コミュ障にとって共同作業ほどの地獄はない

 神並高校では一週間を文化祭準備期間とし、五・六時間目を使ってクラスの出し物を作っていくことになる。

 俺たち一年三組はコスプレ喫茶をすることになり、今はメニュー作りや内装に看板、そして本命のコスプレを和気あいあいと進めている。

 ちなみに俺は裏方として料理を作ることに決まったが、コスプレもすることになった。クラスに料理できる人が少ないから多少できる俺も裏方になったのだが、クラスの女子たちが「西園寺くんがコスプレしないなんて勿体ない!」と言って仕事が増えてしまったのだ。

 ……正直こういうときにどう反応すればいいのかわからなくて困る。

 コスプレは執事をすることになった。なんというか、衣装を袖に通すのが日常になりつつある。だからなのか、そこまで新鮮味はなく、俺の中で盛り上がることもない。

 さて、執事服を着て周りの人たちからカッコいいだの様になってるだのありがたい感想をもらった俺は、早速手持ち無沙汰になっていた。

 ……誰か、誰か俺に仕事をくれ。

 看板作りを手伝う? 俺に画力はねえし邪魔になるだけだ。

 クラスメイトのコスプレを決める? ……自分から人に話しかける勇気なんてねえよ。

 教室の隅っこでみんなの働きを見るのはなんとも切ない。仲間はいないかなー、と辺りを見回したら一人で突っ立ってるやつがいた。

 盛岡だ。

 えー、どうしよ。話しかけようかなー。ソワソワ。


「ねぇ、西園寺くん。これどう?」

「うおっと」


 声がした方に振り向くと犬がいた。超絶可愛い犬がいた。

 姫矢さんは茶色でもこもこの服を着て、犬耳を着けていた。


「動物のコスもあるのか……」

「そうそう。可愛いでしょ?」

「あー、まあうん。そうだね」


 可愛いんだけど犬コスってなんかこう、エッ……いや、なんでもないです。


「ふふっ、ありがと」


 そう柔らかく微笑むと、姫矢さんは走り去っていった。


 ……あの子、俺のこと好きなん?

 いや、ほらだってさ、俺に可愛いかどうか聞く必要なくない? てことはさ、ねぇ?

 いやぁ参ったな。日山✕姫矢に横槍は入れたくないんだけどなぁ。


「ねえ御行、ちょっと手伝ってくれない?」

「おっと、葉月か。助かった。もう少しで取り返しがつかないくらいの気持ち悪い存在になるところだった」

「なんで……」


 このままじゃ勘違いオタクになるとこだったぜ。

 俺の経験則からすると、ああいう手合いの人は仲良くなった人に対して距離感バグってたりするからな。勘違いオタクだった小学校低学年の記憶が思い出されるよ。そう、あれはモテモテだと勘違いしていた小三の夏――


「私のことを置いて回想に入ろうとするな!」

「え?」

「え? じゃない! 手伝ってって言ってるでしょ」

「あ、あーそうだったな。で、何をすればいい?」


 葉月がツッコミを入れるのは新鮮だな。

 まあ何はともあれ俺も仕事が与えられる。これが労働の喜びか。


「お店のメニューを考えるの。御行、何も仕事がなさそうだったから」

「了解」


 まさか気遣ってくれていたとは。ありがたいな。

 ……それにしても葉月は制服か。


「何? ジロジロ見て」

「いや、別に。てかジロジロは見てないだろ」

「ふーん」


 と、そこで姫矢さんが血眼で俺たちの方に走ってきた。

 え、怖……。

 姫矢さんはスマートに葉月の横へ着くと、服屋の店員然として、


「ふっふっふっ、お客様。そちらの方は彼氏ですか?」

「え!? や、違うけど――」

「そうですかそうですか! それなら可愛い姿を見せないとですね!」

「……何してんの」


 彼氏ですかとか聞かれたら困っちまうだろ全く……。

 葉月がなんとかしろと視線で訴えてくるが俺は気づかないふりをする。

 だって気まずいじゃん……。

 そのまま葉月は姫矢さんと共に隣の空き教室へ行くことになった。何もしてやれず申し訳ない。俺はとりあえず喫茶店のメニューを考えているグループに顔を出しに行くことにする。

 それぞれがしている作業の邪魔にならないように歩く道を考えながら、裏方になった人たちがうんうんとメニューについて悩んでいる五人グループにたどり着いた。


「……あー、あのー」


 俺の掠れた声は議論している人たちに届かなかったらしい。


「だからさ、火を使うのはやめたほうがいいって」「でも先生はオーケー出してたよ」「レンチンでいいだろ」「駄目だよそんな手抜きは!」「あのー……」「あとは飲み物も考えないとな……コーヒーとか紅茶とか」「……」「ぐあー! はよ決めないとメニュー表作るやつらに怒られるぞ」


 うん、ここに俺の居場所なんてなかった。

 しばらくして議論していた一人の男子が俺の存在に気づく。


「ん? 西園寺か。どうかした?」

「え!? あ、ヒャイ! じゃ、なくて、あー……えっとぉですね……」


 俺がしどろもどろしている内に教室の扉がガラッと開いて、姫矢さんが満面の笑顔で俺の名を呼ぶ。


「西園寺くん! 終わったよー、早く来てね!」

「……」

「えっと、呼ばれてるぞ?」

「……あ、あぁそんじゃ行ってくる、わ」

「お、おう……じゃ」


 …………

 ……

 恥かいたわ!

 うわあ、絶対ドン引きされたよ! ていうかあそこに俺居る意味なかったし! あの人、顔引きつってたし絶対なんだこいつって思われた! ぐあぁー!

 もう嫌だ……帰りたい。


「あ、西園寺くん来たね。……て、どしたの?」

「大丈夫だ。問題ない。俺の黒歴史に新しい項目が加わっただけだ」

「それは問題ありでは?」


 姫矢さんはまあいいや、と言って葉月を呼びに行った。くそぅ、思い出したときに死にたくなるやつだー、たか思ってると空き教室のドアが開き葉月が顔だけちょこっと見せてきた。

 なにそれ可愛い。


「ほら、恥ずかしがらないでさ、彼氏に見せてあげなよ!」

「や、だから彼氏なんかじゃ……」

「じゃあ未来の彼氏?」


 すんごい話題に入りづらい会話をしてる二人と俺以外、ここには誰もいない。正直この空気まじでしんどい。


「あーあのさ、姫矢さんは作業に戻りなよ」

「んー、でもさ西園寺くん。わたしそんな作業ないよ」

「いいから!」


 二人の絡みが見たいのに、と己の欲求をぼやきながら姫矢さんは教室に戻っていった。

 さて、この気まずい空気をどうしてくれようか。


「まあ、葉月も嫌だったら制服に着替えたら?」

「……いや、別にいい」

「そっか――」


 俺が言葉を発してる最中に葉月は扉を開け、その姿をあらわにした。

 突然のことだから、驚いた。いや、本音はその美しさに目を奪われたのだ。


「ウエディングドレス……」

「声に出さないで。……別に私が選んだわけじゃないから。あの人がこれ着たらって」


 純白のドレスはほんの少し体のラインを浮き立たせ、地面スレスレまでシュッと伸びている。

 頭にはヴェールの変わりにティアラを着けており、艷やかな黒髪は肩口までふわりと掛かっていた。

 肌の露出は少ないが、清楚で非日常な姿は俺の胸を高鳴らせるのには十分だ。

 呼吸も忘れていた数秒。葉月はピシャリと扉を閉じる。


「じゃあ、制服に着替える」

「あ、ああ」


 扉越しで話した後、足音が遠ざかっていった。


「はぁ……びびったぁ」


 まさかウエディングドレスとは。俺、変な顔になってなかったかなぁ。照れたら顔キモくなるからなぁ俺。

 それにしてもウエディングドレス……。結婚……。

 俺の脳裏にチャペルを歩くウエディングドレス姿の葉月が浮かんだ。

 いやいや! 気持ち悪すぎだろ俺。頭おかしくなってんな。


「お待たせ」

「うわぁ! け、結構早いんだな」

「そう? ていうかそんなに驚くこと?」


 すっかり制服姿になった葉月は何食わぬ顔で戻ってきた。

 ……なんか俺だけ意識してるみたいじゃん。いや、みたいというか実際そうか。


「えーと、どうする?」

「……不本意ながら私もコスプレをすることになった」

「あ、へぇそうなんだ」

「もちろんウエディングドレスは着ないけど」


 俺が聞いたのはこれからどうするかってことなんだけどな……。


「……あのさ、どうだった?」

「え?」

「だから、どうだった?」


 葉月は頬を赤らめてまっすぐ俺を見る。


「えー、まあ、良かった、と思う」

「良かったって?」


 この子は鬼か?


「いや、そりゃあまああれだ。うん。……まあ、似合ってたよ」

「……ありがと」


 耳まで真っ赤にした葉月は下を向いて歩き出した。

 ……恥ずかしいなら聞くなよ。俺も恥ずかしいんだから。




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