第58話

 俺とアイリーンの二人は、執事に連れられ館内の廊下を進む。


 俺はこの間に嘘看破ディテクトライの呪文を使っておく。

 多少廊下で足を止めてぼそぼそと呪文を唱えようとも、認識阻害インセンサブルの効果のおかげで、前を歩く執事に気付かれることはない。


 ……ちなみに何故かアイリーンは気付くのだが、後ろを向いてくるので先に行っていろとジェスチャーで示す。

 しかし、何故あいつはこのタイミングで俺をそんなに意識しているんだ。少々俺を頼りすぎではなかろうか。


 さて、ともあれそうした下準備も終え、俺たちは応接室へと案内される。

 応接室の前には、腰に剣を提げた荒くれ風の男が一人立っていた。


 執事はその男へと役割を渡し、一礼して去ってゆく。

 男はアイリーンの姿を見てその美貌に驚きながらも、応接室の扉を開いて俺たちに中へ入るよう促した。


『アイリーン、どうだ?』


『え、どうだって、何が?』


『目の前の男の力量だ。見抜けないか? いざとなれば襲い掛かってくる可能性もある』


『ああ、全然雑魚だよ。騎士なんかとは比べるべくもない。その辺のごろつきに毛が生えた程度だよ』


 アイリーンのその返答に、ひとまず安心をする。

 その程度のレベルなら、アイリーンならば束で相手にできるだろう。


 そしてアイリーンとともに応接室に足を踏み入れた。


 応接室には中央に低いテーブルが横向きに置かれていて、その向こう側に革張りの座椅子が、手前側には三人掛け程度のソファーが配置されている。


 壁には何枚かの絵画が、部屋の隅には観葉植物があり、ほかにも部屋のあちこちに高価そうな調度品が置かれている。

 権威にこだわる貴族が好みそうな配置だと感じた。


 そして部屋には、三人の人間が待ち構えていた。


 うち二人は武器を携えた男で、それぞれ革張り座椅子の斜め後ろ左右に一人ずつ立っている。


 そしてもう一人は、煌びやかな貴族衣装を身にまとった太った中年男であった。

 彼は両腕を広げて、表向き歓迎するような仕草で俺たちのほうに歩み寄ってきた。


「おお! 騎士アイリーンと聞いたのでまさかとは思いましたが、やはりアイリーン姫様でございましたか! いやぁ、それにしてもご立派に、お美しくなられて──おっと失礼、立ち話も何ですな。ささ、どうぞお座りください」


 その太った貴族──ゴルダート伯爵は、そう言ってアイリーンにソファーへ座るよう勧めてきた。

 アイリーンはそれに従って三人掛けのソファーの中央へと座り、俺はソファーの手前側、アイリーンが座っている斜め後ろに立った。


 俺は念話テレパシーで、アイリーンに問いかける。


『ゴルダート伯爵とは面識があるのか?』


『えっとぉ……ごめん、正直覚えてない。多分子どもの頃にパーティで同席して挨拶したことがある、とかいう程度だと思うんだけど……』


『なるほどな。──ひとまず切り出し方は任せる。適当に攻めてくれ』


『オッケー。やってみる』


 アイリーンから返事が返ってくる。

 それから彼女は、ソファーに座った状態で少しだけ身を前に乗り出し、ゴルダート伯爵に向かって口上を切り出す。


「このたびは突然の来訪にて失礼を。伯爵にお伺いしたいことがあって参上いたしました」


 凛とした鈴のような声で、普段になくしっかりとした言葉を発するアイリーン。


 さすがに外向きの言葉遣いはできるということだ。

 まあ、いくら何でもこうした場で普段通りに話すということはないだろうが。


「ほう、姫様が私にお聞きしたいことがあると。はて、当方にはとんと心当たりがございませんが」


 ゴルダート伯爵は、頬のチョビ髭を弄りながら答える。


 そして「心当たりがない」という発言に、俺の脳内で嘘看破ディテクトライによる警報が明確に鳴った。

 先ほどの発言でも多少の反応はあったものの、これほど明確な反応ではなかった。


『アイリーン、伯爵が言った「心当たりがない」は明確に嘘だ。彼には確かな心当たりがある』


『えっと、それってつまりは真っ黒ってこと?』


『別件の可能性もゼロではないがな。ひとまず外堀から攻めたほうがいい。アリスについて聞いてくれ』


『りょ、了解』


 俺との打ち合わせを経由したアイリーンが、次にはこう切り出す。


「そうですか。ところでこちらの宮廷魔術師に、アリス・フラメリアという人物がいると伺っております。彼女についていくつかお聞きしたい」


 そのアイリーンの言葉に、ゴルダート伯爵のチョビ髭を弄っていた手がぴたりと止まった。


「……ああ、確かにそれはうちの宮廷魔術師でありますな。彼女が何か? いまちょうど外出中なので、話は戻ってからにいたしますかな?」


「いえ伯爵の口から聞かせていただければ大丈夫です」


 アイリーンのその言葉が少し早口になる。

 焦ったせいだろうが──


 俺が見たところ、伯爵たちがその違和感に気付いた様子はない。

 安堵しつつ、アイリーンに念話を送る。


『落ち着け、アイリーン』


『はうぅ。ヤバいよ~。僕もう緊張で死にそうだよぉ!』


『大丈夫だ。何なら剣で戦うときのことをイメージしろ』


『……っ!』


 俺のその助言は的確だったらしい。

 アイリーンの背中がわずかにまとっていたおどおどとした雰囲気が消え、スッと怜悧さを帯びたものへと変わった。

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