第24話

 精神破壊マインドブラストは対象の精神に直接ダメージを与える呪文である。

 俺が使える中では中位の呪文にあたり、いまの魔素の残量では二回の使用が限界。

 二発ではゴーストの消滅には至るかどうかはかなり怪しいところだ。


 ただ、この呪文は拷問にも使われることがあるもので、犠牲者曰く「脳と胸に直接手を突っ込まれて、その中身を同時にぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚」なのだそうだ。

 彼女に向けて一回使ってみせるだけでも、十分に牽制になるだろう。


 また、いまは二回しか使えなくとも、一晩寝て魔素を回復させれば、ゴーストである彼女を消滅させることは十分に可能になる。

 いずれにせよ、交渉のアドバンテージはこちらにあると言えた。


「うっ……じゃあ、私はどうしたらいいんですか。このまま……このまま無念も晴らせないまま、滅びるしかないってことですか!?」


 少女は目に涙をためて、そう訴えかけてくる。


 知ったことではない、と突っぱねてもよいのだが、俺は少々このゴーストの少女に同情をしていたし、何よりシリルが黙っていなさそうな気配を醸している。

 そのあたりで面倒なことになっても面白くない。


 感情的になるよりも、利を取るべきだろう。

 俺は少女に、お互いにとっての最良を諭すことにした。


「そうは言っていない。だが脅しで言うことを聞かせようとするなら、こちらも看過はできないと言っているまでだ」


「…………」


「交渉の原則はWin-Win──すなわちキミが得をして、俺たちも得をするという方法だ。そして俺たちは冒険者だ。キミが俺たちに何かを頼み事をするなら、十分かつ正当な対価を用意して、俺たちに依頼をするのが筋だ。そしてそれを受けるかどうかを決めるのは、俺たちの判断になる。自分の要求を満たすために、交渉相手の意志を蔑ろにするな」


「……つまり、お金ですか?」


「ほかに何か、それに代替する利益を提示できるなら、それでも構わないが」


「……いえ。それなら村の村長の家の裏庭の一角に、金貨が埋められている場所があります。やつらはきっとそれは見つけていないはず。埋められている金貨の量は、百枚はくだらなかったはずです」


 少女は迂闊だった。

 それを言ってしまっては、こちらが彼女の要求を無視して金貨を持ち逃げする可能性だってある。

 嘘を言っているとも思えないし、やはり交渉事が得意ではないのだろう。


 とは言え、それをわざわざ言い咎める必要もないだろう。

 実際に俺は持ち逃げなどということをするつもりはないし、正義の神に仕えているシリルがそれを許すとも思えない。


 俺たちにとっては、働きに見合った報酬が受け取れるならばそれで問題はない。

 埋められているという金貨が本当に百枚以上あるのであれば、予想される敵対勢力の強さに鑑みても、報酬額として十分以上だ。


 ただ冒険者ギルドのクエストという形式でないため冒険者ランクへの功績として反映されないのは難点だが、その点は看過するほかはないだろう。


「──ということなのだが、シリルとミィはどうだ?」


 仲間たちにそう聞くと、二人の少女はともに肯く。


「光と正義の女神アハトナの信徒としても、私個人としても、そんな連中をのさばらせておきたくはないわね。成敗するに異存はないわ」


「ウィリアムが実利も整えてくれたですし、ミィも文句はないです。ただ、ミィは──」


 ミィがちらりと、サツキの姿をした少女へと視線を向ける。


 ミィの言いたいことは分かる。

 いまの俺たちには、彼女に対する幾分かのわだかまりがある。


 よって、俺はもう一つ、サツキの姿をした少女に要求をすることにした。


「というわけで、キミの依頼は引き受けよう。ただし要求が一つある」


「……っ! は、はい!」


「キミはサツキの体を乗っ取り、自らの目的のために利用し使い潰そうとした。俺たちはサツキの仲間として、キミのその行為を無条件に見過ごすわけにはいかない」


「…………」


「俺がキミに要求するのは、謝罪だ。キミが心からの謝罪をするなら、俺たちも心からキミに協力をするだろう。強制はしないが、悪い話ではないと思う。どうだ?」


 俺がそう問うと、少女は芋虫状態のまま、瞳にいっぱいに涙をためた。

 そして──


「ごめんなさあああい! ひぐっ……うわああああん! ごめんなざあああい!」


 泣きじゃくるようにして、謝罪の言葉を口にしたのだった。




 その後俺たちは、その場で一晩休みをとった。


 そして翌朝に村に行って、村長の家の庭土を掘り起こしてそこに埋められた金貨を確認後、それを埋め直す。

 そうしてフィリアが提示した報酬の存在を確認してから、アンデッド退治のクエスト完了を報告するため都市アトラティアへと帰還したのだった。

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