第152話

 城館の三階、アイリーンの私室まで案内された俺たちは、部屋の主の勧めで横長の客用ソファに腰掛ける。


 目前の背の低いテーブルに執事の老紳士が紅茶と茶菓子を配膳していく中、アイリーンは俺の対面の席に座った。

 そして執事が一礼して部屋を出ていったところで、美貌の男装王女はわずかに身を乗り出して、話を切り出してきた。


「えっと、結論から言うね。ウィル、僕と一緒に『火竜山』に行ってほしいんだ」


 テーブルの上に両肘を置き、組んだ手を前にして、アイリーンはそう真っ直ぐな眼差しで言ってきた。


 ──だが、そんな雰囲気押しをされても、話が唐突過ぎて分からないことに違いはない。


「……待ってくれ、アイリーン。順を追って話してくれないか」


 俺がそうツッコミを入れると、少女は途端にわたわたと慌て始める。


「あ、あれ……? やっぱり間を省きすぎだった?」


「それはそうだろう。魔王の話をされると思ったら、いきなり火竜山だぞ。脈絡がなさすぎる」


 火竜山というのは、この王都から南の未開の地へと踏み込み、三日ほど歩いた先にようやくたどり着くといった場所にある険しい山だ。


 名前の通り、その山の頂には火竜レッドドラゴンが棲息すると言われており、冒険者ですら普通は近付こうとすらしない場所のはずだ。


「あー、うー、そっかぁ……。じゃあ、どこから話したらいいんだろう……」


「事の発端から順に話してくれ。魔王が出現したと言っていたが、発見場所はどこなのか、発見状況はどういった様子だったのか。まずはそういったところから頼む」


「う、うん、分かった。……えっとね、これは僕も人から聞いた話なんだけど……」


 そう言ってアイリーンは、今回の事件の発端について語り始めた。



 ***



 どうもね、最初に異変を発見したのは、とある冒険者パーティだったみたい。

 その冒険者たちは、旅をしている最中に、一つの村に立ち寄ったんだ。


 いや、もうその段階では、「村だった場所」って言うべきなのかな。

 冒険者たちが見たのは、それは無惨な光景だったらしい。


 そのときは、夜に差し掛かろうという時間で。

 その場所には、生きている人なんて一人もいなかった。

 ただあちこちに、無惨に殺された村人の死体が横たわっていて──


 その村人たちの死体の真ん中に、立っている人影が三つ見えた。

 それは人影と言っても、普通の人間より幾分か大きくて、鋭い爪や牙や角を持っていた。


 つまり、その三つの人影っていうの、全部が魔族だったんだ。


 でも、それはどれも「魔王」っていうわけじゃなかった。

 普通の、って言うのも適切なのかどうか分からないけど、とにかく普通の魔族だったみたい。


 ただ、魔族っていうのは普通の──最下級のやつでも結構な強さだっていうのは、ウィルも知っていることだと思う。

 一体ならまだしも、三体ともなると、そんじょそこらの冒険者パーティじゃ太刀打ちできない相手だ。


 だから、その光景を見た冒険者たちは、慌ててその場から逃げ去った。

 幸いなことに魔族たちからは気付かれていなくて、彼らは逃走に成功した。


 そして、その冒険者パーティが冒険者ギルドにそれを報告した。

 その情報は重大事件として、僕らのところ──王都の騎士団へも回ってきたんだ。


 当然、領土の村を滅ぼした魔族なんて放置しておけない。

 騎士団は討伐隊を組織して、その村へと向かわせた。


 ……討伐隊の戦力は、十分過ぎるぐらいのはずだったんだ。


 上級騎士バートラムを指揮官として、宮廷魔術師エルヴィスと侍祭セルマが補佐役についた上、別に正騎士が三人と、準騎士が十人。

 兵士以下を連れていかない少数精鋭の討伐部隊で、多少のイレギュラーがあっても確実に対応できる──そういう目論見で送られた部隊のはずだった。


 事実、現地に辿り着いた討伐隊は、そこで発見した三体の魔族を難なく撃退した。

 そこまでは良かったんだ。


 でも、念を入れて彼らが村をさらに調べて回っているとき──そいつと出会ってしまった。


 そいつは、その村の領主の館だった建物から、たった一人で悠然と姿を現したらしい。


 姿形は下級の魔族のそれに似ているけど、体格はむしろ小さめで普通の人間並み。

 角と牙と鋭い爪を生やしているところも普通の魔族と同じ。


 でも、そいつは氷の鎧を身に纏っていた。

 さらには、まるで吹雪のような極寒の嵐が、そいつを中心に周囲に吹き荒れていたっていう話だ。


 討伐隊はそいつを、退治すべき魔族であると認識した。

 宮廷魔術師エルヴィスは、まだ距離が離れているうちにただちに火球ファイアボールの呪文を詠唱し、それを放った。


 でも、火球がそいつに直撃することはなかった。

 火球が迫ったとき、そいつは左手を前に差し出した。

 そいつが左手の指に嵌めていた指輪が光って、それだけで宮廷魔術師エルヴィスの火球はかき消されてしまった。


 そこから、虐殺劇が始まった。


 その魔族は恐るべき速度で接近してくると、慌てて立ちふさがる騎士たちの間を信じられないほどの敏捷性で掻い潜り、あっという間に宮廷魔術師エルヴィスを殺害。


 さらには、戦いを挑んだ上級騎士バートラムやその他の騎士たちを、まるで赤子の手を捻るように容易く嬲り、殺していった。

 その戦いぶりはまるで、究極まで技芸を磨いた武術の達人のようだったらしい。


 そのあまりの強さに士気が崩壊した騎士たちは、我先にと逃げ出した。

 そのうちの何人かがどうにか逃げ延びたんだけど、その中の一人が、逃げる際に後ろを振り向いたんだ。

 そしてその光景を見た。


 元領主の館からは、十体をゆうに超え、二十体に及ぶかそれ以上ぐらいの数の魔族が姿を現していた。

 そいつらが、我先にと殺された騎士たちに群がり、その死体を「食って」いたって。


 ……まあ、そういう胸糞の悪い話は置いといても、重要なのはその魔族の強さと特性、それに数だ。


 件の飛び抜けた個体。

 そいつは上級騎士バートラムを含めた騎士たちを容易く屠ったっていうその強さから、推定モンスターランクS以上──すなわち「魔王級」に認定された。

 騎士団会議とかでの仮の呼び名は「氷の魔王」。


 それから、宮廷魔術師エルヴィスの火球ファイアボールをかき消した力。

 それはおそらく、氷の魔王そのものの力ではなくて、「消魔の指輪」っていう魔道具マジックアイテムの力だろうって目されている。

 どこで手に入れたのかは知れないけど、それがある限り、あらゆる直接的な魔法は通じないだろうって。


 まとめると、その魔王は無敵とも思えるぐらいの凄まじい物理戦闘能力に、魔法封じの魔道具を持っていて、さらには二十体もの数の配下の魔族を連れているってことになる。


 それでもうみんな、頭を抱えちゃって。

 そんなやつ、どうやって倒せばいいんだって。

 騎士を百人向かわせたって、兵士を含む一千人を挑ませたって、ただ一方的に虐殺されて終わるだけかもしれない。


 そんなとき、騎士団の会議に参加していたお父さん──国王がこう言ったんだ。


「よし、だったら俺が火竜山まで行ってくる。あそこの竜に協力させよう。ただあいつ結構気難しいから、俺が万一おっんだら適当に後釜を立てといてくれ」って。


 氷の魔王はきっと氷属性に違いないから、魔法が通じないなら竜の炎だって、そういう発想らしい。


 ……いや、ツッコミどころ満載でしょ?

 僕も我が父ながら、この人アホなのかなって思ったもん。

 ていうか、お父さん──武王アンドリューの武勇伝は枚挙に暇がないけど、まさか火竜山の竜と知り合いだったなんて、娘の僕でも知らなかったよ。


 ま、それはともかく。

 騎士団のみんなは猛反対。

 あなたはもう国王なんですよ、自覚を持ってくださいと。

 当然だよね。


 そうしたら次にはお父さんがこう言ったんだ。

「ならば我が娘に行かせよう」って。


 ホントあの人アホなんじゃないかなって思ったよ。

 僕のこと何だと思ってるんだろうね。

 いや、僕もそういうの嫌じゃないからいいんだけどさ。


 で、当然これにも騎士団のみんなは反対するんだけど、それはお父さんがああだこうだ言ってねじ伏せちゃった。

 俺たちは国民の命を預かっているんだから打てる手は何でも打てとか、使いを立てるにしても俺の血を受け継いだ娘を送るぐらいはしないと納得しないだろうとか、そんな感じ。


 それで、とにかくそういう話で通っちゃった。

 もちろんほかにも色々と手は打つみたいなんだけど、その中でも竜の協力を取りつけるっていうのは、切り札ジョーカー扱いだね。


 ただ、僕を一人で火竜山まで行かせるわけにはさすがにいかないし、かと言って限りある戦力をそればかりに割くわけにもいかないっていうんで──



 ***



「──それで、ウィルたちに白羽の矢が立ったっていうわけ。実力は十分だし、何より信用できるって。……どうかな、引き受けてくれる?」


「……なるほど。だいたい話は分かった」


 俺は報酬を聞き、サツキ、ミィ、シリルの三人とも相談して、結果としてはこの依頼を受けることに決めた。


 報酬額も十分過ぎるほどだったし、俺たちが引き受けないと随分と面倒なことになるであろうことも容易に想像できたし、依頼を受けるためにここまで来たのだし──まあありていに言って、断る理由が見当たらなかった。


 強いて言うならば危険度がそれなりに高いことが予想されることぐらいだが──

 どの道アイリーンが行くのならば、俺の知らないところで彼女に命を落とされるのも気に入らないわけで、だったら見届けついでに護衛をするのはある意味で一石二鳥でもあると言える。

 俺にとっての彼女の存在は何なのかと思いを巡らせたりもするのだが、まあいずれにせよ、今回は成り行きで乗ってしまっていいだろうと、そう考えた。


 その後、俺たちは宿で床に就いた。

 そして翌朝にはアイリーンと冒険者ギルドで落ち合うと、俺たちは早速、火竜山へと向けて出立したのだった。

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