、こんな機会でもなければなかなか顔を突き合わせて話す機会もとれないので、戦術に関する議論が固まったあとは、これ幸いと普段事に関する意見交換をしていたのだ。


 地位や立場に怖じない闊達な意見交換が行われるのは、国のトップであるアンドリューの人柄や人選眼によるところが大きい。

 アンドリューが重用する人物は、ほとんどがそういったタイプなのだ。


 ──と、その軍議の場に、一人の騎士が駆け込んできた。


 それにいち早く気付いたアンドリューが、騎士に声をかける。


「おう、どうした騎士ラングレー。何かあったか」


「はい! すぐに来てください! 魔王が……!」


 その騎士の様子に、アンドリューは視線を鋭く細め、立ち上がる。

 そして従士に指示して自分の愛用の魔剣を手にし、呼びに来た騎士とともに部屋を出る。

 軍議に参加していたほかの重鎮たちも、ただ事ならぬ雰囲気を感じて思い思いにアンドリューのあとに続いた。


「それで。魔王がどうした」


「はい、それが──やつは突然、一緒に封じ込めてあったほかの魔族たちを襲って、それをのです」


「……なんだと?」


 領主の館の廊下を速足で進む、アンドリューと国の重鎮たち。

 廊下の窓から外を見れば、空にはどす黒い暗雲がたちこめ始めていた。

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