告白
俺たちは拍手を浴びながらステージを後にした。
「みんな、お疲れ様」
ステージ裏で橘先輩が息をつくように言う。宮野先輩も頷いて、
「うん! みんな上手だった!」
「いえいえ、そんな」
宮野先輩に褒められるのは嬉しいけど俺の演技は微妙なんだよなぁ。素人は脱却できただろうけどみんなと比べたら少し、ね。
「先輩の演技、凄いよかったですよ」
「ほんとー? 嬉しいこと言ってくれるねぇ」
宮野先輩はにへへー、と顔をほころばせた。
「色々と語り合いたいところだけど、まずは部室に戻って着替えようか」
弛緩した空気の中、橘先輩が指示を出す。
「そうだね。そうしよう!」
「了解です」
そうして俺たちは体育館から出て校舎に向かう。やっぱり外でこの格好は恥ずかしいけど、それ以上に達成感で心がふわふわしていた。生憎の空模様だが、なんとも清々しい。思えば中学校の頃はこうして何かに打ち込むなんてことしてこなかったなぁ。小学校の頃からサッカーをしてたけど大会で勝った経験とかもないし……こんな気分になるのは今日が初めてかもしれない。
いいな、こういうの。
「あの、
校舎までの渡り廊下を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。どこかで聞いたことがある、女性の声だ。
振り向くと息を切らしている女生徒がいた。亜麻色の髪をポニーテールにし恋に恋する乙女といった印象を抱く彼女は呼吸を整え、「少し、いいですか」と言った。……久しぶりだな、こんなこと。
先行していた先輩たちは俺に「先に行ってる」と声をかける。水野さんは彼女と目配せをし、先輩の後を追った。一人残った盛岡はしばらく俺と彼女を覗っていたと思うと、ポケットに手を入れ横柄に歩き出す。
ここには俺と彼女だけが残った。
「ごめんなさい、急に……」
「いや、大丈夫。それで、何か用?」
用件はわかってる。だけどなぜか、ドキドキしない。告白されるのは久しぶりだけどこういう慣れってのは時間が消しさるなんてことしないんだな。あ、これで告白じゃなかったら笑えるな。とんだ勘違い野郎だ。
「その、さっきの演技凄かったです! かっこよかったです!」
「そっか。ありがとう」
俺なんかよりも先輩とかの方が凄かっただろ。
「それで、ですね……やっぱりあたし、諦められません!」
ん、諦められない? どういうことだろう。
「好きです。あたしと付き合ってください!」
告白の言葉と同時に勢いよく頭を下げた。
「……そっ、か」
そうか、思い出した。この子、体育祭が終わってちょっと経ってから俺に告白してきた子だ。名前は確か、紬さんだったか。
「その、ごめん。気持ちは嬉しいけどあのときと同じで彼女作る気ないんだよ、俺」
二回も告白してくれているのに断るというのは俺だって辛い。別に俺は恋愛がしたくないわけではないのだが、単純に人を好きになれないんだ。雨宮さんのことが忘れられないとか、そういうのじゃなくて本当に人を好きになれなくなった。
「だから、それには応えられない。ごめん」
「……あの」
「なに?」
紬さんは手を握りしめてこれまた勢いよく俺の目を捉える。……人と目が合うの苦手なんだけど。
「やっぱり諦められないのでガンガンアタックしていってもいいですか!?」
「え?」
肩を震わせながら、目をそらすことはなく俺の言葉を待っている。
俺は紬さんの言葉をゆっくりと咀嚼するが、あまりに予想外だったから理解が追いつかない。ガンガンアタックしてくるの? これから?
「えっと、それは別にいい――あ、いや! その、ほどほどにお願いします……」
紬さんはパーっと顔をほころばせて、
「はい! 覚悟しておいてくださいね!」
そう言って校舎へ走っていった。
……これが小悪魔系ってやつか。
なんというか、凄い人だな。メンタルが強いのなんの。二回告白するってだけでも凄いよね。俺みたいな告白すらできなかった意気地なしとは全然違う。素直に尊敬できるよ。
俺も部室に戻るか。久しぶりの告白だったけど、そこまで後味が悪いものにはならなくてよかったな。
晴れやかな気分のままゆっくりと歩く。校舎に近づくと男女が口論しているみたいだった。二人の声はどちらも聞いたことがある。盛岡と紬さんだ。二人は知り合いだったのか。このまま行くのも気まずいし、少し待つことにする。
間もなくして口論は止み、走り去っていく音が聞こえた。会話の内容は聞こえなかったが……多分俺と関係があるんだろうな。
校舎まで進むと盛岡が一人憔悴しきった状態で突っ立っていた。……声をかけるべきだろうか?
数瞬、立ち止まって考えていると盛岡から話しかけてきた。
「なあ、なんで告白断った?」
「好きじゃないのに付き合うのは、俺の心情的に無理だから。相手にも申し訳ない」
「そうか……」
盛岡は天井を仰ぐ。
「ところで、盛岡は紬さんと知り合いなのか?」
「
「そうなんだ」
空気が重い。なんて言葉をかけてやるべきだろう。それとも、このまま一人にさせておくべきか?
「俺にはアンタの良さがわかんねえよ」
「そうだな。俺もわからない」
「いけ好かねえ野郎だ」
盛岡は紬さんのことが好きなのだろうか。それとも幼馴染にしかない距離感というか、友情とも恋慕とも違う何かがあるのか。
「なあ、なんで喧嘩なんかしたんだ?」
俺のことを悪し様に言ったのだろうか。これは単純な疑問だった。素朴に思ったことだった。けれど、人とは難しいもので何が琴線に触れるかわからない。
「喧嘩、だと? 俺と美香が喧嘩しただって?」
「え、あ、いや……」
「ふざけんじゃねぇ! あれは喧嘩なんかじゃねぇ! 調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!?」
盛岡に胸ぐらを掴まれ、壁際まで抑え込まれる。盛岡の迫力に困惑と圧倒されるばかりで抵抗する気力が湧かなかった。
「ま、待て。落ち着けよ」
「ンだと!? 落ち着いていられるか! 幼馴染が……美香が泣いてたんだよ! なァ!」
「は……? な、泣いて……」
泣いてなんかなかった、あのときは。笑っていた。笑って、去っていっていた。
「なんで、なんで美香はお前なんかが……」
盛岡の力がみるみる弱まっていく。やがて俺の胸ぐらが自由を得た。壁にぶつけた肩が妙に痛む。
「俺はただ、美香が心配で、可哀想で」
盛岡は頭を抱えた。
「クソが」
そう捨て台詞を吐いて階段を登っていった。
俺は荒れた服を直し息をつく。一体俺が何をしたっていうんだ。告白されただけだぞ。クソがって言いてえのは俺の方だよクソが。
あー痛え、痛えな。大してぶつけたはずはないんだがどうしてか肩が、背中がずっと痛え。
ずるずると、ずるずると壁にもたれかかりながら座り込む。
「もう、意味がわかんねえよ……」
一人ごちてから、雨が降り出していることに気づいた。
どれくらいの時間が経っただろうか。五分くらいは座り込んでいた気がする。俺は力なく立ち上がり、階段を登り始めた。部室で盛岡と顔を合わせることになるのは嫌だな。
そんなことを思いながら足元を見てとぼとぼと進む。そういや中学の頃はよく足元を見ながら歩いてたっけ。
雨が降ったせいもあり外にいる人が続々と校舎に入ってきたようだ。和やかな声が聞こえる。
ずいぶんと時間をかけて部室のある階まで移動した。ここは生徒の声が届かず静かだ。
俺は部室の前まで来てドアに手をかける。雨の音が支配するこの空間に、部室から人の声が聞こえてきた。
「――だから、その……好きです」
聞いてはいけないような気がした。
「ごめん。俺、好きな人いるから」
みんな、文化祭に告白するのが大好きなんだな。いや、でも水野さんの場合はあれか。橘先輩、これで部活引退だし。
「はい。知ってました」
足音が近づいてきて、ドアが開かれる。瞳を濡らした制服姿の水野さんと目が合ってしまった。――最悪のタイミングだ。
俺は道を開け、水野さんは隙間を縫って走り去っていった。袖で目を拭っていた。部室には取り残された橘先輩がいる。もう着替え終わっているみたいだった。
「すいません。盗み聞きするつもりはなくて……」
「いや、変なとこを見せちゃったね」
「いえ……」
好きな人がいる、か。まあ、宮野先輩のことだろうな。そんな素振り、全然見せないけど。
「ところで、盛岡はどこですか? 先輩」
「盛岡なら俺より後に来たのに俺よりも早く着替え終わって出てったよ」
「そうですか」
「その少し後だね。水野さんが来たの」
少し安心している自分がいた。
「宮野先輩は?」
「まだ隣で着替えてるんじゃないかな」
水野さんもこのタイミングで告白するのは勇気があるな。宮野先輩はこのことを知っているのだろうか。
「――俺、水野さんを探してきます」
予想外だったのか、橘先輩は少し面食らった。
「そっか」
「それじゃあ、行ってきます」
俺は振り向いて地面を蹴った。
自分の格好なんて興味がない。誰に見られても別に構いやしなかった。水野さんは階段を降りていった。きっと人が少ないところに行くだろう。どこがある。ここの校舎は二階が文化祭の展示として使われている。とりあえず三階の空き教室を全て見ていくか。
息を切らしながらドアを次々と開ける。いない。いない。いない……。
結局三階にはいなかった。別の校舎は展示で盛り上がってるから多分行かないだろう。とすると一階か、或いは外か……。
俺は走る。なんで水野さんを探しているんだろう。なんで俺はこんなにも頑張っているのだろう。もう、馬鹿馬鹿しく思えてきた。盛岡に急にキレられ、俺とは無関係の恋路に振り回されて。
一階も駄目だった。後は外にでも行ってみようか。いなかったらいなかったでそのときだ。
足がもつれて、呼吸も上手いことできなくなった。少し、立ち止まろう。誰もいない廊下で貴族のコスプレなんかした男が息を整える。滑稽だな。
「あー、もう……両家とも滅んでしまえ」
劇で言ったときとは違う、ちゃんと感情を乗せた言葉は誰にも届かなかった。
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