第4話

「お兄さん、ひょっとしてパーティメンバーをお探しですか?」


 どこかから、そんな声が聞こえてきた。

 少女らしき声であるように聞こえた。


 俺は周囲を見渡してみるが、それらしい影は見当たらな──


「下、下ですお兄さん」


「むっ……?」


 下を向いてみると、はたしてその人物は俺のすぐ隣にいた。

 背丈が低かったので気付かなかった。


「はじめましてお兄さん。ミィはミィと言います。先ほど冒険者登録窓口で手続きをしていたので、冒険者登録をされたばかりのFランク冒険者とお見受けしますがどうでしょう?」


 そう話しかけてくるのは、小柄な体躯の獣人族らしき少女だった。

 背丈は俺の胸ぐらい……いや、むしろそれよりも低いぐらいだ。

 頭には猫状の耳──ふさふさの毛でおおわれた三角形のもの──が二つ付いていて、それが可愛らしくぴょこぴょこと動いている。


 髪はやや外跳ねしたショートカットで、その色は少し赤みがかった栗色。

 ぱっちりとしたつぶらな瞳は赤色で、猫らしき縦長の瞳孔が宿っている。

 口元には八重歯らしきものが見え隠れしていて、その愛らしさを増しているように感じた。


 着ているものは、動きやすさと可愛らしさに特化した様子の短い袖のシャツとズボン、グローブとブーツなどだ。

 また腰のベルトには短剣が挿してある。

 盗賊シーフだろうか。


 俺は少しかがんで、その獣人族の少女の頭をよしよしとなでる。


「お嬢ちゃん、ここは冒険者ギルドだ。子どもが遊びに来る場所じゃないぞ」


「ち、違います! ミィは子どもじゃないです! れっきとした冒険者です!」


 尻から生えた尻尾をぴんと逆立てて、顔を真っ赤にして抗議してくる。

 なかなかに可愛らしい。


 ともあれ俺は立ち上がり、ネタばらしをしてやる。


「安心してくれ、いまのはジョークだ。良い冒険者は往々にして良質のジョークを言うものだと聞く。まだ拙いだろうが、何事も練習だ」


「うわぁ……このお兄さん、とんでもない朴念仁です……」


 獣人の少女はひどく引いた様子だった。

 ふむ、やはりジョークの練度に関しては、今後の課題のようだ。


「さてそれはともかく。キミは盗賊と見受けるが、合っているか?」


「はいです。お兄さんは魔術師メイジですよね?」


「……まあそんなところだ」


 先の冒険者登録手続きの際にも言葉を濁したが、再び同じことをする。


 魔術師というのは、わずかでも魔法が使える者ならば名乗れる称号である。

 この称号を名乗るために、学院の課程を修了する必要はない。

 例えば、村の魔法使いに基礎だけを教えてもらい初級の魔法を使えるようになれば、その時点で魔術師を名乗ることができる。


 一方、魔術学院の課程を修了した者には、導師ウィザードの称号が与えられる。

 学院は入学するのは必要な金さえ払えれば可能だが、その課程を修了して導師の称号を得るにはそれなりの努力が必要になる。

 一般に導師の称号を得ることができるのは、学院の入学者数に対して二割から三割ほどと言われている。


 したがって俺の場合は導師を名乗っても良いのだが、魔術師でも間違いではない。

 わざわざ訂正して、自意識過剰じみた有能アピールをする必要もないだろうと考えるところだ。


 ともあれ獣人の少女は俺の返答を聞いて、にぱっという様子で明るい笑顔を向けてくる。


「だったらちょうどいいです。ミィたちのパーティには、ミィのほかに戦士ファイター神官ホーリーオーダーがいるです。全員Fランクです。ちょうどもう一人、Fランクの冒険者を探していたところなのです。お兄さん、ミィたちのパーティに加入しませんか?」


「ふむ……」


 このミィという獣人の少女の誘いは、俺にとっては悪くない話──どころか理想的と評するのが適切な話だった。

 同じFランクの冒険者であり、なおかつ役割(クラス)の面でもバランスがいい。


 一般に冒険者は、自分よりもランクが低い相手とはあまりパーティを組みたがらないと言われている。

 わざわざ足手まといやお荷物を抱えたいと思う冒険者は滅多にいないだろうから、当然と言えば当然だ。


 また俺は仮に上位のランクの冒険者から誘いがあったとしても、ほかに選択肢がないのでなければ断りたいと考えていた。

 上下関係が発生することや、報酬の分配、その他諸々でいろいろと面倒なことになりそうだからだ。


 そんなわけでこの獣人の少女の誘いは、いまの俺にとってうってつけのものであると言えた。

 断る理由もない、のだが。


「分かった、前向きに検討したい。もう二人の仲間に会わせてもらえないか?」


 肩書きだけで物事を考えるのは危険だ。

 えり好みできる立場でもないとは思うが、決断するのは会って話をしてみてからでも遅くはないだろう。


「はいです。ミィの仲間たちはあっちの酒場にいるので、ついてきてほしいです」


 獣人の少女ミィは踊り子のようにくるりと回ると、パタパタと駆けてゆく。

 俺は彼女の先導に従って、その後をついていった。

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