第3話 転機 1/3

 変電所から聞こえた悲鳴に二人は反射的に車から出て変電所内へと立ち入る。


 所在を把握するのはそう難しいことではなく、逃げる変電所の職員たちと逆に進めばすぐに元凶と出会うことができた。

 そこにいたのは、まるで西洋の甲冑のような黒光りする金属装甲に包まれた異形の怪物だった。


 身体装甲――ネクストが自身の身体組織を変化させたツヤ消しの黒の鎧は全身を覆っており、所々が尖っていながら有機的なデザインを残している。


 そして最大の特徴は胸の中心から全身にかけて走る赤いラインだ。

 闇夜の中でラインは怪しく光を放ち、顔を鎧で覆われ表情も伺えないため不気味な印象を受ける。


 秋人はその両手が血に濡れているのを見た瞬間、腰の拳銃を抜いて逃げ遅れた者に迫るネクストの背中に狙いを定めた。


「おいッ! 動くな!」


 ネクストの顔がこちらを向く。

 同時に秋人はトリガーの先に取り付けられたタクティカルライトを点灯させる。


 途端、ネクストは怯んだように顔を隠して光から逃れようと横へ飛ぶが秋人はライトで狙い続け、足が一瞬止まったタイミングで容赦なく二発続けて発砲。


 銃から飛び出した弾丸がまっすぐに飛んでいくが、ネクストは鈍重そうなイメージを覆す俊敏な動きで大きく躱し、そのまま建物の影へと消えていく。

 舌打ちしつつも襲われていた人たちに一瞬目を向け、秋人はレナに叫ぶ。


「レナッ、この人たちを頼む! 俺はアイツを追う!」

「一人でなんてダメッ! 秋人!」


 制止の言葉を受けながらも銃を手にネクストが消えた建物のへと走っていく。

 いまの秋人を動かしていたのは敵を目の前にした怒りとここで自分が仕留めければ次の犠牲者が出るという使命感だった。


 幸い、ライトの光を浴びた影響なのか、ネクストは屋根の上をおぼつかない足取りで逃亡していたが、変電所の敷地内にある寂れた倉庫の中へと姿を消す。

 たどり着いた秋人も廃倉庫へとゆっくり足を踏み入れる。


 倉庫の中には過去の書類や段ボール、よく分からない工具や機械が置かれていた。

 半ば使われていない物置状態の倉庫の様子に悪態をつきたくなる。


 遮蔽物が多すぎる。これでは敵の姿は見えない。

 仕方なく秋人はタクティカルライトの電源を切った。


 こんな場所では遮蔽物によってライトの光を当てることができないうえに向こうはこちらの位置を簡単に知ることができてしまう。それならライトを消していたほうがマシである。


 少しずつ暗闇に慣れてきた目を頼りに秋人はどんな些細な変化も見逃さぬよう全神経を集中させて足を進めていく。

 その時、物音が聞こえると同時に書類の詰まった段ボールが秋人に向かって倒れてきた。


 ダンボールに押しつぶされるように体勢を崩し、倒れる秋人。


 そこにネクストが腕力任せに右腕を振り下ろすが、秋人は咄嗟にダンボールを蹴散らしてゴロゴロと地面を転がることで回避。

 すぐに起き上がって銃を発砲するが、ネクストは再び秋人の視界から外れる。


「ぐっ……」


 どうやらネクストはヒットアンドアウェイを狙っているようで、厄介な形に持っていかれたと内心毒づく。


 そっちがその気ならこっちもやるしかない。


 一度深呼吸をし、全神経を集中させる。

 すると微かになにかが動く音が断続的に聞こえてくる。


 敵はどうやら位置を悟られないために常に暗闇の中を移動しているようだ。

 それはしばらく続いたが突然、プツリッと途絶える。

 様子を窺うような静寂ののち、背後に殺気が立ち上がり、秋人は振り向こうとした。


 だがそれよりもネクストの右腕が秋人の胸を貫くのが先だった。


「ごふ…………」


 口から奇妙なうめき声と共にどす黒い血が溢れだす。

 とっさにネクストの右腕を掴むが、腕はビクともせず、そのまま引き抜かれた勢いで数歩たたらを踏んで秋人はうつ伏せに倒れた。


 視界がかすむ。ヒュー、ヒューという奇妙な呼吸が自分の耳に届く。

 あぁ、自分は死ぬのだとあっさりと悟った。


 憎い敵に殺されて死ぬ。本当に呆気なくて、もはや敵に銃口を向けようという活力も起こらない。


 眠りにつくように意識が遠のき始める。

 シャランッと刃物の音がした直後、自分の心臓を貫いたはずのネクストの頭が転がった気がしたが、血を失いすぎた秋人の頭ではそれが夢なのか現実なのか区別がつかなかった。


 暗くなっていく視界でレナのことを考える。

 さよならを言えないこと。

 婚約相手を一人にすることが何よりも心残りだった。


 誰かが自分を抱きかかえる。なにかを喋りかけてきているようだが内容までは聞き取れない。

 しかし秋人はその声にどこか懐かしさを覚えた。


 それが誰なのか理解することなく、秋人の意識は深い闇の中に落ちていった。

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