第127話
三人の部屋に着くと、そこは俺の部屋よりもさらに大幅に広い立派な部屋だった。
本来は四人用の部屋なのか、ベッドは四台が置かれている。
テーブルや椅子も四人用のようで、ちょうど今そこに、宿の従業員が料理を配膳しているところだった。
料理はかたまり肉のステーキや、彩り豊かな野菜を使ったソテー、ポタージュのスープ、焼きたてのパンなどが次々と並べられていく。
シリルはお腹がペコペコだと言っていたが、俺もそれらの料理を見れば空腹を覚える。
やがて配膳を終えた宿の従業員は、一礼をして部屋を出ていった。
そうなれば、いよいよ食事の時間である。
だが、その前に──
「──サツキ」
俺がそう呼びかけると、向こうのベッドのうちの一つに腰かけこちらに背を向けていた少女が、びくりと震えた。
だがそれだけで、またそのまま動かなくなる。
着物姿の少女の背中は、なんだか真っ白に敗北した拳闘士のように見えた。
「サツキ~、ウィリアムが呼んでるですよ~」
ミィがそう声をかけるも、反応なし。
獣人の少女はとてとてと歩いてサツキの前に回って何かを語り掛けるが、それに対してもサツキはふるふると首を横に振るだけだった。
「……ダメです。相変わらず目が死んでるです」
どうやらサツキは重症らしい。
俺はミィと入れ替わりで、サツキのいるベッドへと向かう。
そして彼女の前に立つと──何やらとても小さな声で、少女が何かをつぶやくのが聞こえてきた。
耳を澄ませてみると──
「……ごめんなさいごめんなさいあたし生きててごめんなさいもう無理ごめんなさい死にますごめんなさい……」
呪文のようなそれは、謝罪の言葉というより、
顔をのぞき込んでみると、カタカタと震える少女の瞳は何も映していないかのように光を失っていた。
確かに目が死んでいる。
「サツキ、大丈夫か。別に気にしなくていい。俺はこうして元気だ」
そう声をかけてみるが、やはり反応がない。
肩をつかんで揺さぶってみても効果なし。
……参った。
このままでは料理が冷めてしまう。
一方では、その様子を見たシリルが大きくため息をつく。
「もう、サツキったらしょうがない子ね。──ねぇウィリアム、目覚めのキスでもしてあげたら?」
「……冗談だろう?」
「ふふっ、まあね。だいたい困ることをしたサツキがいい目に遭えるっていうのも面白くないし、そうすると……」
シリルが思案顔になる。
すると少しして、何かを思いついたというようにポンと手を打った。
「何か妙案を考えついたのか?」
「ええ、少し荒療治になるけれど。ちょっと手を貸してもらえるかしら、ウィリアム?」
「ああ。それは構わんが」
俺の返事に満足した様子のシリルが、俺のほう──サツキのベッドの脇へと移動してくる。
……何をする気だろうか。
「ウィリアム、両手の掌を広げてみて」
「ん……? こうか?」
俺は彼女に言われるままに、両手を開いて見せる。
「そう。そのままにしていてね」
そしてシリルは何を思ったか──
俺の背後をとってぴったりと密着すると、その白魚のような手で俺の両手首をつかんできた。
彼女が体重をかけてくれば、ローブ越しの豊満な胸が俺の背中に押し当てられる。
「シ、シリル……? 何をしている……?」
「いいから。両手はそのままよ」
「お、おう」
有無を言わせぬ様子に戸惑うしかないが、俺も男子の端くれとして、こんなことをされれば胸が高鳴らないはずもない。
そして、一方のシリルはというと、俺の手を動かし──
「えいっ♪」
──ぽふっ。
彼女はあろうことか、俺の両手をサツキの胸の上に乗せた。
「なっ……!?」
「……ふぇっ?」
無反応だったサツキが、それに少しだけ反応する。
それはいいのだが……。
「お、おい、シリル……!」
「んー、もう一押しかしら。じゃあ……」
シリルは俺の抗議など聞く素振りも見せない。
それどころか、さらに俺の手の上に自分の掌を重ねて、もにゅもにゅとその手を動かしはじめた。
すなわち──俺の手が、サツキの胸を揉むように。
「えっ……ふぇええええええっ!?」
サツキの瞳に光が戻った。
そしてバッと飛びのくように身を引くと、今にも泣き出しそうな顔で俺のほうを睨んでくる。
「な、何してんだよウィル!? ──じゃねぇ、シリルの仕業!? 何やってんだよ!」
「あら、おはようサツキ。目が覚めたかしら?」
「覚めたよ! そりゃ覚めるよ!」
「良かった。それじゃあ夕食にしましょう」
シリルは何事もなかったかのようにそう言うと、俺から離れて、食卓のほうへと移動し着席した。
俺とサツキは二人、呆然とするよりほかない。
「……何をやっているですかシリルは」
先に食卓に着いているミィがシリルにジト目を向けるが、シリルはすまし顔で答える。
「罪悪感のコントロールよ。罪と罰。罪の意識が強すぎる子には、罰を与えてあげたほうが気が楽になるのよ」
「あれが罰ですか……めちゃくちゃするですね」
「ふふふっ」
シリルは楽しそうに笑っていた。
愉快犯だな、あれは……。
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