……3……2……1
放課後。
自分の席に腰掛けたまま、ボサッとしていた
几帳面な真四角が並んだ窓からは、真っ赤な夕日が差し込んでいて、等間隔に並べられた机を強かに照らしていた。既に蛍光灯が消された教室は薄暗く、そのせいか、机の脚から伸びる影は只々色濃く、その輪郭をフローリングに張り付けている。
あれから三ヶ月。また幻聴が聞こえるようになった。
正確には単純なフラッシュバックなのだろうが、まぁ、仁にとってはどうでも良かった。
日課はまた以前のトレーニングモードのみに戻り、仁の日課は好敵手との対戦から、以前と同じ想定と検証の繰り返しに戻っていた。同一の対戦相手とはいえ、たっぷり一年分の最新の対戦データが一気に増えた事で、退屈はしていなかった。
毎日毎日、リプレイを見返しては研究し、想定し、実際にダミーを動かしながら検証をする。これの繰り返し。時間は幾らあっても足りない。
相手がいるならいるなりに楽しみ、いなければいないなりに楽しむだけ。
その方針通り、また一人でやっているだけ。
別に何でもない。
何を気にすることもない。
そもそも、期間限定とわかりきっていたのだ。それが少しばかり早くなっただけのことだろう。
だいたい、所詮はネット越しに対戦をしているだけの仲でしかないのだ。顔も名前もお互い知らないどころか、会話さえゼロ。知人と言っていいかどうかすら怪しい。
今日日、ネットの付き合いがリアルに波及することは何も珍しい事ではないが、それだってここまで他人行儀な関係でそこまで行き着くことは、そうそうないだろう。
つまりは、仁と『you3829』の関係もその程度のものであり、この程度でああだこうだと考える必要は微塵もないのだ。
だいたい、気にしても仕方ない。
互いにフレンド登録すらしていなかったので、連絡手段は完全に断たれている。
元から連絡なんてするつもりはなかったし、連絡したところで相手に伝えるべき言葉なんて何も仁は持たないのだから、やっぱり何も変わりなんてない。
そう、何も。
何も、変わりなんて。
――――何も、かわりなど。
******
気付けば、仁は走り出していた。
息を切らして、ただただ走っていた。
運動なんて何年も体育以外でまともにやってない。
持久走だってケツから数えたほうが早い。
ランナーズハイにゲームプレイを例えたりしたことはあったけど、本当のランナーズハイなんて経験したこともないし、したいとも思わない。
そんな仁が、今は走っていた。
顔を汗まみれにして、荒い吐息を吐きながら、不格好に、それでも必死に。
仁は、走っていた。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
そんな気持ちで一杯だった。
それは自分への怨嗟であり、同時に『you3829』への怨嗟でもあった。
こんなになるまでスカして何もしなかった自分が憎かった。
突然現れていきなり消えた『you3829』が憎かった。
友達なんて仁にはいない。昔はいたけど今はいない。
学校ではいつだって独りぼっち。家族とすらもうまともに喋れやしない。
会話がないんだ、出来ないんだ、仕方ないだろ。
もうやり方わかんないんだから。
それでも良いなんて口では言ってた、自分でも自分に言い聞かせてた。
だけど、全部嘘っぱちだ。全部全部嘘っぱちだ。
独りで大丈夫な奴が、未練がましくオンライン対戦を繋ぎっぱなしになんかするもんか。
一年も一緒だったろ、毎日殴り合ったろ。
お前だって楽しくてそうしてたんだろ、『you3829』!
じゃあなんでいなくなったんだよ、どうしていきなり消えたんだよ!
何でお互い一言も何も言えやしないんだよ!!
八つ当たりだった、全部全部みっともない八つ当たりだった。
それでも、想わずに居られなかった。自分にも『you3829』にも叩きつけてやらなきゃ気が済まなかった。
どっちだって他者を欲して繋いだんだろ。
誰か何かの間違いで現れないかと期待して。
誰か何かの間違いで待ってないかと期待して。
きっとそうに決まってんだろ。
とっくに終わった廃墟みたいなネットの片隅で、どっちもお互いを待ってたんじゃねえのかよ。一言、「こんにちは」からどうして始められないんだよ。
自分もアイツもどっちにも腹が立って、仁はしょうがなかった。
だから、仁は走った。
あの頃は毎日走ってた商店街。転倒注意の看板ばっかり立ってるくせに、人っ子一人もう立ってないアーケード街。
汗でずり落ちる眼鏡を直しながら、だらだらと額から流れる汗を拭いながら。
まだ「仁ちゃん」と言われてたあの頃みたいに、ただただ必死に。
昔良く通った安い定食屋の角を曲がって。
親父がおっかなかった靴屋の前を走って。
店員のお姉さんがやけにかわいかった花屋の隣を横切って。
必死に、必死に、走って。
あの頃と同じように走って。
辿り着いた先。
玩具のクロサワ。
仁がはじまった場所。
仁がおわった場所。
かつて、世界の全てがあった其処に駆け込んで。
仁は思わず、笑った。
笑わずには、いられなかった。
玩具のクロサワ。
そこにあったのは。
ただの、空き家だった。
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