Final Round

 あとは、いつも通りだった。

 いつもと同じように挨拶もなく。

 いつもと同じように言葉もなく。


 二人は、ただ戦った。

 

 一年のブランクなど物ともせず。

 身内読みと身内読みの応酬。

 お互いに相手の数手先を当たり前に読んで攻防する接戦。

 時間が加速する。

 六十分の一秒すら長すぎる。

 相手が次に何をしてくるかわかる。

 自分が次に何をするべきかわかる。

 だが、その全てが次の瞬間に裏切られる。

 その連続。

 その連鎖。

  

 たかが電気信号の見せる選択肢を押し付け合うだけの単純な闘争行為。

 割と大味な昔のゲーム特有の理不尽も山ほどある。

 だが、それすらお互いに手札の内と読み合って、殴り合い、ぶつけ合い、叩き付け合う。

 目前の視覚情報以外の全てが邪魔になる。

 リソースなど他に割いていられない。

 一瞬でも見落とせば命とり。

 一瞬でも読み違えば付け込まれる。

 

 戦闘時間はどんなに長引いても五分に満たない。

 

 たったそれだけで決着がつく。

 たったそれだけで優劣がつく。

 

 たった五分。

 一年待って、たったの五分。

 

 高校生活三年間、この五分の為に捧げてきた。

 

 仁はこの好敵手と出会って、それだけをずっと考えてきた。

 何の意味もないことかもしれない。

 下らないコンコルド効果に下らない報酬を無理に見つけようとしているだけかもしれない。


 それでも、それがどうした。

 知った事か。

  

 俺は、後悔などしない。

 

 仁と、『you3829』のキャラクターが交錯する。

 普通の対戦では見れないような不可解な挙動。

 不合理的な動き。

 身内読みと身内読みが噛み合い過ぎて起きる奇妙な盤面。

 相手を打倒す。

 それ以外の意図は何も存在しない、純粋な闘争。

 

 そう、これだ。

 このために俺達は。

 このためだけに俺達は。

 

 ……ずっと、これを続けてきたんだ。 

  


******


 

 永遠とも思えた五分は、過ぎてみればタダの五分でしかなかった。

 張り付いた笑みを押し殺しもせず、一人だけの部屋で。

 仁は、拳を握って勝鬨をあげた。

 

 これで、一勝一敗。

 勝ち逃げのツケは払わせた。

 

 それでも、仁は笑ったまま、コントローラーから手を離す。

 何となく、次は読めていた。

 本当に、何となくでしかないが。

 それでも、それは殆ど確信に近かった。

 

 次に『you3829』がとる行動。

 それは、まるで対戦中に相手がする行動が手に取るように分かるのと同じように。

 仁には、読み切れていた。

 

 再戦は、ない。

 これで、終わり。


 気晴らしは終わった。

 現実から目を逸らす時間は終わった。

 それなら、また現実と向き合うべきだ。

 

 互いの二年間。

 実際に過ごしたのは一年と一日だけ。

 

 それでも、分かっていた。

 コイツはそうすると。『you3829』はそうすると。

 

 理由までは分からない。

 意図までは分からない。

 知る術は何処にもない。

 

 互いの正体は予測できても、それ以上にまで手は伸びない。

 伸ばす術がない。

 いや、伸ばすべきではない。

 

 仮に、次があるとするならば。

 



 まぁ、また、気晴らし程度なら、付き合ってやるよ。




 俺はずっと、日課を続けるだろうから。

 言葉の必要ない、この気晴らしの場で。

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