深夜金魚

白井 くらげ

第1話

水音が響くほどしんとした沈黙と静寂に居て紅いヒレが揺蕩う

ガラスを熱したような赤く透けるそれはレースが揺れる時に似た刹那的な美しさを呈していた

ドボン、と体が落ちた闇の中に泡が舞い身体の輪郭をなぞる

水は冷たく体温も波の感触も全てが黒く塗りつぶされた

昼間には青く輝く水面も夜にはヌラヌラした怪物がヘドロのように満たされている


永遠に堕ちていくと確信めいた予感がした


「わたしのモノを返せ」


高い高い空の中にいた

そこには巨大な金魚がいた長いヒレを視界に入らないほど空にのばし正面を見据えた

その眼は紅く燃えている


「なにを?」


少女は黄色いパーカーにグレーのジャージを着ていた

彼女の目に怯えは浮かんでいないただ疑問を口にした






火花が散る様子に見惚れていた赤い落雷が周囲の暗闇を一瞬だけ照らして何度も瞬く

バイクが五月蠅く鳴いていて周囲にいる人間が発する声が聞こえない

バイクに乗る若者はバットや花火を振り回している

すれ違う度火花がちり、火薬から煙が上がる間にいた小柄なジャージ姿の人間がパサりとフードを取る

黒髪を頬で切りそろえ目は見えない

小さな頭にバットが振り下ろされた

ガンと響く金切り音が空虚に響く

黒い髪が揺らぎ傾ぐ、その上を嘲笑が通り過ぎゆっくりと身体が倒れた

体が地面に触れ黒いミミズが頬を伝う

それは頭から流された血だと火花に照らされて彼らは気づいた

さらに盛り上がりバイクから降りその体を蹴飛ばそうとし、近づいた

その足を白い手が掴んだ

「黙れ、サルが」黒い地面と白い手が光る

2本の細い閃光が目を開けていられないほどに照らした

「アッツ」

小柄な影は声から女の子と分かり手から太い電線を取り出していた地面にもそれに似たワイヤーが張り巡らせている

バチバチと電線から音がし、足を掴まれた男が痙攣しながら身体から煙をあげていた

途端にバイクの集団がそれを乗り捨て彼女から逃げようとする

「おいおい、ノリ悪いな」そう言いながら彼女が獰猛に笑い追いかけようとしたがその肩を掴まれた

「ハイハイ、ストーップ」

振り向いた彼女は舌打ちしたそこには咥え煙草に痛みぬいた金髪をかきあげ、スーツ姿でスポーツシューズをはいた男がいた

「クソジジイ良いとこ邪魔してんじゃねぇ」

「もー怖いんだからぁ」

微塵もそうは思っていない様子で男が続ける

「あのね、派手に遊びすぎなんよ。ケーサツ来ちゃうから」

「知るか」腕で顔の血をぐいと拭う

「へいへい」

煙草を持ち長く白い煙を吐き男が乗り捨てたバイクを起こし跨る

その後ろを叩き女の子を見る、諦めたようにその背に座り腕を男の腹へ回しグッと力を込めた

「グェ…やめてよ」

「早く出せ」タンクを蹴る

手首を捻りエンジンを吹かしながら男がギアを蹴り煙草を放り投げた




「で?盗品のバイクこれで合ってんの」

「間違えないよ、俺はね。このまま依頼主まで届ける」

「なんでそんなクソダセェ格好なんだよ?スーツにスポーツシューズは無いわ」

「人のシュミ馬鹿にしちゃだめよ。いや急いでたよねぇ誰かさんが先に行くし」

しくしくと声で擬音語を言う男

「オッサンが可愛こぶるな、気色悪い」

「いいじゃん、俺可愛いじゃん?」

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深夜金魚 白井 くらげ @shikome

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