第9話 応酬 1/3

 月明かりに照らされた殺風景な一室。

 そこで秋人は柱に背を預け、うなだれるようにしてしゃがみこんでいた。


 ダイス基地を脱出してから数時間。


 撃たれたレナを抱えて春樹たちの元に逃げこんだ秋人はずっとレナの側についていた。

 全身はギシギシと痛んだが、どうということはなかった。


 辛抱強く目を閉じてレナの安否を案じていると、バサッと物音がする。

 顔を上げると、カーテンの向こうから三十代くらいの男が出てきて思わず駆け寄った。


「レナはッ……!」

「まぁ、とりあえず一命は取り留めた」


 医者の言葉に秋人はホッと胸をなでおろしたが医者は続けて言った。


「だが、あくまで弾丸を取り出して止血しただけの一時的な応急処置だ。

 それにかなり出血してるし、あとは本人次第と言ったところだな。

 できるならすぐにでも病院に運び込みたいところだが……」

「そう、ですか……ありがとうございます」


 そういって苦虫を噛み潰したような表情を見せる医者。


 告げられた言葉に内心落胆しながらも頭を下げてカーテンの中へと入る。


 ベッドでは乾いた血のついたブラウスとスカート姿のレナが静かに横たわっていた。


「レナ…………」


 秋人は安心と不安の入り混じった声でレナの手を握る。


 もちろん彼女からの反応はない。

 月明かりに照らされる表情だけを見れば眠っているようにすら見える。


 だが血に染まったブラウスの下には、ガーゼとテープだけのいかにもな応急処置がなされていた。


 彼女がこんな目にあう必要はないはずだ。


 自分がネクストとして生き返ったりしなければこんなことになることはなかったかもしれない。


「兄さん」


 自責の念が沸き起こる中、背後から呼ばれて首を向ける。

 いつの間にか春樹がおり、横に並んでレナの顔を見た。


「ドクターから聞いたよ。レナ、あまり良くないんだって」

「あぁ、あとは本人次第らしい」


 本当ならすぐにでも病院へ連れて行って適切な治療を施してやりたい。

 だが、レナまで裏切り者としても認識された現状では、迂闊に外を出歩くことさえもできないのだ。


「こうしてレナの顔を見るのは久しぶりだ。昔はもっと子供っぽい感じだったのに」


 脈絡もない春樹の言葉に一瞬戸惑う。

 だが無駄に明るく振る舞おうとする声の調子で暗い話題から話を逸らそうとしていることに気づき、笑みが溢れる。


 変なところで気が効くというか、なんでもまんべんなくできてしまう春樹の万能さがなせる配慮だった。


「そうだな。俺も昔はレナを妹みたいに見てたけど、今じゃ家事に炊事に洗濯、なんでもこなすからな」

「子どもの頃は一緒に兄さんの後をついて回ってたなぁ」

「俺はお前らに振り回されてたイメージしかないよ。お前らが迷子になった時は特にそうだった」

「兄さん、僕たちを探してる最中に川に落ちて骨折したんだっけ」

「迷子になったお前らより俺が怒られて子どもながらに理不尽だと思ったな」

「でもケンカはあまりしなかったなぁ。最後にしたのは高校生の頃だっけ」

「あぁ、あれか。なんでケンカしたんだったかな」

「さぁ、覚えてない。けど、レナに二人とも怒られたことは覚えてる」

「確かにあの時は怖かったな」

「でも優しかった。ダイスの訓練生の頃は僕たちと別のカリキュラムなのにわざわざ差し入れのサンドイッチ作ってたりしてたよね」

「お前は食い意地はって両手に持って食べてたけどな」


 脳裏に三人で過ごしたあの頃も記憶が駆けめぐる。


 かつてはみんな一緒でそれがずっと続くと思っていた。


 だが今、春樹は人を逸脱した存在となり自分も片足を突っ込んでいる。

 そしてレナはケガで生死の境をさまよっている最中だ。


 もうあの頃とは随分と変わってしまった。


 まだ平穏だったころを思い出すように首にかけられた指輪に目を落としてレナの手を握り直す。


 その時、春樹がポツリと呟いた。


「兄さん、レナを助ける方法はあるよ。

 彼女をネクスト化すればいい。

 僕の人間をネクスト化する能力を使えば、レナをネクストにすることができる。そうすれば傷も治るはずだ」


 ネクストは傷を受けてもすぐに再生してしまう。

 彼らを殺す最適の手段は心臓か脳を破壊することだけだ。


 もちろん秋人はそれを知っていたが首を横に振った。


「それはできない」

「どうして?」

「お前たちが人間になにをしたか知っているからだ」


 突き放すように冷ややかに呟く秋人の言わんとしていることを理解し、春樹は黙り込む。


 居心地の悪くなった空気の中で、思い出したように気になっていたことを問いかけた。


「お前は、どうしてネクストになったんだ」

「あの日。兄さんたちがネクストと戦闘して手傷を負わせたものの取り逃がした。

 そして僕たち研究班が調査と後始末を兼ねて呼ばれた。

 そこまでは覚えてる?」


 秋人はもちろんとばかりに頷く。

 その直後、春樹は行方をくらましてネクストに関連する事件だという結論に至るも詳細不明のまま捜査は打ち切られてしまった。


「当時、僕は現場を調査して少し遠くのほうまで行ったんだ。そこで兄さんたちが戦ったネクストに遭遇し襲われた」


 話しながら春樹は上着の首元を広げ、肩口を見せる。

 そこには大きく痛々しい傷が刻まれていた。


「けどそのネクストは死んだ。僕は助けを求めようとしたが、近くに仲間はいなかった。その時だよ。ネクストをネクストたらしめる存在に出会ったのは」


 無言で聞いていた秋人の脳裏に地面を這いつくばりながら助けを求める姿が想起される。


 自らの生の瀬戸際を淡々と春樹は語り、その存在との邂逅について語り始めた。


「彼らはオルタと名乗り、これから人間たちが辿るであろう末路を教えてくれた。

 そこにあるのはただ破滅だった。

 これまでのネクストの行いがその運命を変えるためのものだと理屈じゃなく直感で納得したよ。

 だから僕はネクストになった。いずれ破滅するしかない人類の未来を変えるために」

「その大義のために施設を襲って人を殺すのか、矛盾してるだろッ」


 声を荒げた秋人の脳裏にはあの発電所で見た灰となった作業員たちの姿が浮かぶ。


 彼らには子供や妻がおり、愛や幸せがあった。

 なのに自分の弟がそれを奪ったことが許せなかった。


 しかし、春樹は秋人の言葉を首を横に振って否定する。


「いや、大義を抱くからこそ犠牲は必要だ。いずれネクストとなる人類のために」

「俺を助けたのもネクストだったからか。どうなんだ、答えろッ!」


 その言葉を怒りを覚え、歯茎に力を込めて噛み付く。

 だが春樹は曇りのない表情でキッパリと答えた。


「…………違う。助けたのは兄さんが僕の兄だからだッ。

 確かに僕は人間じゃない。

 でも人としての心はある。だから助けたんだ。

 だって兄さんは、僕の家族なんだから……」


 なにも言えなかった。

 なんと言えばいいのかもわからなかった。


 ただよろけるように彼から数歩離れる。


 同時にバタバタとせわしない足音が聞こえてきて、血相を変えた男が駆け込んできた。


「門が破壊されましたダイスの襲撃です!」


 真司たちだ。

 秋人は瞬間的に悟る。


「わかった。戦える者たち以外はすぐに避難させろ。それ以外は敵の対処にあたれ」


 春樹は男に指示を出して歩き出すが、途中で足を止めてこちらを見た。


「僕は行くよ兄さん。あとは好きにしてくれ。だけど、今すぐレナの回復を望むなら彼女をネクストにするべきだ」


 そう言い残して春樹は秋人の元を去っていった。

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