第7話
さて、見張りのゴブリンたちを始末した俺たちは、早速洞窟の中へと足を踏み入れることにする。
盗賊のミィが入り口付近の地面に耳を当て、聞き耳をしていた。
ところで、冒険者稼業を甘く見ている者の中には、洞窟に潜むゴブリンの群れを叩くのにわざわざ洞窟に踏み入る必要はないと言い切る者もいる。
だが俺は、その考えに対しては懐疑的だ。
彼らの言によると、入り口で火を焚いて煙を送り込めばいいだとか、鉱山で起こるような粉塵爆発の現象を利用して一網打尽にできるということになる。
しかし、それらの作戦は実行性が低く、机上の空論の域を出ないというのが俺の考えだ。
それに敵にこちらの存在を知覚されていない状況下では、仮に煙を的確に送り込めたとしても、その行為自体がこちらの存在を敵に知らせるというリスクにもなりうる。
奇襲の利を捨てるほどの価値があるかどうかという判断が必要になってくる。
──と、それでふと思い至って、サツキに聞いてみる。
「サツキは、敵の不意を打って攻撃することは可能か? 正々堂々、真正面から名乗りを上げてでないと切りかかれないということは?」
俺がそう聞くと、サツキは苦笑し、頭を振った。
「さすがにそこは、あたしの中で折り合いをつけるよ。それが卑怯って言う侍もいるけどな。あたしはそれよりも、仲間の役に立てる侍になりたいから」
「ふむ……そうか」
それと無力化した対象を殺すこととの差が俺にはいまいち分からなかったが、言及はしないことにした。
それも含めて、彼女なりに葛藤をしている最中であるように見えたからだ。
「すぐ近くに足音は聞こえないです。結構深い洞窟なのかもです」
聞き耳を終えたミィが、結果を報告してくる。
それから彼女は、背負っていたバックパックから発火用のほくち箱とランタンを取り出し、手慣れた動作で火を起こして、その火をランタンへと移した。
俺もその間に、荷物からたいまつを取り出しておいて、ミィに火を移してもらうよう頼んだ。
すると獣人の少女は、不思議そうに首を傾げる。
「魔法で灯りとか作り出せるのではないのですか?」
「可能だが、魔法を使えばその分だけ体内の
「にゃ、にゃるほど」
ミィは納得したのか、俺のたいまつにも火をつけた。
なお、消費した魔素は、静養を取ることによってゆっくりとだが回復する。
特に快適な睡眠環境下における睡眠はその効率が最も良く、限界まで魔素を使い切った状態からでも、六時間から八時間程度の睡眠で全快する傾向にあることが知られている。
体内にため込んでおける魔素の限界量は個々人で違ってくるが、俺は学院時代の訓練の結果、常人と比べてかなり多くの魔素を貯蔵できる体を作っているし、静養時の魔素の回復度合いも常人よりは大幅に優れている。
だがそうは言っても、考えなしに浪費を重ねていれば、体内の魔素はいずれ尽きるもの。
魔素の節約と管理術は、すべての魔術師にとって重要な能力であると言える。
「でも、ウィリアム。ミィが灯りを用意したのに、どうしてさらにたいまつを用意するの?」
一方で、神官の少女シリルが、そんな率直な疑問を俺にぶつけてきた。
「洞窟の中は暗いから、灯りが必要なのは分かるわ。その上でたいまつを用意するのには、何か意味があるのかしら」
それは無駄だという指摘ではなく、学習意欲の表れとしての発言のようだった。
一見無駄と思えることにも何か意図があるのではないかと探るその姿勢は、賢者の取るべき姿勢として好ましい。
俺はこのシリルという神官の少女に、高い知性の片鱗を見て取っていた。
「ああ。これは俺が過去に読んだ、冒険者が記した書物からの受け売りになるのだが──冒険中にはどんなアクシデントに見舞われるかも分からない。対して暗闇内での灯りの喪失は、俺たち人間の冒険者にとっては致命傷となりうる。リスクの分散のために、灯りは複数持っておくべきだとのことだ。それに火のついたたいまつが一本あれば、蜘蛛の巣などのちょっとした障害を焼き払うのにも役に立つ」
「……なるほど。過去の冒険者の知恵にあやかっているわけね。──魔術師は頭でっかちなばかりで、経験則からの冒険者の知恵なんて小馬鹿にしているものかと思っていたけれど、あなたはそうでもないようね」
俺が彼女の人物を評価したのと同様に、向こうも俺の人物を見ていたようだ。
それにしても少しあけすけに物を言いすぎる印象はあるが、個人的にはこういう人物は嫌いではない。
「先のサツキの言い方を真似れば、そういう魔術師もいるだろうな。だが俺は、そういった愚者は真っ先に死ぬと考えている。無駄な早死には御免被りたいというのが本音だな」
俺がそう返すと、神官の少女はくすっと笑う。
「ウィリアム、あなた面白い人ね」
「ジョークを言ったつもりはないのだが」
「言ったつもりのジョークのセンスは壊滅的です」
ミィが横合いから茶々を入れてきた。
「そうなの?」
「そうです」
ひどい言われようだった。
そういった挑戦心をへし折るような発言は、できれば遠慮願いたいのだが。
「なあー、早く行こうぜ。日が暮れちまわぁ」
サツキがそう言う向こうの空では、実際に日が暮れかかっていた。
俺たちは雑談を終え、洞窟探索へと頭を切り替えることにした。
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