そして新しい日々が始まる
紆余曲折あった文化祭から今日で一週間が経つ。その間、先輩がいなくなった演劇部は激動の日々を迎えていた。
というのも、入部希望者が爆発的に訪れたのだ。理由は二つ。一つ目は劇で感動したから。二つ目は俺目当て。
……いや、なんつーか自分で言うと変な感じだけど、まあ事実だ。実際入部希望者の大半は女子だったし、やけに話しかけられたりとアピールされたから。
部活をやっていない人は一時間の補習となるこの学校。今まで補習をやってきた人たちからすればそれを免れるいい機会でもあったのだろう。
そんな演劇部は今どれだけの部員がいるのかというと、結局のところ四人に落ち着いてしまった。一人以外、みんな辞めていってしまったのだ。考えられる理由としては、活動が思っていたよりも楽ではないこと。俺と盛岡の仲が悪く、居心地が悪いこと。そして二年生の人たちに限定すれば、一年生の水野さん(部長)に指示されるのを快く思わないこと。ざっと挙げればこの辺りだろう。
水野さんは無駄に責任を負うことになる。
しかしそんな水野さんには支えてくれる人がいるからメンタル的な問題は大丈夫だと言えよう。もちろんそんな存在は俺ではない。
「心美ちゃん、そんなに落ち込まないで! 一応四人でも廃部にはならないって先生言ってたから!」
「けど……」
「けどじゃない!」
放課後。数日前までは窮屈だった部室も今では先輩たちと過ごしたときのように
何を隠そう、残った一人の新入部員は俺に告白した
「
「え、俺?」
なんというキラーパス。こういうのは女の子同士だからいいのであって、男の俺が慰めなんてしたら変な雰囲気になっちゃうでしょ!
え、気持ち悪い? あ、そですか……。
「まあ、大丈夫だと思います……」
「なんで敬語!?」
ガックシとうなだれる紬さんを横目に見ながら俺は盛岡を気にした。俺と盛岡の仲が悪い、とは言っても俺は別に喧嘩なんてしたくないし同じ部員なのだから上辺でもいいから仲良く振る舞いたい。まあ、それもこれも全ては盛岡次第だ。
「慎也もほら、なんとか言って!」
紬さんは盛岡と喧嘩をしていると思われていたがどうやらそうではないみたいで、ことあるごとに積極的に話しかけていた。盛岡はこれもまた冷たくあしらう。
――そんなんだから友達ができねえんだよ。
なんて悪態は心の中に留めておく。俺も盛岡へのヘイトが隠しきれなくなっていた。
紬さんは天を仰いだ。それからすぐ大きく息を吐いて、
「練習、しよ! あたしにもどうやったらあんな演技ができるか教えてよ!」
と誰に言うでもなく快活に言った。
彼女は今、何を思っているのだろうか。元気に笑顔でいるけれど、きっと彼女こそが一番つらいはず。
盛岡は言っていた。美香が泣いていたと。
泣いてしまうくらい悲しいはずなのに、彼女は俺たちの空気を読んでムードメーカーでいる。
――人の気持ちがわからいことが、俺は世界で一番怖い。
水野さんは気持ちをぶつけてくれた。あのときの言葉が嘘だったとは思えない。
対して紬さんは? 盛岡は?
演劇部の歪さに拍車をかけているのは二人が本音をさらけ出すことができないでいるからだ。
……いや、違うな。二人じゃない、俺を含めた三人だ。
「演劇ってさ、意外と楽しいよな」
口をついて出た言葉。ハッと思ったけど後悔はしなかった。それよりも憑き物が落ちたようで清々しい。
「そうですね」
水野さんが微笑んだ。紬さんはポカンとしてて、盛岡は相変わらず仏頂面。
こんな一言で何かが変わるわけがないけれど、俺にとっては大きな第一歩だ。
「これから特に大きなイベントはないけど、演劇を楽しむくらいはできる。今日だけさ、基礎練はサボっていろいろと楽しまない? なんと後藤は用があってこれないみたいだし」
「サボるのはちょっと……」
「え、ダメ!?」
水野さんの一言にガックリとうなだれる。
まあ部長の言葉だしなぁ。
「いいね、それ!」
けれどキラキラとした賛成の声が上がった。
「美香ちゃん、基礎練は大事だよ」
「それもそうだけど一番はあたしたちが楽しまなきゃでしょ! ね、慎也!」
「……どうだろうな」
「もう!」
紬さんは頬をぷくっと膨らませた。
「たまにはいいだろ、盛岡」
意を決して話しかけた。盛岡はちらりと俺を見やると、
「まあ、美香がやりたいならいいんじゃね」
と言った。
◇ ◇ ◇
気づけば窓の外はすっかり暗くなり始めた。完全下校を告げる放送が学校全体に響き渡る。
練習にもならないアドリブ劇を楽しんだ俺たちは別れを告げて帰路につく。いつもならそのはずだが、俺は紬さんから少し時間をくださいと呼び止められていた。
紬さんが着替え終わるのを待っているうちに盛岡と水野さんが帰宅していく。紬さんと盛岡は幼馴染であるが登下校は別々らしい。
さてどんな話だろうと思考を巡らせながら待っているとすぐに時間は過ぎた。
「お待たせ、御行くん」
「いや、全然」
付き合いたてのカップルがデートするときみたいな会話だなと思いながら、なんでもないように本題に移す。
「で、話って?」
「その……慎也のことなんだけど」
まあ、予想していた通りだ。
「慎也、多分だけど退部しようとしてると思う……」
「えっ」
――――――――――――――――――――――
第二章 開幕!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます