第130話

 シリルを普通に起こして四人で朝食をとる。

 それから俺たちは宿を出て、クエストの依頼人であるノーバンの女市長、ドワーフのイヴリアの居館へと向かった。


 なお、昨日の探索を終えた後すぐに、短時間に三体ものロックワームに遭遇した件は報告してある。

 その際には討伐証明を確認してもらった上で、三体討伐分の報酬として金貨百二十枚を受け取っていた。


 ちなみに、昨晩俺たちが宿泊した「白鳥の翼亭」の宿泊費は、高級宿だけあって一泊二食付きで一人あたり金貨五枚とかなりの高額だった。

 普段の安宿なら二十泊できる宿泊費である。


 さすがに相当な金額だが、昨日の討伐による報酬はそれを支払ったうえでたっぷりとおつりが来るものだ。

 また、すでにクエスト達成条件も満たしている。

 ゆえに俺たちはこれ以上この件には深入りせずに、ここでクエスト終了を決めてアトラティアへと帰還しても良い立場ではあった。


 だが俺たちの報告を受けたイヴリアは、翌日また来てほしいと言った。

 一晩かけて検討し、対策を考えるとのことだった。


 なお報告の場に一緒にいた先輩冒険者たちは、ボロボロになりながらもどうにか一体のロックワームを撃退してきたらしい。

 一方で彼らは、三体撃破したという俺たちの報告に全員あんぐりと口を開け、これ以上は自分たちには無理だと翌日の来訪は断った。

 今頃は都市アトラティアへ向け帰還の途についている頃かもしれない。


 そういったわけで、今日の市長への訪問は俺たち四人だけ──そう思っていたのだが。


「よう、待ってたぜ」


 市長の館へと続く階段を上った先、館の門の前には、一組の男女がいた。


 一人は赤髪の体格の良い青年で、黒衣と漆黒の鎧に身を包み、背には大剣を負っており。

 もう一人は銀髪ロングヘアーの女性で、黒のローブを身にまとい、手には魔術師の杖を持っていた。


 その二人の──特に赤髪の青年の姿を見て、サツキたち三人がその身に緊張を走らせる。

 それは昨晩に宿の浴場で出会った、あの不愉快な青年だった。


「……なぜキミたちがここにいる」


 俺は赤髪の青年に問いかける。

 彼我の距離はおよそ十歩ほど。

 青年はその長身から、無造作に俺を見下してくる。


「なぜってそりゃあ、俺たちもクエストを受けてこの街まで来たからだろ。何だっけ、虫退治だとか何とか──なぁ、セシリア?」


「恐れながらグレン様、ロックワーム退治です」


「ああそれだ。まあ何でもいいさ」


 かたわらに控えた銀髪の女性から助言を受けつつ、グレンと呼ばれた青年はそう答えてくる。


 よく見ると、その青年と女性の首元にはそれぞれ銀の冒険者証が輝いていた。


「う、そ……Bランク……!?」


 シリルが驚きと怯えを含んだ声をあげる。

 俺たちが持っている青銅製の冒険者証がEランクを示すものであるなら、彼らが身につけている銀製の冒険者証はBランク冒険者の証だった。


 Bランクというのは極めて優秀な、超一流の冒険者のみが持つ格付けと言える。

 一人前と見なされる冒険者でもたいていはDランクか、有能な者たちでもCランクであることがほとんどだ。


 俺たちが拠点としている都市アトラティアの冒険者ギルドでは、Bランクに到達している冒険者は二人のみと聞いていたが──

 つまり、彼らがその二人ということなのだろう。

 まさかこのような場で会うとは思ってもいなかったが。


 一方で青年は、先のシリルのつぶやきを聞きとがめたようだ。


「Bランク? ──ああ、この冒険者証か。だが冒険者ランクなんてのは飾りだろ。だいたいお前ら自身、Eランクって柄でもねぇ。そっちの女──確か東方の国のサムライっつったか? あの風呂で見せた力、なかなか大したもんだったと思うぜ?」


「チッ……!」


 青年の言葉に、サツキが苛立たしげに舌打ちをする。

 褒められたというより、バカにされたと感じたのだろう。

 俺はその肩に手を置き、彼女をたしなめる。


「落ち着け、サツキ」


「……ああ、分かってる、分かってるよ……」


 しぼり出すようなサツキの声。

 彼女は衝動的に刀に手をかけそうになるのを、必死に抑えている様子だった。


 一方の青年は、そんなサツキをあざ笑うかのように、こんなことを言ってくる。


「ハハッ、そんなに睨むなよ女。なにも今すぐお前らを取って食おうってわけじゃねぇ。無理やりってのも悪くねぇが、犯罪者呼ばわりされんのもいろいろと面倒だ。それにな、俺たちゃこれから仲間同士なんだ。ほどほどに仲良くやろうぜ?」


「……仲間? どういう意味です? ミィはお前の仲間になるつもりなんてさらさらないです」


 ミィがそう聞き返すと、青年はくっくっと笑う。


「こりゃあ随分と嫌われちまったみたいだな。まぁいい、そのほうが面白い。──なぁに安心しろよ猫。仲間ってのは、同じ虫退治をする冒険者同士ってことだ。一緒のパーティで仲良しこよししようってわけじゃねぇ」


「……話はいまいち見えないですけど、それは確かに安心です。お前とパーティを組むとか、ミィはクソ喰らえです」


 ミィは吐き捨てるように言う。


 だがミィの言う通り、いまいちはっきりと話が見えない部分がある。

 彼らも俺たちと同様に、ロックワームを退治して回るということのように聞こえるが──


「まぁこんなところで立ち話してても何だ。お前らもさっさと依頼人から話聞いてこいよ。こっちの話はその後だ」


 そう言って青年は、市長の屋敷の門を示した。

 言われずともそのつもりだった俺たちは、彼ら二人を横目にしつつ、市長の館を訪問した。

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