第1話 事件 1/2

 マスコミたちのごった返す規制線を超えて事故の起きた発電所の敷地に入ると、現場は張り詰めた空気に包まれていた。


「これは酷いな」

「今回は結構派手にやられたみたい」


 車から降りた秋人とレナは開口一番に呟き、スーツのジャケットを羽織る。


 敷地内では複数のパトカーと制服警官や消防士、それに電力会社の社員が歩き回っており、道路には吹き飛んできたのか、なんのパーツかわからない大小様々な破片が散乱していた。


 ここは秋人たちが住む街のなかでも特に大規模な火力発電所で、街の三分の一に近い地域の電力を賄っている。

 場所が場所なので、敷地の面積に比例するように建物も巨大なものになるわけだが、視線を上げると建物には焼け焦げたような大穴が空いており、テレビで見たときよりも状況が酷く感じられた。


 なにか可燃物に引火して爆発したのだろうか、などと考えていると部下の一人がやってきて二人は施設内へと案内される。


 金属製の作業員用ドアをくぐり、中に入ると内部は真っ黒だった。


 本来ならここで発電された電力で照明は機能していたのだろうが、発電能力が失われた現在は何の意味もなしてない。

 秋人たちは全員が常に携帯している軍用のタクティカルライトをつけて案内役の部下の後ろについて歩きだす。


 施設内部はまるで鉄の迷路だった。

 大小さまざまなパイプがそこかしこに張り巡らされており、通路がなければ荒廃した未来の都市か、機械が無秩序に作り上げた城だと思っただろう。

 ライトに照らし出された迷宮はちょっとした非日常ゆえの不気味な空間を作り出していた。


 目に映るものすべてが一般人の理解を拒むような複雑に入り組んだ発電所内を進むと、明るく照らし出された場所へと行き着く。


 部屋の上にかけられたプレートを照らすとそこには制御室と書かれていた。

 同行してくれた部下に礼を言うと秋人はライトを仕舞って中に入る。


 複雑なスイッチや計器が並ぶぎっちりと詰まった制御室はさっきまでの訳の分からないパイプ群とはまた違った異質さを放っていて、監視塔のようだった。


 計器類は動いておらず、電気もついていなかったが外から電源を引いた作業灯が内部を明るく照らし出しており、その中を秋人と同じスーツ姿のエージェントたちが行き交っている。

 そして一番目立っていたのは制御室のあちこちに刻まれた鋭い引っ掻き傷のような爪痕だった。


「おう、やっと来たか。幸せすぎて寝ぼけてるんじゃないだろうな」


 内部に目を向けていると同僚の佐山真司が近寄ってくる。


 この肌寒くなった時期にいまだに上着を羽織らず、シャツを七分袖にしている真司は黒服だらけのこの空間から浮いていたが、本人はそんなことは一切気にも止めてない。

 見てるこっちまで寒くなりそうな服装の真司にレナが訊ねる。


「状況はどうなってるんですか?」

「ひどいもんだ。発電設備はズタズタ。いま電力会社の社員たちが被害状況を見てくれているが、正直復旧なんてできる状態じゃないそうだ」


 タブレット端末片手に肩をすくめる真司の言葉を聞きながら秋人はやはりかと内心頷く。

 穴は空いていたものの外から見ただけなら、まだ復旧の望みがあるのではないかと思っていたが、この無残な有様を見れば、機能回復が程遠いことは薄々察しがついていた。


 一体、この発電所が機能停止に陥ったことでどれくらいの人間に影響が出ただろうかと考えだすと、もはや想像もつかない。

 秋人は気になっていたことを問いかける。


「ここにいた人たちは?」

「こっちだ」


 真司は制御室の奥のほうへと案内してくれる。


 そこにはもうひとつ扉があり、使われてないのか何も置かれていないコンクリートで固められた袋小路だった。

 そして地面には無造作にブルーシートが十枚ほどかけられており、真司は一枚をめくり上げる。


 ブルーシートの下にはコンクリートに同化しそうな灰の山があった。

 しかし、ただの灰の山ではない。灰は人の形をしていた。


「残念ながらこの有様だ」

「じゃあここにあるの全部……」


 レナの言わんとしていることを真司が無言で肯定する。

 ここにあるブルーシートの数だけ人型の灰があり、その数だけ人が殺されたということだ。


 秋人は目の前の人間だった灰の前にしゃがみこみ、衣服のポケットを探ってみた。すると胸ポケットに入れた手になにかが触れ、取り出してみる。


 出てきたのは一枚の家族写真でメガネをかけた細身の中年男性と妻、そして息子二人と妻に抱えられた赤ん坊が晴れやかな笑顔で写っていた。


 それを見た瞬間、体の中でカッと燃えるような感覚を覚えたが、軽く深呼吸して気持ちを落ち着けると写真を元の場所に戻してやる。


「……身元の確認は?」

「残念ながらDNAは無理だ。残った服や身につけていたもので判別するしかないな」

「監視カメラのほうはどうだ?」

「徹底的に破壊されていたが、なんとかウチのやつらが破壊される前の映像だけはサルベージしてくれた」


 真司は持っていたタブレット端末を操作して画面に映像を表示させる。


 最初に映ったのは駐車場と思しき場所で、モノクロの映像を秋人とレナはじっと見ていたが、画面の端に録画された時間が進むだけでしばらくは何の変化も訪れない。


 しかし画面右上のタイムコードが午前一時すぎを差した頃。

 画面の隅で人影のような影が蠢いた直後、車が玉転がしの要領でゴロゴロと吹き飛ぶのが見え、直後カメラを覆うように再び影が現れ映像はそのままノイズとなって途切れた。


「制御室の爪痕にこの映像……こんな芸当ができる十中八九――」

「……ネクストか」

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