悪役令嬢は前々世で自分を冷遇した王太子が初恋を拗らせていただけと知って仕返ししたい。

榊どら

第1話 決意

「サラちゃんは、大きくなったらウサギさんになる」 

「まだそんなことを言っているのか。人間はウサギにはなれん」

「そうなの?」

「大体、お前はオレの妃になると決まっている」

「えー」

「文句を言うな」

「……」

「毎日、菓子を食べさせてやる」

「本当?」

「ああ。だからお前はオレの妃なるんだ」

「わかった!」


 なんで納得したのか。馬鹿可愛いが、食い意地加減にはげんなりする。そして、わたしはまたしても、マール・グラン王太子の婚約者になってしまったのだから、運命というのは恐ろしい。いや、運命というか同じ行動をとったから同じ方向へ進んだのだけど。

 実のところ、わたしはこの人生は二度目である。この、というのはサラ・ヒュー公爵令嬢としての人生だ。間に一回日本人を挟んでいる。つまり、わたしには三度の人生の記憶がある。

 サラ・ヒューだったわたしは死んだ後、異世界転生をして現代日本人として生きた。更にそこで死亡後、再び異世界転生をした上、かつての自分を逆行して生き直しているわけだ。わたしの予想では、今回死んだら日本人だった自分に戻るのではないかと思う。いつか輪廻転生の謎を解けるかもしれない。尤も、毎回うまい具合に記憶が蘇るわけではないのだけれど。わたしが生前の記憶を思い出したのは今回が初めてだ。前世、前前世とがいっぺんにわっと甦った。玩具箱をひっくり返したように懐かしく遠い戻れない時間。最初に脳裏を巡ったのは直近の日本人の思い出だ。

 わたしは百合子だった。

 百合子の人生は平凡だけど幸せ、の一言に尽きる。あの頃は、もっと目眩くラブロマンスがしたいとか、頭がよくなりたいとか、転職したいとか、宝くじに当たりたいだとか、愚痴ばかり言っていたけれど、喉元過ぎればなんとやら、振り返れば緩やかに温かく幸せだった。三十後半でお見合いをして、結婚して、すぐに交通事故で死んだ。旦那を四十路で独り寡にしてしまったことだけが嘆かれる。もし、今回の人生を終えて百合子に戻るなら、積極的に彼を捜してより多くの時間を共にラブラブと過ごしたい。わたしは、百合子であったことに何ら不平不満はない。問題なのはサラ・ヒューの方だ。なぜなら、婚約者であるマール王太子は、ほぼほぼサイコパスで、これからわたしは冷遇され苛め抜かれてあらゆる尊厳を踏みにじられるのだ。

 胸糞悪い。

 サラ・ヒューの人生はこの一言に尽きる。

 初回にサラ・ヒューをしていた時は、全部を自分が馬鹿なせいだと思っていた。確かにマールは、わたしを冷遇する以外は瑕疵がなかった。優秀有能、臣下からの信頼は厚く、周囲の評判も良かった。そんな完璧な男が宰相の娘という権力を盾にした婚儀を結ばされ、


「女運だけがない」


 と言う態度で溜息を吐くのだから、誰もが彼を非業の王子と同情を寄せた。そしてわたしにはそれに歯向かう度胸がなかった。父親に泣きついたこともあったけれど、


「お前はもっと殿下のお心に寄り添うように努めなさい」


 と返されて言葉を呑んだ。何処にも何も逃げ場がなくて、王妃教育を頑張ってみたけれど、要領の悪い覚えの悪いわたしは苦労した。努力して、努力して、努力して、なんとか及第点を得た。でも、王太子の再従姉妹だという少女エリィが現れ絶望に突き落とされた。エリィは婚約者でもないのに勝手に王妃教育を受けて、わたしとの差をまざまざと見せつけた。


「エリィ嬢が婚約者ならば苦労はないが」


 マールは笑った。わたしは泣きたかった。悔しいというより、悲しかった。なんでだろう。どうしてだろう。マール様はどうしたらわたしを好きになってくれるのだろう。わたしはどんどん塞ぎこんで、陰鬱になって、下ばかり向いて生きていた。結局、政略結婚は成立したけれど、全く幸せではなかった。初夜もなかったし、王太子と同衾したこともなかった。子供が産めないと理由づけて側妃を迎える予定だと噂で聞いた。でもそうなる前にわたしは結婚後一月で馬車の事故で死んだ。死んでよかった。ただそう思う。イライラが止まらない。なぜ、わたしはあそこまで冷遇されねばならなかったのか。憤りの感情しかない。だから、今回のサラ・ヒューは全く別の進路を進もうと思う。残念ながら記憶が戻った現在、八歳のわたしは前前世通りの道を歩いてしまっている。でも別に構わない。いや、むしろよかった。わたしを蔑ろにしたマールも、助けてくれなかった父親も、わたしを馬鹿にした連中にも復讐してやる。高慢に冷然と我儘三昧振る舞って、悪役令嬢になって、皆を困らせてやろう。それで婚約破棄されても構わない。わたしにデメリットはない。だってわたしは爵位を追われても町娘としても、農民としても、働いてやる気概はある。

 よし、決めた。

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