第132話

「よう。話は終わったか? 待ちくたびれたぜ」


 市長の館の門を出ていくと、そこには依然として、赤髪の青年とその相棒の女性が待っていた。

 これだけ会っていれば、そろそろ名前も覚える──グレンとセシリアと言ったか。


 しかしセシリアのほうは、先からの態度を見ていると、相棒と言うよりはグレンの付き人といったほうが的確であるようにも思う。

 彼女自身がBランクの実力者であることを考えても、グレンという青年の人格から見てもいろいろと不可解な部分のある取り合わせだ。


 だがいずれにせよ、この二人のうちのリーダーがどちらかと言えば、間違いなくグレンのほうだろう。

 俺は彼に向け、言葉を返す。


「待っていてくれと頼んだ覚えはないが」


「こっちに用事があるんだよ」


「Bランクのキミたちが、Eランクの俺たちにそこまで興味を持つ理由が分からんな」


「抜かせ、何がEランクだ。お前からはぷんぷん匂うんだよ。俺と同じ──強者の匂いだ」


「…………。……それで、用事とは何だ」


 この青年と同類扱いされるのはあまり気分の良いものではなかったが、一方で俺も、彼の言うところの「匂い」を嗅ぎ分けているのは事実だった。


 すなわち──この男は相当の「格」の持ち主だ、ということ。

 戦士としての実力は、天才剣士の名をほしいままにするアイリーンと同格か、あるいは──


 だがその「格」というものは、人格の高潔さまでを約束するものではない。

 そして彼は、その極致とも評するべき言葉を放つ。


「そうそう用事だ。用事ってのはつまり、こういうことだ。──『お前が囲っているその極上の女たちを俺に寄越せ』」


 グレンのそのあまりの発言に、俺は言葉を失った。

 あきれ果てるとはこのことだ。


 最もひどいのは、この言葉に限ったことではないが、彼の発言には他者に対する尊重の精神がまったく見受けられないということだ。

 殊に、女性をモノ扱い──まるで男の所有物であるかのような物言いをする。


 ほかにもいろいろな意味で論外も甚だしい内容だが……。

 しかしそれでも一応、こちらのスタンスを明言はしておくべきか。


 俺はそう考え、返事をしようとしたのだが──その前にグレンは俺に掌を向け、静止の仕草をしてきた。


「まあ待て、話は最後まで聞けよ」


「……聞いても無意味だと思うが。それにキミのその世迷言は、聞いているだけで不快だ」


「そうかい。じゃあ手短にしてやる。──賭けをしようぜ」


 端的にそう言われた。

 俺は賭け事はしない主義だ──そう返そうと思ったが、また最後まで聞けと言われても二度手間で面倒だ。

 俺はグレンに、無言でもって先をうながす。

 それに彼はくくっと笑い、先を続ける。


「ロックワームとかいう虫けらをどんだけ倒せるかで勝負だ。賭けるのは互いの女。俺が賭けるのは──このセシリアだ」


 そう言ってグレンは、彼のかたわらに佇んでいた銀髪黒ローブの美女を、片腕でぐいと抱き寄せる。

 そのようにされたセシリアという女性は、彼の腕の中に納まりながらも、口元に薄く笑みを浮かべ、挑発するようにこちらに視線を送ってきた。


 グレンの考え方も常軌を逸しているが、あのセシリアという女性も相当に不可解だ。

 おそらくはグレンを異性として慕っているのだろうが、だとしても──いやだからこそ、賭博の交換物のように扱われて不満一つなさそうにしているあの姿には、違和感しか覚えない。

 何らかの魔法的手段などによって、洗脳の類でも施されているのか。


 そして、その違和感を抱いたのは、俺だけではなかったようだ。


「なあ、あんた──セシリアっつったか。なんであんた、そんなクズ野郎に嬉しそうに付き従ってんだよ」


 そう聞いたのはサツキだった。

 見ればミィやシリルも、口にこそ出さないものの、サツキと同感という様子だった。


 一方それを聞いたセシリアは、グレンの腕の中でくすくすと笑う。


「ねぇグレン様、クズ野郎ですって。あんなグレン様の魅力も分からないようなお子様ですよ、それでも欲しいのですか?」


「おいおい、もう昔の自分を棚上げかセシリア? お前だって最初は俺のこと毛嫌いしてたじゃねぇか」


「むっ……まあ、それはそうですけど。でも今はぞっこんですよ?」


「知ってるよ、バーカ」


「きゃんっ♪」


 グレンが空いているほうの手で、セシリアの髪をぐしゃぐしゃとなでる。

 セシリアは嬉しそうに、されるがままになっていた。


「……どうやら洗脳をされているとか、そういったことじゃなさそうね」


「みたいですね。あんなのに惚れる気持ちは全っっっ然分からないですけど」


「同感だわ」


 シリルとミィが、スキンシップをとる男女の様子を見てそう評していた。

 だがそこに、頭なでから解放された当のセシリアから反撃が来る。


「それはこちらの台詞よ、お子様たち? そんな道徳が服を着て歩いているだけみたいな男と一緒にいて何が面白いのよ。ゾクゾクしないでしょう? 興奮しないでしょう? 女の悦びも教えてくれないでしょう?」


「「「はあぁあああああっ!?」」」


 うちの少女たちが全員で一斉に声を張り上げた。


 ……お、おう、びっくりした……。


「バァアアアカ! 何言ってんだ、めっちゃゾクゾクするし興奮もしますぅ!」


「ですです。あー、わかったわかったです。あれはサツキやシリルとは違う、本物のビッチですね。好きな人と一緒にいられるだけで幸せだっていう、一番大切な気持ちが分かんないんです」


「本当ね。しかも不道徳が男の魅力だと思っていて、なおかつそれが大人だと勘違いしているなんて、可哀想な人ね」


「……何よ? お子様たちが随分と吠えるじゃない」


 …………。


 ……何故か、気が付いたら女子同士のバトルが始まっていた。

 一対三でキャンキャンと、ああだこうだと言い合いをしていた。


 ちなみにお子様お子様と言っているが、セシリアもせいぜい二十歳か、もっといっていたとしても二十代前半といったところだろう。

 確かに俺たちよりは年齢は上だが、大差はないものと思われる。


 ……しかしそうしてあらためて見ると、彼女はグレンよりも年上なのか。

 ますますもって不可思議な二人だ。


 そして一方、その女子同士の言い合いの最中に──


「──だいたいねぇ、本当に誠実な人間が三人も女を侍らせるものですか。そいつはニセモノよ。あなたたちにだっていずれそれが──」


「……おい、セシリア」


「何ですかグレン様、止めないでください。グレン様を貶すバカ女どもを──」


「分かったからお前ちょっと黙れ」


「で、でもっ──んむっ!?」


 グレンが唐突に、セシリアに口づけを交わした。

 しかもしっかりと抱きしめ、ディープなキスをし始める。


「「「おおぉっ……!?」」」


 サツキ、ミィ、シリルの三人も、それには肝を抜かれたようだった。

 少女らは、抱き合い絡み合う二人の様子を、頬を染めてまじまじと見つめていた。


 それから三人とも、チラッと俺のほうへと視線を向けてくる。

 ……待て、なぜそこで俺を見る。


 一方、ディープキスを交わす二人の男女も、やがてその口づけを終える。


「──ぷはっ。ぐ、グレン様ぁ……」


「もういいから。お前は黙ってろ。分かったな」


「……はい」


 大人しくなって、グレンにしなだれかかるセシリア。

 とことんまで常識外れの世界が広がっていた。

 世の中にはいろんな人間がいるのだから、ああした男女がいてもおかしくはないのかもしれないが……ううむ。


「で、どうなんだよ魔術師。やるのかやらねぇのか」


 仕切り直したグレンが、改めてそう詰問してくる。


 はっきり言って検討の余地もない問いかけだったが──

 しかし一方で、一部だけなら乗ってやってもいい、俺はそう考えてもいた。


 いい加減、この男に付きまとわれるのも鬱陶しい。

 俺は別に世界平和を守る正義の味方ではなく、ゆえに彼の生き方に関してどうこう言うつもりもないが、俺の守備範囲に手を出そうとするならばそれをどこまでも看過するいわれもない。


 だが一方で、いかに問題のある人物と言っても、暴力によってその存在を抹消するといった手段が現段階で妥当であるとも思えない。

 能力の面でそれができるかできないか以前の問題として、人倫の問題がある。


 相手が無法者だからといって、こちらがそれを超える無法を働けば人の道を外す。

「怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物とならぬよう心せよ」とは、過去の賢者の言葉だったろうか。

 いずれにせよ、彼をどうにかするためには別の手段を考える必要があるだろう。


 そしてそのための手段として、彼の提案はそれなりに「使える」ものであった。

 俺はそうした考えのもと、ひとまずは布石としての返答をする。


「断る。その『賭け』には乗らない」


「へぇ。俺に勝てねぇから尻尾巻いて逃げるのかよ。力はあってもくだらねぇ男だ」


「安い挑発にもほどがある。またそういう問題でもない。自分を慕う者を自らの所有物と勘違いしてギャンブルのチップにするなど、勝ち負け以前の人間性の問題だと言っている」


「ハッ、人間性か! それこそ安い言葉だ。そんなもの──」


 と、言葉を続けようとしたグレンを、俺は手でもって静止する。

 グレンはそれを見て、眉をひそめて不快そうな顔をした。


 俺は口元を吊り上げ、彼に向けこう続ける。


「まあ待て、話は最後まで聞け。──『賭け』には乗らないが、『勝負』には乗ろう」


「……あぁ?」


 怪訝そうな顔をするグレンに、俺は続く言葉を乗せる。


「どうやらキミは、自分に対しては本物のプライドを持っている、その点だけは信頼できそうだ。キミは他人が嵌めようとするかせはどんなものであれ鼻で笑って引き千切るが、自分が嵌めた枷だけは絶対に外さない、そういう類の人間だろう? つまりキミは俺に敗北したなら、もう俺の女に手を出そうとしなくなる。──そうだな?」


 不可解なりにも、俺は目の前のグレンという男について、幾ばくかの認識をしていた。


 おそらくこの男は、自分の中では一本の筋を通している。

 その筋を曲げることだけはしないはずだ。


 そして彼の価値観ならば、男として──いや、オスとして一度「敗北」したなら、自分を制したオスの獲物をいつまでもつけ狙って横取りするような「みっともない真似」はしなくなるだろう。


 ゆえに、彼を服従させるのに「賭け」などをする必要はない。

 ただ勝負をして、それに勝てばいいだけの話だ。


 なお「俺の女」のくだりは、彼に分かりやすくするための演出だ。

 サツキたち三人には、あとできちんと説明をすればいいだろう。


 そして、俺のその返答を聞いたグレンはというと──


「くっ、くくくくくっ……! ハーハッハッハッハッハ! 面白れぇ、面白れぇわお前! ──俺を『把握』して、『利用』した!? いねぇぜそんなやつ、今までに会ったことねぇ!」


 そう言ってひとしきり笑った後、よだれを垂らした肉食獣のような獰猛な表情を見せてくる。


「いいぜお前、最高だ! ──だが覚悟しろ。俺が勝ったら、もうブレーキはねぇぞ……!」


「そうか。だがこちらも負けるつもりはないのでな」


「クーッハッハッハッハ! そうだ、そうこなくっちゃ面白くねぇ!」


 そうしてひとしきり笑ったグレンは、やがてセシリアを連れてその場を去っていった。

 そうして残されたのは、俺たち四人。


 俺は仲間たちに向き直る。


「──というわけだ。犬に噛まれたのは残念だが、クエストは粛々と進めることにしよう。あの男も頑張ってくれれば、俺たちの労力も半減するというものだ」


 俺がそう言うと、三人の少女はぽかーんとした様子で俺を見つめていた。

 やがてそのうちの一人が我を取り戻し、声をかけてくる。


「……あ、あらためてあなたって凄いのね、ウィリアム。……でも、本当にあいつに勝てるの?」


 そう聞いてくるシリルに、俺は淡々と答える。


「ああ、おそらくは問題ない。それに万一があった場合には、こちらもブレーキを外して無法には無法で対抗するまでだ。その辺は安心してほしい」


「うはぁ……ミィはウィリアムが一番の極悪人の気がしてきたです……」


 ミィのその感想にそういうものかと思いつつも、俺はあらためてロックワームの群れを攻略する手筈を考えていた。

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