第20話/真・初めての交渉~おばけちゃんはかわいいです~
ほとんどの冒険者が街へ戻り、がらんとしたエントランス。
商品の梱包をバルガス達に頼んで、私は彼を待っていた。
「おばけちゃん、ここにいたんですね」
営業用の札付きの、整った笑顔でマズダが声をかけてきた。
「待ってたよ」
「待っていた? 私はただ、挨拶をと……」
「いまさら取り繕うのはやめようよ。昨日の続き。するんでしょ?」
マズダがわずかに目を見開き、ふっと笑う。嫌味っぽさが板についた、そんな微笑だった。これが本来の彼なんだろう。
「お見通しか。なぜわかった?」
「最後まで残って、私に話しかけたから。そんな無駄な時間、あなたにはないでしょ?」
マズダの立ち位置は、かなり悪い。今回の敗北で、多額の賠償金に、ギルドに不利な条約を結ばされた。協力した他のギルドも、とばっちりを受けて、そうとうな損害を被った。
そんな状況下でわざわざ最後まで残って、しかも私に話しかけるかな? その時間を事態の収拾に充てるほうが有意義だ。というより、そっちのほうが優先だし。
なら、よっぽどの理由がある。それも他のギルドが帰るまで待つような理由が。
あとはまぁ、カマかけだけどね?
「なるほどな」
苦笑いするマズダ。どうせ帰るふりをして譲歩を引き出そうとか、そういうアレでしょ。
「それで、話を聞いてくれるってことでいいかな?」
「当然。そのためにここにいる」
さっさと本題に入れ、とばかりに言い切る。なら、お望み通りにしよう。
「私が欲しいのは“信頼”……人と関わるのに必要な能力だよ」
その言葉を初めて聞いたかのように、マズダが不思議そうに首をかしげる。
「信頼?」
「うん。私がお願いしたいのは、駅の運営だからね。街の人たちを説得しうる信頼を持つ能力が欲しいんだよ」
「なるほど。交渉役、ということか」
電車なんてもの、この世界には存在しない。便利なものだ、と宣伝するだけでは使ってくれないだろう。安心して使ってもらうには、信頼のある人間に運営してもらうのが手っ取り早い。
マズダは挑むように私を睨む。
「それで、お前は何を望む?」
「お金」
身も蓋もないシンプルな回答に、マズダは言葉が出ない様子だった。
「説明が?」
「……ああ。頼む」
「一言でいうと、保身かなぁ」
ダンジョン駅にはいくつかの問題がある。
そのほとんどが、ダンジョンに対する嫌悪感によるものだ。世間にとって、ダンジョンは粗野で野蛮なモンスターの巣窟という認識らしい。
「ダンジョンって殺戮と略奪を繰り返す邪悪の化身ってイメージなんでしょ?」
「まあ、おばけちゃんのダンジョンは
いくら私が無垢で可憐で白百合のように清純な乙女であっても、ダンジョンに根付く暗いイメージを払しょくするのは難しいんだよ。
そのせいで駅を作っても、モンスターを輸送するために作ったんじゃないか? いつか攻めて来るんじゃないか? って不信を持たれる。
このままでは駅の運営なんてできない。なんとか営業までこぎ着けたとしても、利用者はかなり限られるだろうし、行動の一つ一つでいちいち警戒されてしまう。
その状況で運営を続ければ、何かの拍子にすれ違いが起きて、先手を打って攻略しように切り替わってしまうかもしれない。
だから駅を貸し出しする。いったん私から駅を切り離して、他の人に運営を任せるのだ。
どれだけ正しさを積み上げても、相手が詐欺の常習犯だったら信じられないでしょ?
逆に信頼のある相手なら、多少うさん臭くても、信じてみようという気にもなる。つまりその人の権威を笠に、駅を運営しようってことだ。
だから誰でもいいというわけではない。相応の地位と実績を持つ相手でなければ、この大役は任せられない。
その条件にあてはまるのが、マズダだ。
大剣亭の副ギルドマスターで、今はギルドマスターの代理を任されている。マズダなら、多少ダンジョンのイメージが悪くても、信頼で押さえつけられる。
でも。
「それだけだと、足りないんだよ」
「足りない?」
「私自身の不信感」
こればっかりはどうしようもない。ダンジョンは邪悪、という前提がある以上、たとえマズダを前に出しても、私が裏でこそこそ何かを企んでいる、と思われてしまう。
実際はダンジョンでごろごろしていてもね。
それもこれも、みんな別のダンジョンが悪い。
「まったく、迷惑な話だよ。私ほど清廉潔白なおばけちゃんはいないっていうのに」
「清廉潔白の意味、教えてもらっていいか? 俺とお前とじゃ、意味が違うかもしれないし」
「
「そういうところだぞ」
まぁ。置いといて。
「だからお金が欲しいって話に繋がるんだけど」
「わからないな。それで護衛でも雇うのか?」
「ん~それもありだけど、私自身はしないよ」
私に護衛は必要ないからね。
「正確に言うなら、私がお金を欲しがっている、という事実が必要なんだよ」
「ますます訳が分からんぞ」
「結論から言うと、私の欲望が見えないのが問題なんだよ。だから街の人たちは侵略してくるんじゃないかって不安になる」
侵略が目的だ! って思われてるから問題になるわけで。なら私の目的を“お金儲け”にすり替えてしまえば、むしろ信頼される。
生き残るため、て目的だと理解されにくいけど、お金が欲しいから、なら納得を得られやすい。
駅が十分に発展すれば、山のように利用者が押し掛けてくる。それを見込んで、うちでも商売を始める。それさえ軌道に乗れば、誰もが商売のために駅を作ったんだと判断するだろう。だけど小銭をちまちま稼いでいる程度では、まだダメだ。
「なぜだ?」
「ちょっとしか稼げないままだと、商売を隠れ蓑に街を侵略するつもりじゃないかって、疑惑を生んじゃうだよ。だからいっぱい稼がないといけない」
利益の高さを、私自身への枷とする。
そのためにも、誰からみても“これだけの価値を放棄するはずがない”と思える程度には利益を追求する必要がある。実際に稼げてないと、説得力がないし。
これが私の想定する信頼の稼ぎ方。お金が欲しいという欲望を見せることで、相手に私が何を考えてるかを知らせる。
そうれば、むしろ相手側からこっちに話しかけてくるよ。同じ欲望を持つ相手なら、話が通じるからね?
「まぁ、どのみち最初はこつこつやるしかないけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます