第19話/初めての交渉~おばけちゃん的交渉術~


「やっほー大将やってる?」


 ここはダンジョンの外にあるテント。大将用のかなりしっかりしたテントで、ちょっとした家みたいな大きくて頑丈そうなものだった。

 ここに各ギルドのボスが集まって、何時間も会議をしている。

 テントの前で声をかけると、苦い顔をしたマズダが私を出迎えた。


「おばけちゃん……」

「さて? いい加減話はまとまったんじゃないかな?」


 マズダがちらりとテントのほうを見た。テントの中は昼間でも薄暗く、魔石を使ったランプに照らされたところだけ、ほんのりと明るい。その狭い範囲を分け合うように、6人の男たちが輪になって地べたに胡坐をかいていた。

 6人は私をじろりと睨みすえ、警戒をあらわにしている。


「それとも、お邪魔だったかな?」


 いまだ敵意を隠そうとしない6人に、視線を投げる。

 こちらとしては、結論を急かすつもりはない。まだ時間がかかるのであれば、出直してもいいんだけど。

 マズダは視線を私に戻し、営業用、って感じの笑顔を見せた。


「いえ。むしろ、これからお呼びするところでした」

「そう? なら失礼するね」

「ええ、どうぞ」


 マズダに招かれて、テントの中に入る。大将用のテントってだけあって、広いし内装にもこだわってある。生地も分厚いので声が外に漏れる心配もないし、断熱性も高そう。

 私がきょろきょろと内部の観察をしている間に、男たちは移動して私の座る場所を作った。

 さすがに私の隣に座りたいって人はいないみたいで、私の対面に全員が一列に並んで座った。なんだか、面接のポジションみたいで嫌なんだけど。

 立っていてもしょうがないので、とりあえず正座する。おばけなので足が痛くなることもないし、役得だよね。

 私が座ったのを見て、獅子王ことシンハが口を開いた。


「まず、交渉の席に着いてくれたこと、感謝する」


 おや? シンハが口火を切るんだ。てっきりマズダが会議を仕切ると思っていたけど。もしかして、ダンジョンでの醜態が響いたとか?

 ま、どっちでもいっか。


「いえいえ。こちらこそ、話し合いの席を設けていただいて、ありがとうございます」


 適当な社交辞令を交わす。お互い、ちっともそんなこと思っていないけれど、それをわざわざ伝える必要はない。


「とりあえず、勝負は私の勝ちってことでいいかな?」


 挨拶代わりの質問に、マズダでなくシンハが鋭い視線で返した。


「それを含めての交渉だと思うが?」

「なら、勝敗が決まってからでいいよ。そのほうが、お互いに話しやすいでしょう?」


 ようするに、無条件降伏が交渉のテーブルに着く最低条件だ、という意味である。それを聞いた獅子王が、小さくうなる。

 通常のダンジョンなら、戦えば戦うほどDP魔力を浪費するので、休戦協定にも意味がある。だけどうちの場合は潤うので、むしろウェルカムなんだよね。ついでに冒険者たちの弱みも握れるし。

 なので続行するなら好きにすればいいよ? ただまぁ、冒険者側としたらたまったものじゃないだろうね。

 新米ダンジョンにこの規模の編成をしてぼろ負け、そのうえ一年分の生活費を徴収されるとなると、大剣亭の存続にも関わるに違いない。

 大剣亭としては、いつでも攻め込める、というカードで交渉を有利に進めたい。あわよくば脅迫ネタを抹消、それが無理ならせめて勝敗をうやむやにして、負けをなかったことにしたいはず。

 もちろんダメだよ? うちの生活費がかかってるんだからね。


「まぁ、うちのために精一杯働いてね」

「舐められたものだ。こんな木っ端ダンジョン、いつでも潰せるのだぞ?」

「がんばれ、がんばれ(はーと)」


 甘い声でそう囁いたら、なぜかシンハの顔が引きつったんだけど。解せぬ。


「じゃ、交渉の続きは、勝敗が決まってからとしましょうか」


 といって出ていこうとすると、シンハが落ち着いた声で待ったをかけた。


「まあまて。結論を急ぐ必要はないだろう。うちとしても、貴殿のダンジョンを攻略するのは心苦しいのだ。どうだ? ひとまず一時休戦としないか」

「うちはぜんぜん。むしろ続けてもいいんだよ? 先につぶれるのはどちらかな?」

「試すか?」

「どうぞ?」


 にこっと笑顔を向けると、シンハも口の端を釣り上げて牙を見せる。

 やれやれ。強情だな。

 しょうがないのでトドメをさしてあげよう。


「ところで、うちの新しい特産なんだけど、ちょっと見てもらえない?」


 そう言いながら、この場にいる全員に持ってきたモノを配る。金属製の丸い板で、裏に安全ピンがついている。そう、缶バッチだ。

 アニメキャラとかのプリントの代わりに、マズダのアへ顔が印刷してある。

 男たちが一斉に短い悲鳴をあげる。

 その後の行動は千差万別だった。ある者はそれを投げ捨て、ある者はそれに拳を降り降ろし、またある者は怯えるように頭を抱えた。

 ハハハ。気に入ってもらえたようだね?


「こっちがダブルピース版、こっちがキラッ☆版で……」

「い、いくらだ、いくら欲しい!」

「プレゼントするよ。いくらでも作れるし」

「こんの、クソ外道が!」


 マズダが切れて罵声を浴びせてくる。か弱い女の子を脅迫するからだよ。

 ちなみに、ここにいる人たちの缶バッチも作ってある。屑鉄とかがいっぱい手に入ったからね。いっぱいバリエーションを作ったんだよ。

 せっかくなのでみんなに配ってあげる。私ってなんて優しいんでしょう。

 自分のアヘ顔缶バッチを受け取った男たちが歓喜怒りに震える中、一人だけ体を硬直させる人物がいた。

 この場で、彼だけは唯一缶バッチを作れなかった。写真がなかったからね。


「あなたも缶バッチ欲しい?」


 “獅子王”シンハ。最強にして無敗の男。

 私の提案脅しに、不敵な笑みで返す。


「あ、うちの負けです。交渉に入りましょう」


 “獅子王”シンハは、速攻で降参宣言した。恥も外聞も投げ捨てて、白旗を全力で振る。その姿はもうデカイ猫だね。


「シンハアァァぁぁ!」


 シンハのマズダが吠えたてる。


「貴様! 俺に任せろと言っていたではないか!」

「すまない。俺には部下を守る義務がある」

「こっちを見ろ!」



――――――――――――



「「っあ”ぁ~」」



 気の抜けたような声を吐き出し、マズダとシンハは湯船に浸かる。

 おばけちゃんと交わした“お風呂場に争いごとを持ち込まない”契約で、安全地帯となっている。

 おかげで安心してひと汗かける。まぁ、その代わりにお風呂場の掃除などの面倒ごとを引き受ける羽目になったが、その程度でここが利用できるなら安いものか。


「ダンジョンは鬼畜だが、この“お風呂”というのは評価している」

「確かにな」


 マズダの独り言にシンハも同意を示す。

 ダンジョン内の男湯には、今はこの二人しかいない。内緒話をするにはちょうどよいシチュエーション。


「おばけちゃんのあの提案、お前はどう思う?」

「駅、だったか」


 交渉自体は、わりとあっさりと終わった。おばけちゃんに奪われた映像は封印されて、缶バッチなどにも利用しないことを契約させられた。

 そこは思った以上に、簡単に片づけられた。どれほど贈り物口止め料を請求されるかとひやひやしていたのだが、マズダ達の予定額よりも3割ほど安くで収まった。

 しかし、その先の提案が真の問題だった。

 交渉の最中に持ち掛けられた、おばけちゃんの提案。それは“駅”の運営に協力してほしいという内容だった。

 こんなことは前代未聞である。冒険者ギルドが、ダンジョンにスカウトされるなど。

 マズダの問いかけに、シンハはううんと唸る。


「政治的なあれこれは分からんが、悪い提案ではなかろう。人の足では何日もかかる遠くへ、人や物を届ける。それによってダンジョンは魔力を得て、我々は交通という利益を享受する。敵対でなく共存を。俺はそのほうが好みだな」

「俺は心の底から恐ろしい」

「なにがだ?」

「逆に考えてみろ。すべての流通をおばけちゃんに握られるということだぞ?」


 最初はあまり人は集まらないだろう。ダンジョンの乗り物に乗りたいと思うのは、一部のもの好きだけだ。こればかりは仕方がない。

 だが、時間が経ち信頼を得られれば、利用者は急激に増える。

 大剣亭のある街まで、馬車で1、2日はかかる。それがわずか1時間で済むとなれば、多くがそちらを選択する。わざわざ歩いて物を運ぶなど、非効率的に過ぎる。

 いずれ、おばけちゃんの駅が当然の交通手段になる。その確信がマズダにはあった。


「“デンシャ”なるものが普及して、利用する人間が増えるほど、影響は強くなる。いずれおばけちゃんは流通を牛耳ることになるだろう。そうなれば、おばけちゃんは莫大な権力を持つことになる。誰も逆らえなくなるぞ」

「む。それはそうだが」

「だからこそ、俺はこの勝ち馬に乗るつもりだ」


 驚いたように、シンハが目を見開く。

 おばけちゃんの提案に、マズダは一貫して否定的な態度を崩すことはなかった。反対派なのだろう、と思っていたが。

 唐突な心変わりに、シンハは疑問を口にする。


「あまり乗り気ではなかったようだが?」

「あれはただのパフォーマンスだ」


 当然、とばかりに、マズダは続ける。


「あの場面で俺が賛同しみろ。ほかの連中も、儲け話と思って乗り込んでくる。それでは俺たちの取り分が減る。パイは切り分けずに独り占めするほうがいいだろ?」

「なるほど」

「休戦協定も結ばれた。集まった冒険者たちも各自帰還する予定だ」


 おばけちゃんとの契約が結ばれた後、多くの冒険者が帰り支度を始めた。すでに街へと出発したギルドもある。

 攻略できないダンジョンにいつまでも留まる必要はない。明日の朝にはほとんどが引き上げるだろう。


「そこで俺は、おばけちゃんの下に付くつもりだ」

「正気か?」


 確かに大剣亭は親ダンジョン派に傾きつつある。だがそれは、ダンジョンと敵対しない、という意味しかない。これ以上攻め入っても消耗するだけだから、交渉で片をつけよう。その程度だ。

 マズダはさらに踏み込むつもりだ。

 マズダには後がない。いままでの失態に加え、今回の敗北。このままでは副ギルド長の座どころか、大剣亭からも追い出されかねない。

 だからこそ、もっと懐に入り込む。駅事業が軌道に乗れば、おばけちゃんは強い権力を手にする。そうなれば挙っておばけちゃんに取り入ろうとするだろう。

 その時に懐にいれば、莫大な利潤を自分たちも得ることができる。大剣亭のギルド長などという身分にこだわる必要もない。


「シンハ。お前もこちら側につかないか?」

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