遭遇

 春美がそのに目覚めたのは東京の大学に入ってから2年目になるちょうど二十歳のことだった。


 それは大学のコンパで飲んだ帰りの日のことで、ちょうど今夜のように満月が明るい夜だった。春美は電車を乗り継いで自宅の最寄り駅についてから、アルコールによる酔いで心地よいこともあって、普段は寄ることがない自宅までの道のりから少しだけ外れた大きな公園を通過しようとしていた。


 その時に出会ったのが灰色の大きなコートを羽織った男、もといだった。


 春美はあまりの恐怖に腕で肩を抱きかかえるようにして固まってしまったが、その男は見せるものを見せてしまうと、そのままゆっくりと立ち去った。


 春美はそれからしばらく間そのまま呆然と立ち尽くしていたが、夜風に揺られているうちに少しずつ現実に意識が戻ってきた。


 その直後の春美の胸を埋め尽くしたのは、圧倒的な怒り、そして嫌悪感だった。


「ありえない……サイテー。気持ち悪い。社会のクズ」


 夜の誰もいない公園でそうやって吐き捨てるようにつぶやいた後、自分が帰宅途中であったことを思い出し、自宅へ帰ることにした。


 *


 それから数日間はその出来事を思い出すだけで腹が立った。コンパ帰りで酔っていたはずなのに、その出来事は明確に春美の目に焼き付いており、夜中に一人でいるときにフラッシュバックのように蘇った。二十歳の純真な乙女にはショックすぎたのだと春美自身は思うことにした。


 しかし、それからしばらく経つと自分が別の感情を胸にこさえていることに気づき始めた。


(なんで露出なんてするんだろ……やっぱり楽しいから?)


 そんな風に、あの夜に露出狂がどのような心理であのような行為をしていたか考えるようになった。


 他者の気持ちや感情を理解しようとするのは、たとえ相手が犯罪者であっても決して悪いことではない。犯罪者の深層心理を理解することで、犯罪を未然に防ぐ行為や仕組みにつながることもあるし、実際に犯罪に遭遇したときにも安全な対処を出来るようになる。


 しかし、春美の考えはそれだけに留まらなかった。


(なんでだろ……もう一度……見てみたいかも)


 酷い目にあったと思っているのにその行動を繰り返してしまう人間は稀にいる。DV被害にあった女性は、その男と別れたあとも何故かまたDVを行う男を選んでしまうことも多いし、自分ではやめるべきだと思っているのに背徳感のある行動をやめられない人間も多い。


 それからというもの、春美は夜に自宅に帰る時は必ずあの大きな公園を通るようになった。


 そして、あの時の露出狂に再び出会った際、春美は怖がったフリをしながらも冷静に相手を観察していた。男は前回と同じように満足して立ち去ったが、春美が実のところ怖がっていなかったことを知ったらしていたかもしれない。


 その夜、春美はそのに目覚めてしまったのだと自覚した。

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