第7話 取引 2/3
夜。
日も完全に沈み、ネオンやLEDの明かりが眩しく人々を照らし出す頃。
秋人はビルとビルの間を跳躍していた。
少し下を向けば眼下に人間の営みが広がっていたが、それらを見ないようにしてビルを間を縫うように進み続ける。
そして高いビルの上で立ち止まると眼下に目を向けた。
視線の先にあるのは窓の少ない無機質な長方形の建物で、周囲のビルよりは背が低いものの、異様な存在感を放っている。
「まさかこんな形でここに戻ってくるとはな……」
表向きは製薬会社の建物ということになっているダイスの基地をなんとも言えない表情で見つめて呟く。
いまや秋人はネクストだ。
昨日まで自らの職場であった場所は、今では一番近寄りたくない場所だ。
だが目的を果たすためには避けては通れない。
無意識に黒い眼帯で覆われた右目に触れる。
人の作りだす光を拒絶する目は枷でしかないが、うまくいけば元に戻れる。
愛する人の元へも。
そんな思いを胸にビルを蹴って建物の屋上に降り立つと下へと通じるドアを破壊し、装甲を解いて内部へと侵入する。
ここではネクストに関する研究やネクストと実際に戦闘を行う実働部隊を支える機材や兵器の開発が行われている。
故に監視システムも最新のものが導入されていたが、秋人はそれらを完全に把握していた。
監視カメラがどこにあり、どのルートと行けばカメラに映ることなくサーバールームにたどり着くかも知っている。
あとは人の動きにさえ注意すればいいが、深夜の人の出入りなどたかが知れている。
それにしても、と秋人は監視網を掻い潜りながらネクストの身体能力の高さを思う。
人間を凌ぐ筋力で楽々とビルの間を跳躍し、目の生体電流を読み取る力を駆使すれば敵の行動を直感的に先読みすることもできてしまう。
まさに人間を超えた優れた能力であることは確かだ。
ただひとつ、通常では視認できない光を捉えることができないが故に人工的な光に弱いことを除けば。
ネクストにとって蛍光灯やLEDなど、人工の光は鬼門だ。
高度に発達したネクストの目は微弱な電気信号を増幅し捉えることができてしまう。
そのため人工的な光を見てしまえば、増幅された光に目と頭を焼かれることとなる。
「私もこんなのは初めて見た」
自分を検査した医者の言葉が脳内で反芻される。
春樹との取引成立後、秋人は一度医者による検査を受けることとなった。
もちろん医者は春樹の仲間で、ネクストだったが、彼によれば秋人の身体は異常な状態らしい。
なんでも普通なら反発しあう人間としての側面とネクストとしての側面がひとつの体の中に同居しており、人間とネクスト両方の特性を併せ持っているらしい。
片目だけがネクストの目に変異したのも身体装甲が不完全なのもその証拠なのだそうだ。
実際、春樹たちのような純粋なネクストは目のせいで夜であっても眩い都心部に侵入することは困難だ。
ましてやダイスの情報を盗もうなどとはとても考えられない。
普通のネクストが侵入できない場所に侵入できる。
それこそが人間とネクストの性質を持つ秋人の強みと言えたが、人間に戻りたい彼にとってはそんなことはどうでもよかった。
監視の目を潜り抜け、屋上からサーバールームにたどり着くまでさほど時間はかからなかった。
暗証番号を入力して中へと入る。
内部は電子機器の冷却も兼ねてか空調が効いており、いくつものサーバー群がチカチカと青い光を瞬かせていた。
サーバーのあいだを歩き、アクセス用の端末を見つけ出すと、立ち上げて春樹から受け取ったUSBメモリを接続する。
途端にメモリは水を得た魚のように活動を開始し、サーバー内のデータを徹底的にコピーして自らにダウンロードしていく。
その作業が終わるのをじっと待っていたが、ダウンロードが八割を越えたところでカチャッと物音が聞こえてそちらに目を向ける。
だが、無機質に並ぶサーバー群たちにはなんの変化も見られない。
気のせいかと思い、再び端末に意識を向けようとした。
「動かないで」
矢先、後頭部に銃口が突きつけられた。
「そのままゆっくり手をあげて。こちらを向いて」
銃を突きつける相手に言われ、秋人はネクストの力でねじ伏せようかと考えたが大人しく指示に従うことにした。
人を傷つけたくないという気持ちが勝った。
ゆっくりと手を上げて振り向く。
現れたのは後ろでひとつにまとめられたポニーテールに清潔さを示す白のブラウス、そして黒のスーツスカートときっちりと仕事着を着こなす女性だった。
「そんな、秋人……」
「レナ……、どうして?」
レナと秋人は銃を挟んで鏡写しのように驚きに目を見開いて互いを見つめる。
気まずい沈黙が二人の間に流れたがそれも束の間だった。
ガシャンと銃が落ちる音と共に気づけば二人は抱きしめあい、すべてを欲するかのような濃密な口づけをする。
それが数十秒ほど続いたあと、そっと唇が離され、レナはうつむく。
「よかった、無事で……」
「ごめん、心配させて」
震えの混じった呟きに、チクリと胸の痛みを覚えつつ、一層強く彼女を抱きしめて応えた。
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