第5話 転機 3/3
どこをどう歩いたのかすら覚えていない。
気づけば体は元に戻っており、自宅のある地域近くまでたどり着いていた。
人知を超えた現象に混乱とレナの元に帰ってこれたという少しばかりの安心感がないまぜになりつつも、アパートに向けて歩を進める。
だがしかし、行く手を阻むようにダイスの車とバイクが複数現れ、顔を隠した隊員たちが銃を向けた。
「よう、久しぶりだな」
車から降りた真司が無表情に告げる。
仲間であるはずの男たちに一斉に銃口を向けられ、思わず後ずさる。
「なんのつもりだ、真司……」
「なんのつもりだ、だと? それはこっちのセリフだ。いままでどこにいた?」
「後にしてくれ。レナに会いたいんだ」
「ネクストのところにいたんじゃないのか?」
「……なんだと?」
一瞬なにかの聞き間違いかと思ったが、真司の態度と銃を向ける隊員たちでそれが冗談ではないことはわかった。
ネクストに胸を貫かれて以降の記憶のない秋人はどう答えたらよいのか分からず、黙りこんだが、見かねたように真司が無言で端末を投げる。
音を立てて地面に落ちた端末は滑るように足元で止まった。
そこに映し出されていたのはどこかの監視カメラ映像で、秋人が横断歩道で轢かれた際の一部始終が収められていた。
「なぁ、説明してくれよ。どうやった普通の人間にこんな芸当ができるんだ」
「……わからないんだ。起きたらこうなっていた。でも信じてくれ! 俺は――」
「人間だってか。そんな嘘は聞きたくねぇんだよッ!……いつからだ? あ? いつから俺たちを騙していた?」
「違うッ! 俺は人間だッ、ネクストじゃないッ!」
「ただの人間がトラックに轢かれて無傷なわけがないだろうがッ!」
「違う……違うんだ。俺は…………」
説得の言葉をことごとく突き放す真司の恫喝に顔を歪め、両膝をつく。
どうして……どうして信じてくれないんだ……。
体は変わってしまったかもしれないが心はいままでとなにも変わらない。なのにどうして……。
「もういい。どっちにしろ人間じゃない裏切り者のお前を生かしておくつもりはない。ここで殺してやる」
昂ぶった気を落ちつけるようにそういった真司の言葉を合図に隊員たちが身構える。
死ぬのか。俺はこんな形で……。
目の前の現実に秋人がうなだれた時、チャリと音がして首にかけた指輪が目に写る。
いや……まだ、死ねない。
レナを残して死ぬわけにはいかないんだッ。
「撃て」
その瞬間、真司の合図で隊員たちの銃から放たれた弾丸が一斉に襲いかかる。
ダダダッという銃声と地面を穿った銃弾によって秋人の姿が煙の中に掻き消える。
数十秒ほどで斉射は終わり、隊員たちは油断なく銃を構えたまま様子を窺う。
徐々に煙が晴れ、真司は目を凝らす。しかし、そこに秋人の姿はなく、同時に頭上に影が差した。
「上だッ!」
「はあぁぁぁッ!」
声とともに真司が腰から拳銃を引き抜くが、それよりも早く落下する秋人の拳がダイス隊員たちの中心に落とされる。
装甲に覆われて強化された腕力に重力という味方をつけた右拳は衝撃波を発生させ無防備な隊員たちを吹っ飛ばす。
隊員たちが無力化した隙に秋人はダイスのバイクを奪い取ると真司たちに背を向けて走り出す。
「逃すなぁッ! 撃てッ! 撃て!」
憤然とした叫びを受けつつもは全速力でバイクを走らせ、住宅街を抜けて片道二車線の国道へと出る。
しかし数分もしないうちにダイスの車が三台、背後から追随してきた。
時々後ろを気にしながら、秋人は行き交う車の間を縫うようにバイクの速度を上げる。
さすがに一般人の目がある中での発砲は避けたいのか銃弾が飛んでくる気配はなかったが、追いついてきた車たちは秋人の動きを封じるために幅寄せしてきた。
それを速度とハンドルさばきで躱していくが横からクラクションが鳴らされ、そちらを向いてしまう。
同時に焼かれるような痛みが襲いかかってくる。
「クッ……」
隊員の一人が向けてきたライトの光に怯み、バランスを崩したバイクはよろけるように転倒。
道路に投げ出され秋人は火花が散らせながら地面を転がった。
逃げなければ。ここにいれば真司たちに問答無用で殺される。
立ち上がって逃げようとするがダイスの車が現れ、反対からも車両が道を塞ぐ。
しかもそこは川に掛けられた橋の上で、両側を封鎖されたことで逃げ場がなかった。
「終わりだ、秋人」
冷ややかに真司が告げられ、再度銃口が向けられる。
もう、終わりなのか。
秋人が諦めかけたその時、水面から三つの大きな影が現れ、ダイス隊員たちに襲いかかった。
「なんだッ……!?」
訳が分からず秋人は目を白黒させる。
ダイス隊員たちを襲っているのは黒い鎧に覆われたネクストだった。
川の中から現れた三体のうち二体は秋人を挟み込むようにしていたダイス部隊を襲い、暴れまわっている。
隊員たちも反撃するが、まったく予想していなかった水中からの奇襲にまったく対抗できておらず、ペースは完全にネクストのものだった。
そんな光景をただ見ているしかできなかった秋人に元に、事態を静観していた一体が歩み寄る。
意図の読めないネクストの装甲で隠された顔を見ながら、身構えたが、そんな彼にネクストはすっと自然な動作で手を差し出す。
「大丈夫か? 兄さん」
「…………なに?」
秋人はネクストの言葉に身を固める。
なんのつもりだ……兄さん……だと?
疑問と驚きで動けなくなる秋人に対してネクストは顔の装甲のみを解き、現れた素顔に秋人は驚愕に目を見開く。
「春……樹?」
そこにいたのは、かつてネクストに関わって行方不明となった秋人の弟――弓月春樹だった。
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