第14話

 俺たちは前準備を終えると、全員でゴブリンロードたちのいる広間へと強襲を仕掛けた。


 広間にはゴブリンロードとゴブリンメイジが一体ずつに加え、通常個体のゴブリンが三体いる。

 彼らは突然の襲撃者に慌て惑いながらも、それぞれが武器を手にして応戦の構えを見せていた。


 俺は例によって、眠りスリープの呪文を使って、ゴブリンロード以外の四体を眠らせた。


 ゴブリンメイジには抵抗される可能性も高いだろうと危惧もしていたが、結果は呆気ないものだ。

 眠りについてふらふらと倒れたところを、駆け寄ったミィによって早々に始末された。

 残るゴブリンたちも、例によってシリルとミィの手際によって次々と断末魔の声をあげ、あるいはその声をあげる間もなく絶命していった。


 そして残るは、サツキとゴブリンロードの一騎打ちである。


「よお、デカブツ。こっちも始めようぜ」


 抜き身の刀を悠然と肩に担いでいたサツキが、ゴブリンロードから数歩というところまで近付くと、その刀をまっすぐに、剣先が相手の目の高さほどにくるように中段に構えた。


 ──スッと、サツキが纏っていた気配が変わった気がした。


 黒髪ポニーテイル、空色の着物袴に身を包んだ少女は、見る者の心を奪うような美しい姿勢で刀を構えていた。

 彼女の周囲の空気が、凍り付いたように静けさを帯びる。


 後ろから見ていると、サツキのオーラが全身から立ち上り、それが肉眼で確認できるほどの輝きを帯びている。

 彼女の向こう側にいる大柄なゴブリンロードと比べると、体格面では少女らしい小柄さが目立つサツキだが、存在感ではまるで負けていない──どころか、格の違いすら見えるほどだ。


「グア……ウゥ……」


 ゴブリンロードは右手の大型の剣で攻撃を仕掛けようとしていたが、目の前の侍の少女相手に攻めあぐねているようだった。

 たびたび踏み込もうとしているようだったが、そのたびに二の足を踏み、前に進めないという様子である。


「……へぇ、デカブツのわりに、鈍いってわけじゃねぇみてぇだな」


 サツキが感心したような声をあげる。

 あれより先、ゴブリンロードが一歩を踏み込んでくれば、それでお終いだったとでも言うように。


「いいぜ。ならこっちも、それなりのやり方をする」


 サツキが構えを解いた。

 正面に向けていた刀を、無造作に横手へと振る。


「──グガアアアアアッ!」


 それを隙と見たのか、あるいはここで攻めないと永遠に攻められないと思ったのか。

 ゴブリンロードが、剣を振り上げサツキに向かって駆け寄り、その剣を振り下ろした。


 その巨体からは想像しづらいしなやかな動きで、並みの戦士ならばその一撃で吹き飛ばされるのではないかという剛の一撃。


 だが──

 ゴブリンロードが剣を振り下ろした先に、少女の姿はなかった。

 剣は土埃を上げ、地面に深々と食い込んでいる。


「遅せぇよ、三下」


 ゴブリンロードの横手に、少女は忽然と佇んでいた。


 後ろから見ていても、どう動いたのかがよく分からなかった。

 そのぐらい自然で、よどみのない動き。


「グアルァァァアアアッ!」


「おっと」


 真横に立つ少女に向けがむしゃらに腕を振るうゴブリンロードだが、それもサツキにとっては何でもなかった。

 とてつもない反射神経と速度で、ぴょんと軽く後ろに跳んで簡単に回避。


 そして、着地するや否や、前に向かって強く地面を蹴った。

 身を低く、野生の動物もかくやという俊敏さでゴブリンロードの懐に入り、刀による鋭い突きを放つ。


「──グギャアアアアッ!」


 肩口を深々と貫かれたゴブリンロードが悲鳴を上げる。

 サツキは速やかに刀を引き抜き、


「──終わりだ。まあまあ楽しかったぜ」


 血に濡れた刀を、裂帛れっぱくの気合とともに振り下ろした。


 ゴブリンロードの首が飛んだ。


 切り飛ばされた頭部は宙を舞い、どさりと地面に落ちる。

 首から上をなくした体のほうも、激しく血を噴き出しながら、やがてぐらりと倒れた。


 サツキはそれを最後まで見届けると、刀を一つ振って血を払い、腰の鞘へと収めた。


 それから、いつものカラリとした笑顔を俺に向けてくる。


「終わったぜ。どうよウィリアム、あたしの腕も、なかなか捨てたもんじゃないだろ」


 サツキのその言葉に、俺は首肯する。

 Eランクモンスターを相手にあれだけの余裕……現段階でDランク、いや、近接戦闘能力だけで見れば、すでにCランク級の実力はあるのではないか。

 経験を積めば、さらなる高みへと到達することも十分にありうるだろう。


「──ああ、驚いた。大したものだ」


「にひひっ、やった、ウィリアムに認めてもらった♪ でもウィリアム、あんたにゃ敵わねぇけどな」


 サツキは俺のもとまで歩いてくると、何かを要求するように、拳を作って差し出してきた。

 俺は自身も拳を作り、彼女の拳に、がつんとぶつけてやった。


 なるほど、こういうのもなかなか、悪くはないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る