第45話
その後、食事会は相応の盛り上がりを見せた。
歓談をし、うまい酒と料理に舌鼓を打った俺たちがやがて身も心も満腹になった頃、その晩餐はお開きとなった。
そして俺たちは食堂を出て、城からお暇するため、廊下を歩いていた。
「いやー、食った食った! うまかったぁ」
「ですです。ミィもこんなにおいしいものをお腹いっぱいまで食べたのは、初めてかもしれないです」
「素材そのものは、普段食べているものとそう大差はないのよね。おそらくは細かい調理の仕方なんでしょうけど」
そう言ってほろ酔い気分で満足げに歩いているサツキ、ミィ、シリルの後ろを、俺とアイリーンの二人が後追いする形だ。
俺の隣を歩くアイリーンは、ひょこりと俺の顔を覗き込み、嬉しそうに言う。
「いやぁ、みんなに満足してもらえたようでよかったよ。誘った甲斐があったってものだね」
「ああ、俺も満ち足りたひとときだった。しかし久々に呼ばれて思ったが、城ではいつもあのような豪勢な食事をしているのか?」
「まさか! あんなのは人を歓迎するときだけで、いつもはもっと質素だよ。まあ料理人の腕はいいから、おいしいはおいしいけどね」
そう答えるアイリーンは、特に着替えたわけでもないからいまだにドレス姿である。
露出度高めのその姿は酒が入ってほんのり赤くなった肌が妙に艶めかしく、魅入られそうになった俺はつい視線を彼女から外してしまった。
「──んん? どしたのウィル、顔赤くなってるよ。お酒のせい? ──あ、さてはこの僕の美貌にメロメロだな?」
そう言ってアイリーンは、うふんとセクシーなポーズをとる。
酒を飲んで気が大きくなっているのだろうか。
そしてほろ酔いなのは、何も彼女ばかりではない。
俺の口も、軽くなっている。
「そうやって誘導尋問的に自爆をするなら約束を破棄して言わせてもらうが、確かにいまのキミの姿は異性として魅力的だ。少し自覚をしろ。キミは女性としても綺麗だぞ、アイリーン」
「ふふん、そうでしょそうでしょ……って、えぇぇえええええっ!?」
ただでさえ赤らんでいたアイリーンの頬が、さらに真っ赤に染まった。
驚いたダチョウのような面白い立ち姿をしている。
「……サツキ、あれはピンチですよ。サツキも猛アピールするです」
「ぐぬぬ……でもあの中に入り込んだら、あたしお邪魔虫にしかなんねーし……」
「意外とそういうの気にするのねあなた」
三人の冒険者仲間たちは、その俺たちの様子を見て何やら囁き合っているようだった。
俺は折角だから、彼女たちにも言葉を向ける。
「キミたちもだ。サツキもミィもシリルも、とても魅力的だ。いまの俺ほど素敵な女性に囲まれている男もそうはいまい。そういう意味では、俺はおそろしく幸せ者なのだろうな」
俺がそう言うと、冒険者仲間である三人の少女たちも固まった。
三人とも一様に頬を染め、目をまん丸くしている。
「……ヤバい、ヤバいぞ。いまのウィルはかなりヤバい」
「はいです。ヤバいです。あれは天然の女たらしです」
「本音で言ってそうなところがタチが悪いわね……」
少女たちからの評価はなかなか辛辣なものだった。
人を褒めることは重要だと認識しているのだが、のべつ幕なしやるのも考え物ということか。
──と、俺たちが城館の廊下で、そんなやり取りをしていたときのことだった。
「っと、悪ぃ」
よそ見をしながら歩いていたサツキが、廊下の角から現れた一人の男とぶつかった。
そしてその男の姿を見て、サツキがぽかんとした様子で立ち止まった。
その男は俺がよく見知った──そしてあまり会いたくはない人物だった。
「……親父」
「なんだ、ウィリアムか。何故お前がここにいる」
それは怜悧な目をした男だった。
俺と同じブラウンの髪に、同色の瞳。
背格好も俺と同じようなやや長身の中肉で、上質のローブを身に纏っている。
歳は今年で四十になるはずだ。
それはすなわち──俺がそのまま年齢を重ねたら、ああいった容姿になるだろうという姿をしていた。
そこでようやく、サツキが我を取り戻す。
「へっ……何? ウィルの親父さん? 道理で似てると……そういやここで宮廷魔術師やってるって話だったっけ」
「サツキ、挨拶しておいたほうがいいのではないですか?」
「お、おう、そうだな。──ちわっす! あたしウィルの冒険者仲間やらせてもらってるもんで、サツキっていいます。ウィルのお父さんっすよね。いやぁ、ウィルに似てんなぁ。さすが親子って感じ」
「…………」
俺の父親──ジェームズ・グレンフォードは、その長身からサツキとミィを見下すように一瞥すると、彼女ら二人を無視して俺のほうへと視線を向ける。
「ウィリアム、お前にはもはや期待はしていないが、一応忠告はしておく」
その男は、抑揚のない俺と似た声で、淡々と言葉を紡ぐ。
「付き合う人間は選べ。低俗な者と付き合っていると、己の質も落ちるぞ。日頃から格の高い人間と付き合いをしていれば、自らの意識も自ずと引き上げられる。その逆もまた然りだ──このような者たちと付き合っていると、引きずり下ろされるぞ」
そう言って父親は、俺の返事を待つこともなく俺たちの横を通り過ぎていこうとした。
途中アイリーンにだけは一礼をして、カツカツと靴を鳴らして廊下を歩いてゆく。
──だが俺は、それを看過できなかった。
「……待て」
「なんだ、まだ何か用があるのか──」
──ごっ。
俺は父親の顔を、自らの拳で殴りつけていた。
周りの少女たちは、唖然とした様子で事の成り行きを見つめていた。
そして一瞬よろけたジェームズは、しかし倒れることはなく、依然として冷たい目で俺を見てくる。
「……何の真似だ、ウィリアム」
「それはこちらのセリフだ。いまの言葉を取り消せ。あんたは自分がいま、何を言ったか分かっているのか」
「……ふん、なるほど。気に入らないことがあれば暴力を振るう。すでに手遅れのようだな」
「気に入らないことがあれば言葉の暴力をばら撒くような男に言われたくはない」
「口だけは達者になったようだが、中身はまるで幼児だな。──アイリーン様、息子ともどもお見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。私は陛下に呼ばれているので、これで失礼いたします」
そう言ってアイリーンにだけ頭を下げ、ジェームズはその場を立ち去っていった。
その場に少しの沈黙が流れる。
そして最初に沈黙を破ったのはサツキだった。
彼女は俺の父親を見送ってから、くしゃくしゃと自分の頭をかく。
「あー、なるほど。ありゃあ強烈だ、ウィルが毛嫌いするのも分かる気がするわ。──でもウィル、あたしたちのために怒ってくれてありがとな。ちょっとびっくりしたけど、あたし嬉しかった」
「ミィもです。そしてごめんなさいです。ミィが余計なことを言ったせいです」
サツキに続くようにミィがそう言って、猫耳を倒してしゅんとうなだれる。
だが、それは違う。
俺はその獣人の少女の元に行って、彼女を慰める意図でその頭をなでる。
「いや、ミィたちは何も悪くはない。あの男が非常識なだけだ。こちらこそすまない、不愉快な想いをさせて」
「そ、そんなことないです! ミィもウィリアムが怒ってくれて嬉しかったです」
ぴょこんと猫耳を立てて、そう主張してくるミィ。
ひとまず気持ちは晴れたようで良かった。
俺は父親が歩いていった先を見すえながら、複雑な想いを胸に抱いていた。
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