第171話
二体のガーゴイルを撃破した俺とミィ。
ついで、その先にある扉に取り掛かった。
ガーゴイルがいた二つの台座のすぐ先にある扉だ。
例によってミィが慎重に近付き、調査を始めようとするのだが──
少女は扉の少し手前、二つの台座の間ぐらいの位置でぴたりと静止した。
ミィの視線は上方、扉のすぐ前の天井に向けられている。
「あー……天井に、露骨に怪しいすき間があるですね」
ミィはそう言って俺のほうへと振り向き、天井を指さしてみせる。
俺はミィのかたわらまで寄って、彼女が指さす場所を見てみた。
すると──なるほど、天井の一部に横長のすき間があるのが分かった。
巧妙に、壁掛けの照明の光が届かず暗がりになった部分で、ミィに指摘されて注意して見なければ気付かなかっただろう。
すき間は剣の鞘を横向きに置いたぐらいの大きさの穴で、ちょうど扉の前に立ったときに頭上に来るぐらいの位置にある。
「あれは……
「だと思うです。扉を開けるか、ドアノブをひねるか何かしたときに、あそこから何かが落ちてくるパターンだと思うですけど」
「なるほど。しかしミィ、よくあんなものに気付いたな。俺は言われるまでさっぱり分からなかった」
「こう見えてミィはプロの盗賊ですからね。このぐらい朝飯前です」
えへんと得意げに胸を張るミィ。
俺がその頭をなでてやると、「にゃはっ」と言って嬉しそうにしていた。
そろそろ定番のやり取りであるし、俺もためらいがなくなってきた。
「罠の解除はできるか?」
「もちろん、任せるです。でも発動させた方が早いかもです」
「……どういうことだ?」
「まあ見ているです」
ミィはそう言って、俺にいま一度、後方に下がるように指示する。
そして俺が曲がり角あたりまで後退したのを確認すると、ミィはこれまで以上に注意深く、扉へと近付いていった。
そして、扉や周辺の壁、床、天井などを凝視して──
「──ああ、そっちですか」
そうつぶやいたかと思うと、扉の前まで歩み寄って、最後の一歩の前でストップする。
しかる後に、その最後の一歩を踏み込むと──
そこからのミィの動きは、恐るべき素早さだった。
少女は野生のネコ科動物をも超えるような驚異的な俊敏さで数度のバックステップを踏み、あっという間に俺の隣まで後退してきた。
そして、それより一拍遅れて──
──ガラガラガラガラ、カーンッ!
扉の前では、問題のすき間から何か大きくて鋭いものが落下してきて、その真下の石床に墜落した。
それが何なのかと、よく見てみると──
「……あれは、ギロチンか? 断頭台があるわけではないが」
「そんな感じですね。鎖を使った吊り下げ式のギロチンです。扉を開けようとして前に立ったら、頭から真っ二つにカチ割られるやつです」
天井から落ちてきたのは、鎖に繋がれた大きな刃だった。
それは大型の斧の刃に似た形状の、銀色に輝く半月状の刃で、あんなものが生身の人間の頭に落ちてきたら当然ながら即死だろう。
今は刃の先端部が石床にわずかに食い込み、それを吊り下げた鎖は床にじゃらりとたわんでいる。
が、それが──
……カラカラカラカラ。
やがて天井の隙間に引き上げられるように、鎖が持ち上がっていった。
そのまま待っていると、鎖も刃も天井のすき間に戻っていって、何事もなかったかのように元の状態になった。
ただ石床に、刃が食い込んだあとが残っただけだ。
「んー、戻るですか。少しめんどくさいですね」
ミィがそうつぶやく。
おそらくもう一度あそこの床を踏めば、再び同じようにギロチンの刃が落ちてくるのだろう。
しかし、あの構造なら──
「もう一度あの床を踏んで、ギロチンが落ちてきたあとに通ればいいのでは? 落ちてきてから戻り始めるまでにも数秒の間があったと思うが」
「はいです。ミィもそう思っていたところです。シンプルですけど的確な切り抜け方です」
なんなら落ちてきたときに
別に突破のタイミングがシビアということもないし、少量であれわざわざ魔素の無駄遣いをする必要もないだろう。
「それにしても、石像のモンスターを倒して一息ついたころにギロチントラップとか、ずいぶんと殺意の高いダンジョンですね」
「まったくだ。一緒に来たのがミィで良かった」
「えへへー。でもそれは、ウィリアムの目に狂いはなかったということでもあるです。ウィリアムはミィよりもミィのことをわかってます」
そんなやり取りをしつつ、俺たちは第三の関門をクリアし、無事に扉をくぐっていった。
***
ガーゴイルとギロチンを突破して扉をくぐると、その先にはやはり、廊下がまっすぐに続いていた。
俺とミィは再び、注意深く廊下を前進していく。
しばらく進むと、右手側の壁に扉がひとつあるのが見えてきた。
廊下そのものは前方へと続いたままだが、扉に興味はひかれる。
「あの扉、調べますか?」
「頼む」
「了解です」
ミィはびしっと敬礼のようなポーズをとると、扉に近付いて罠の有無などを調べ始めた。
そしてひととおりを調べ終えたミィは、そのまま小さく扉を開け、中を覗き込み、ついで俺を扉の前まで招きよせた。
「またなんだか、どう受け取ったらいいのかわからない部屋です」
俺がミィのもとまで行くと、獣人の少女はそう言って扉を開き、その先の光景を俺に見せてきた。
そこは中程度の大きさの部屋だった。
部屋の奥には四体の石像が並んでおり、その手前側にはひとつの宝箱が配置されている。
さらに宝箱の横には石碑と、石造りの台がひとつずつあり、台の上には淡い光を放つ小型ハンマーが三つ置かれていた。
部屋の奥の四体の石像はいずれも人の姿を模したものだが、それぞれ少しずつデザインが違っている。
ひとつは背中に天使のような翼を持ち。
別のひとつは額から一本の角を生やし。
また別のひとつは手指の先から長く鋭い爪を生やし。
最後のひとつは口から猛獣のような鋭い牙を生やしていた。
ミィは慎重に見回しながら部屋に入ると、石碑の前まで移動する。
そして周囲をひととおり調べてから、俺を呼んだ。
「ウィリアム、またあの文字です」
ミィが石碑を指して俺を手招きする。
歩み寄って石碑を見ると、そこには古代文明文字でこう記されていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
宝物は剣のみに非ず。
この箱の中の些細な宝物を望むなら鍵を探せ。
鍵は石像の中に在り。
石像は翼を持ち、角を持ち、長く鋭い爪を持ち、獰猛な牙を持つ。
正しき石像へと鎚を振るえ。
一つの鎚は一度のみ。
されど運に頼るべからず。余すが必定。
――――――――――――――――――――――――――――――
なるほど。
この遺跡には炎の魔剣を求めて潜ったのだが、どうやらそれ以外の宝物も用意されているらしい。
そして、目の前の宝箱の中に入っているその「些細な宝物」が欲しければ、この
なお「鎚」というのはおそらく台の上の小型ハンマーのことで、あれを「正解」の石像に振るえば「鍵」が取り出せる仕組みなのだろう。
さて、そうして俺が石碑の文字を解読する一方で、ミィは宝箱のほうを調べていた。
少女は俺を見上げて口を開く。
「この宝箱、罠はなさそうですが、魔法的な仕掛けで鍵がかかっているみたいです。ミィでは開けられません。──石碑にはなんて書いてありました?」
そう聞いてきたので、俺はミィに、石碑に書かれていた内容をそのまま現代語に訳して伝えた。
すると──
「ふみゅ……石像が四つに、ハンマーが三つですか。ヒントもよく分からないです。運に頼るなってことは、当てずっぽうでは駄目ということですよね……?」
ミィはそう言って考え込んでしまった。
……いや、引っかかるものなのかこれは?
まず「あの正解」で間違いないと思うのだが。
ミィは少し考えてから、お手上げというように両手を上げた。
「ミィはギブアップです。ウィリアムは分かりますか?」
「ああ。十中八九これで正解だろうというものは思い浮かんでいる」
「ホントですか? さすがはウィリアムです」
ミィはそう言って、キラキラとした尊敬のまなざしを向けてきた。
……これで外していたら恥ずかしいな。
だが条件にぴったり合うのだから、「あれ」で間違いないだろうと思う。
そして俺は、石の台に置いてあった三つの淡く輝く小型ハンマーのうち二つを手に取って、目的の場所へと向かった。
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