第23話
眠らせてロープで拘束したサツキ──いまの状態をサツキと呼んでいいのかどうかは定かではないが、便宜上そのように呼ぶ──は、ひとまずそのままの状態で、村から少し離れた場所まで運ぶことにした。
村の家屋などを使って一休みしたいのは山々だったが、動かなくなったとはいえゾンビが大量に折り重なったこの地で休息をとるというのは、少々肝が冷える。
村にいるアンデッドも、おそらく退治しきったかとは思うのだが、確証はない。
戦力が大幅に削がれた現状で、これ以上この村に深入りするのは避けたいというのが、俺とシリル、ミィの三人の総意だった。
それにしても、ゴブリン退治のときといいどうにも運がないな。
ゴーストはモンスターランクで表すのに馴染まないモンスターではあるが、便宜上の格付けとしてはDランクになる。
本来、Eランクのクエストで滅多にお目にかかれる存在ではないはずなのだが。
もっとも、冒険者ギルドが行うクエストのランク付けは「見えている脅威」を判断基準として付けられる傾向にあるから、多少の想定外が発生するのは仕方のないことでもある。
「見えている脅威」がゾンビ百体程度の想定なら、ヒット&アウェイ戦術を前提にしてEランクという格付けがされるのは、決しておかしなことではない。
俺自身、今回は少しリスク管理を低く取りすぎたかもしれないと反省をしつつ──しかし、いま考えるべきことは、これからどうするかだ。
俺はシリルと二人がかかりで芋虫状態のサツキを運搬し、村から少し離れた場所にある、街道脇の草むらに寝かせる。
そして、俺たちはそこで焚き火をしつつ、休息がてらサツキが目覚めるのを待った。
「んっ……」
しばらくすると、サツキがゆっくりとそのまぶたを開く。
ロープでぐるぐる巻きの芋虫状態で、草むらに転がされた格好のままでの覚醒だ。
「えっ……私は、いったい……」
サツキは周囲をゆっくりと見渡し──やがて、たき火の前の俺と視線が合った。
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
「……っ!」
サツキは俺の問いかけに応えることなく、暴れだそうとした。
しかし芋虫状態で転がされているので、ろくに動けない。
「落ち着け。まずは話だ。お前はあの村にいたゴーストだな?」
「……そうです」
サツキは観念したのか、すぐにおとなしくなり、返事をしてきた。
口調が普段のサツキのそれとまるで違う。
俺はさらなる質問を、その少女にぶつけていく。
「お前はサツキの体に憑依して、何らかの自分の目的を果たそうとしている。そうだな?」
「……はい。この体の持ち主、サツキさんっていうんですか? 凄い力ですね。この力があれば、あいつらをぶっ殺せる。──お願い、見逃して。私はあいつらを殺さなきゃいけない」
サツキは目に憎しみを宿しながら、そう訴えかけてきた。
俺はその少女に向かって、淡々とこちらの考えを述べる。
「残念だが、それはできない」
「──どうしてよ! 私たちがこんな目に遭って! それでどうしてあいつらがのうのうと生きていていいのよ! ふざけるな! この世界には正義も神も存在しないの!?」
その少女の言葉に、近くの木に背を預け腕組みしながら様子を見ていたシリルが、ピクリと反応した。
「……随分な言い草をしてくれるわね。そもそもあなたが言っている『あいつら』って、何者なのかしら?」
シリルは光と正義の女神アハトナに仕えていると言っていたから、思うところがあるのだろう。
芋虫状態のサツキは、体と視線を動かして、シリルのほうを見る。
「……山賊です。それ以外に言いようがありません。粗暴で、暴力的で、最低のクズども。突然近くに棲みついて、そして私たちからすべてを奪った。村のみんなを殺して、女には乱暴をして、村の全部を略奪した。私だって、何度も何度も──あんな奴ら人間じゃない! モンスターと一緒よ! ぶっ殺して、八つ裂きにして、腸(はらわた)引きずり出して、何度も何度も串刺しにして殺してやる!」
少女の憎しみの言葉を聞くにつれ、シリルの目がスッと細められてゆく。
近くで話を聞いていたミィは、悲しそうに首を横に振っていた。
ゴーストというのは、現世への強い未練や、強い恨み、憎しみを持ったまま死んでいった者がなるものだと言われている。
それ以上の条件は、ゾンビの自然発生条件と同じくいまだはっきりとは解明されていないが、彼女はその条件に合致して、ゴーストになったのだろう。
ゴーストはその目的が成就されれば、魂が浄化されて消滅すると言われている。
そうなれば、いまは彼女に体の支配権を乗っ取られたサツキも、元の状態に戻ることができるだろう。
俺はそれを踏まえたうえで、目の前の少女にこちらの意見を伝える。
「キミが置かれている状況、それに願望は概ね理解したつもりだ。だが──それでも、キミの要求は呑めない」
俺のその返答に、少女は目を丸くして、次には悲鳴を上げるように抗議の声をぶつけてきた。
「なっ……なんでよ! あんたたちもあいつらの味方なの!? ふざけないで! どうして、どうして私たちだけがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
「違う。俺たちはその山賊とやらの味方でも、肩を持つわけでもない。俺たちにとって大事なのは、サツキ──つまり、キミがいま支配している、その体の持ち主だ」
「……っ!」
少女が息をのむ。
何かを言いたいが言い出せないといった様子だ。
ぱちぱちと火の爆ぜる音が響く中、俺はさらに、少女に語り掛ける。
「キミたちの村を山賊が襲い、村の人間を全滅させた──そう認識したが、その山賊という連中の人数はどの程度だった?」
「……分かりません。多分、二十人か三十人か、そのぐらいだと思いますけど……」
「まあ、そんなところだろうな。百人から成る村を襲撃し全滅させるのだから、最低限の技量と武装を前提にしても、少なくともその程度の人数はいるだろう。──キミはサツキの体の実力をもってすればそのすべてを殺せると評価しているようだが、冷静に見れば両者の戦力は五分五分といったところだろう。山賊の中に手練れがいれば、返り討ちに遭う可能性のほうが高い」
「くっ……!」
サツキの姿をした少女が、悔しそうに唇を噛みしめる。
そしてなお、憎しみに満ちた声で叫ぶ。
「──でも、それでも私は、刺し違えてでもあいつらを、一人でも多く地獄に送らないといけないの!」
「だからそれは俺たちが許容できない。サツキは俺たちの大事な仲間だ。キミの目的のために、勝手に命を奪われては困る」
「……じゃあ」
少女は据わった目で、俺のほうを見つめてきた。
「じゃあ、あなたたちが協力してください。このサツキっていう人が、どうなってもいいんですか」
脅しだった。
頭に血が上っていて、手段を選ぶつもりがないのだろう。
だが──
「キミは脅しのつもりかもしれないが、それは無効だし、俺たちの神経を逆なでするだけで逆効果だ。何故ならこちらには、キミを消滅させる力がある」
「えっ……?」
「
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