Divert―そして君も―
水野さん達と雑談をしながら弁当を食べていたらすぐに時間が過ぎた。
後藤や先輩達が部室へと戻ってきて、部活動再開である。
「これからしばらくは午後の活動を男女別でしようと思っている。理由は男の方はもう配役が決まったからだ。それにロミオとジュリエットという作品は男同士、女同士のシーンばかりだからな」
そう言うと後藤は、男は隣の教室でやるぞと言って俺達男組をもう一つの空き教室へと追いやった。
何気に初めてくる教室である。所々に机があり、その上には段ボール箱が置いてあった。中を見ると衣装や小道具が入っている。普段、部活動をしている教室にも段ボール箱が置いてあったがこの教室はその比ではない。かなり窮屈である。およそ、物置きとして使ってる教室だろうなと印象を持った。
そういえば後藤が初めて部活を始めたときに、男はこの教室で着替えるとか言っていたな。二つの教室を使うとか贅沢だ……。
後藤はいつも活動している部室へと戻っていった。女子組にどんな練習をするのか指示をだしに行ったみたいだ。
「この教室で練習するみたいだから机とか邪魔になるものを端に寄せようか」
「了解です」
俺達は机や段ボール箱を壁へと寄せていく。長い間掃除をしていないのか、この部屋は少し埃っぽい。とりあえずカーテンを開き、窓を開けた。
強い日差しが入り込む。これだけで鬱屈とした雰囲気が消え去った。
そういえば、水野さんから相談を受けていたことを思い出した。橘先輩に聞くのは今がチャンスだろう。
……だがしかし、どうやって切り出そうか。
急にプレゼントで手作りの食べ物を貰うのは嫌かどうかを
うーん、プレゼントを貰うとしたら何がいいか、とか?でも誕生日プレゼントについてはサプライズだからなぁ。
「そういやぁ橘さんはプレゼントで手作りの食べ物を貰うのに抵抗ってあるんすか?」
うぇぇ、そんな率直に聞くのか。俺が悩んでたのが馬鹿みたいじゃん……。
「手作り? どうして急に?」
「あー、えと、昼休みのときにそんな話題が出たんすよ。俺は抵抗あるんですけど盛岡は大丈夫みたいで」
「ふーん。俺も抵抗はないかな。というか手作りの食べ物とか貰ったことないしなぁ。よくわからないや」
「え? そうなんすか? 先輩、モテそうなのに」
「異性から告白されたことなんて一度もないよ。……少なくとも西園寺や盛岡よりかはモテないね」
「え? あー、そんなことないと思いますけど……」
どうやって返したらいいのか分からん。なんか、何を言っても嫌味になる気がする。
というか、橘先輩が告白されたことがないのは素直に意外だった。性格とか、立ち振る舞いとかめっちゃいいのに……。女は見る目がないやつばかりだな。
「まあ俺も手作りのプレゼントなんて貰ったことねえがな。告白だってされたこたぁねえよ」
「そりゃ、盛岡はな……」
「あ?」
うお、怖……。そういうところだぞ。そんな威圧的だと女の子に好かれるわけねぇ。
「プレゼント、か。西園寺はバレンタインとかどうなの? めっちゃ貰いそうだけど」
「あー、まあたまに貰う程度ですよ」
小学校の頃、何人かに貰ってた。あと、葉月と雨宮さんからも毎年貰ってたな……。まあ中学の頃は雨宮さんを避けてたから貰ってなかったけど。
駄目だ。思い出したら憂鬱になる。
「二人はどうなんですか? バレンタイン」
「義理なら俺も貰ってる」
「あぁ、俺もそうだね」
「へえ、それは本当に義理チョコなのでしょうか……?」
二人を煽るつもりで言った。だけど……自分で言ってて、胸に突き刺さった。葉月のくれるチョコは果たして義理なのか。
「そりゃあ義理だよ。俺は宮野と、演劇部だった二個上の先輩からしか貰ったことないからね。その宮野はクラスメイトにもたくさん配ってるし、先輩も男女関係なく部員全員に配ってたから」
「あぁ、なんかそんなイメージありますね……」
確かにあの宮野先輩はクラスの人全員にチョコを配ってても違和感はない。
中学にもいたなぁ、そんな子。まあそのときの俺は完全に陰の者だったから貰わなかったけど……。
「盛岡は? というかお前にチョコあげる人がいるとか驚きなんだけど」
「うっせーな、幼馴染みだよ。毎年貰ってるわ」
「へぇ」
そういや女の子の幼馴染みいるとか言ってたな。このラブコメ主人公がッ!
……えーと、何の話だったっけ?
あぁ、そうだ。手作りの食べ物をプレゼントとして貰うのに、許容できるか否かだ。かなり脱線してしまったな。
うーん、結局橘先輩はどうなんだろう? 大丈夫、なのか? 気にしないとは言ってたけど……若干微妙なところだ。まあプレゼントは食べ物じゃないと駄目とか、そんなのないからね。別の物でもありということでいいか。
「よし、とりあえずこれでいいか」
橘先輩がそう言って軽く伸びをした。
そう、俺達はようやく机や段ボール箱を全て端の方に寄せ終わった。こうしてみると、割と広い部屋である。まあここには三人しかいないからそう思うのも当然か。
「この部屋、扇風機ないんですかね? 流石にきついですよ」
「あー、確かにないね。先生に言おうか」
暑い中、机や段ボール箱を端に寄せるだけでも一苦労である。もうクタクタだ。汗もかなり出ている。
俺は水筒を取り出して水を飲んだ。
そうこうしていると、後藤が戻ってきた。ジャストタイミングである。
「お、邪魔になるのを端に寄せてくれたのか。お疲れ」
「せんせぇ。扇風機とクーラーが欲しいです!」
「お? あぁエアコンは残念だが無理だなぁ。まあ確かに俺もここにいるのは暑くてやってらんねえから、扇風機、持ってくるか」
「うおっしゃぁ!」
これだけで強く生きていける!
「んじゃ御行、ついてこい」
「……え?」
「扇風機は事務室の隣の部屋に置いてあるからな。お前が欲しいって言ったんだ、手伝え」
「…………え?」
事務室は一階である。対してここは四階。
「嫌だ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く来い」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんだかんだで橘先輩と盛岡にも手伝ってもらい扇風機を導入できた。古いのか、ガタガタと音を立てて羽が回っている。
演劇部の部室は以前、普通に授業を受ける教室として使われていたらしい。だから普段から活動する教室には天井に扇風機が付いていて、夏場はそれを回してる。
しかし、この教室は授業として使わなくなり、ほとんど物置きの状態になったことで天井の扇風機が外されたとのこと。まあ、当たり前といえば当たり前か。
しかし授業を受ける教室にはエアコンがあるのだから部室にも欲しい所存です。
「じゃあ練習……の前にちょっと掃除でもしとくか。埃が酷いな」
「そーですね。了解です」
俺達はモップをかけたり、雑巾で机を綺麗にしたりしてから練習を始めた。
練習では、後藤が教室を行ったり来たりで教えている。基本的には男子組の方が教える時間が多い。
配役が決まったということで、男子組は脚本を全員で合わして通すこととなったのだ。それに伴い、細かい部分まで後藤から指摘を受ける。
一番多い指摘は動きだ。
台詞は毎日の練習で技術を身に着けていったからそこまで問題はない。しかし動きはなかなかに難しいのだ。
自分以外の台詞のときに棒立ちしてしまい怒られたり、激しい動きを魅せるシーンでも常に立ち位置を意識しろと小言を貰う。素人には難しい。
その点、橘先輩は凄かった。
素人目でも分かる。観客を意識した演技、さりげなく俺達に対するフォロー。
声、動作、立ち回り、何もかもが完璧である。そして何よりも、役に入ってる。正しく、ロミオになっているのだ。
俺は共に練習をしている中、橘先輩の演技に惹かれていた。遜色なしに、プロでもやっていけるレベルだと思う。
……正直、二年半だけでここまでの技術を得られるとは思えない。もっと小さい頃からやってきたのか、或いは才能か。
俺も三年の頃にはここまで上達しているのだろうか。
――ん?
……自分で思って驚いた。俺は無意識に、三年生になっても演劇部を続けていると、そう思っていたのだ。俺は演劇部を気に入っているのか?演劇が好きなのか?
……分からない。
今更だが、俺はこのままでいいのだろうか? 演劇に本気で向き合っているわけでもなく、将来の夢もない。勉強だって嫌いだ。進路について、何一つ考えてもいない。
それに、もう関わることがないと思っていた雨宮さんとも間接的に関わりを持てるようになった。
正直、雨宮さんに対して好きだって気持ちはもう無い。これは、りゅうと会ってからずっと考えて、そう結論が出た。
けれど後悔している。感謝を伝えることができなくて。謝ることができなくて。
……まずは雨宮さんに会わないといけない。もしかしたらエゴかもしれないけど、そうしないと駄目なんだ。きっと俺がやるべきことは簡単なはず。それなのに、動き出せない。
どうしょうもない人間だ。
「おい、西園寺。何ぼーっとしてんだ」
「あ……すいません」
……今は練習に集中しよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部活動が終わり解散となった後、俺と盛岡はすぐさま水野さんの元へ行き、プレゼントに関する情報を伝えた。
水野さんは手作りでクッキーを作ることに決めたらしい。料理は家庭科の時間でしかしたことないが、自信はあると言っていた。本人が言うなら大丈夫だろう。俺達がどうすることもない。
そういえば帰り際に宮野先輩が橘先輩に誕生日プレゼント何がいい? と聞いていて水野さんが絶対に負けません、と呟いていた。俺、プレゼントは競うものではないと思うの……。
まあ必死に誕生日プレゼントは何がいいかを考えていたのに、ストレートに訊いてる人がいると複雑になるよなぁ。うん、水野さん頑張れ……。
俺はみんなが帰る中、下駄箱をスルーして直線。一人校内に残り、B棟の一階にある食堂、その近くにある自販機で飲めもしないコーヒーを買うことにした。理由は時間つぶしのためだ。
なんとなくブラックを選ぶ。うん、苦い。
ちびちびと二十分ほどかけて飲んだ。それから俺は下駄箱に行き、靴を履いて校舎を出る。
空にはどんよりと雲が漂っており、薄暗い。今にも雨が降りそうだ。天気予報的には今日はずっと晴れなはずだが。天気は急に変わるものだな。
こんな天気でもセミは五月蝿い。……無性に苛々する。
俺は正門へと行くと、一人の女子生徒の姿を目に捉えた。
葉月である。
葉月は自転車をすぐそばに停めてスマホをつついていた。スマホの光がその場をぼんやりと照らしている。肩より少し下まである黒髪が鮮やかに俺の視線を奪う。葉月はやがて俺に気づくと、スマホをカバンにしまった。俺は葉月の元に着く。
「お疲れ様。遅かったね」
「あ、あぁ……ずっと俺を待ってたのか?」
「えっ、あーえぇっと……ま、まあいつも一緒に帰ってるし何も言わずに置いて変えるのは良くないかなって」
「そっか」
「……」
「そういや白井は? 先に帰った?」
「うん。何か用事があるみたい。一緒に帰りたかったけど仕方ない、だってさ」
「そっか」
「うん……」
「……別に待たずに帰ったってよかったのに」
「だからそれは、さっき理由を言ったでしょ」
「……あぁ、そうだったな」
「……」
「……」
「ねぇ御行、大丈夫?」
「何が?」
「……何だか、中学の頃の御行みたい」
「は? 何だそれ?」
「なんというか、雰囲気が」
「そんなわけ無いだろ」
「そう、なのかな」
「そうだよ」
「……」
「……なあ、葉月。夏祭りの、……いや、やっぱなんでもない」
「……そう。じゃあ帰ろうか」
葉月は自転車を押して、歩き始めた。俺はその後ろに続く。
気づけばセミの鳴き声は聞こえなくなっていて、雨がポツポツと降り始めていた。
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