第10話/ダンジョンの日常~魔王襲撃まであと100日~
マルガたちが帰ってから、1週間が経った。
最初こそバルガスたちも警戒心びりびりだったけど、今じゃ……
「バルガスさん! 何度言ったらわかるんですか! 裸でエントランスを歩き回らないでください!」
バルガスが全裸にタオルを肩にかけたスタイルで、エントランスを横切る。ゴブリン退治で返り血を浴びたので、さっきまでお風呂に入っていたのだ。
びしょ濡れ、というほどではないけれど、ぽたぽたと水滴が滴る程度には生乾きだった。そのせいで、バルガスの歩いた後に濡れた跡が残されている。
それを見とがめたテイドリーが、バルガスに突っかかった。
「ち、うっせえな。いいだろ別に」
「よくないです。小さい子供もいるんですよ?! そんな汚らわしいものを見て、心に傷を負ったら、どう責任を取るつもりなんですか!」
「汚らわしいって、お前!」
この世界の男連中は全裸でも気にならないみたいで、風呂から帰ってくるとき、いっつもびしょ濡れのままエントランスに戻ってくる。なにしろ、彼らの寝床はエントランスの隅っこ、ダンジョン入り口の右隣にあるのだから。
こんなことなら、風呂の近くに男連中の部屋を作ればよかった、と後悔しても今更か。
最初は私も、服着てから戻ってきてね、と注意していたけど、男連中が聞き入れるはずもなく。……いまでは日常の光景になりつつある。
できればやめてほしいけど、この程度のことをいちいち命令で縛るのもなぁ、と思って口頭での注意に留めていた。そしたら黙認されたと思ったのか、まったく気にしなくなったんだよねぇ。
それにとうとう堪忍袋の緒が切れたテイドリーがぶちぎれたのだ。
え、なんでテイドリーがいるかって? それは――
『エレン?』
不安そうにあおばが声をかけると、テイドリーは怒りの表情をさっとかき消し、振り向いた。
「あおばちゃん、ごめんね。うるさくしちゃったかな?」
さりげなく背中でバルガスを隠しつつ、あおばに視線を合わせる。それが気になったのか、あおばがテイドリーの後ろを見ようと体を傾けた。
「見ちゃだめだよ。目が穢されるから」
『?』
もちろん、見えないようにテイドリーにブロックされる。
バルガスが不貞腐れるように、「俺は汚物扱いかよ」とかぶつぶつと文句を言っているけど、さすがにあおば相手に醜態をさらしたくはないみたいで、そそくさとズボンをはいて誤魔化す。
そう。テイドリーがここにいるのは、もみじとあおばがむさくるしい男連中とともにダンジョンに取り残されるから、だ。
いわく、ケダモノ揃いの危険なところに取り残されたら、可憐な姉妹がどんな悲惨な目にあわされるかわからない、自分が姉妹を守護らねば……だそうで。違約金を支払うからと、マルガに頼んでここに残ったのだ。
マルガはそれを快諾。むしろお金を払うから、ダンジョンの護衛をしてほしいと依頼した。
まぁ、もみじとあおばにも友達が必要だし、人員が増えるのはいいことだ。というわけで、エレン・テイドリーが仲間になった。
『エレン、おふろいこ』
「うん」
あおばに手を握られて、潰れたスライムみたいに顔をほころばせるエレン。こうしていると、むしろエレンのほうが危険なんじゃ? という疑惑が湧いてくる。
……気のせいだよね?
まぁ、もみじもあおばも懐いてるし。大丈夫……だよね?
バルガスたちが来てから、ダンジョンも少し変わってきている。
まずは、ダンジョン入ってすぐの右側に、男連中の部屋ができたこと。
2段ベッドを4つ詰め込んだだけの狭い部屋で、仕切り代わりのカーテンがかけてあるだけだけど、いまのところ不満は出ていない。
まぁ、解消しようにも、いまは予算が足りないんだけどね?
次に姉妹が暮らす部屋の隣に、エレンの部屋ができたこと。ここにはちゃんと扉をつけた。防犯上やむなし、ってことで。
人数が増えたので、お手洗いを増設。お風呂場の更衣室と、男子部屋の隣、あとエレンの部屋。どれも穴にツボを置いただけのシンプルな構造だ。
最後はカジノルームの奥に、新しいエリア。ここはカジノルームを抜けれるほどの連中を相手するため、まったく新しい仕掛けを用意してある。
「あ、そうだバルガス」
「あんだよ」
「みんなを集めてきて。新しいエリアの調整するから」
「おう。……ってちょっとまて」
バルガスが手のひらを突き出して、制止する。
「なに? 仕事だから拒否権ないよ」
「そういう話じゃなくてだな。その……いいのか? いくら契約で縛られてるっていったって、俺たち部外者だぜ?」
「ああ、そういう。問題ないよ?」
バルガスは、情報が漏れることでダンジョンが攻略される危険性が上がることを心配しているんだろう。でもまぁ、大丈夫。
これに関しては、教えるのが目的みたいなものだから。
簡単に言うと、示威行為ってとこかな。ここは危険だから、近寄らないでね? ていう圧力を、情報という形で提供する。それも高く見積もってもらえるように、超絶危険地帯だと思わせるように、多少の誇張を含めて宣伝する。
そうすれば相手は実際よりも危険な場所と認識して、手出しを控えるだろうし。
「そんな訳で、説明するときは大げさにお願いね」
「……俺たちが攻略できない前提で話してないか?」
眉間にしわを寄せて、バルガスが詰め寄ってくる。
「言っとくが、俺たちが負けたのはギャンブルであって、ダンジョンじゃねえよ。普通のダンジョンだったら、とっくに攻略してるからな?」
「普通にダンジョンを作っても、私が勝つよ?」
「セオリーも知らねえくせに?」
「やけに突っかかるね」
バルガスにも冒険者のプライドがあるのか、なんか面倒くさい絡み方してくるね。
「ふむ。……いい機会かな?」
いずれはやることになるんだし、予行練習も本番さながらにやったほうが、問題点も見つけやすいか。
「なら、勝負する?」
「なに?」
「もしも勝ったら、解放してあげるよ」
「……俺たちに出せるものはないぞ。服もあんたからの借りものなんだからな」
まぁ、全裸で風邪ひかれたら困るからね。質に入れた服を貸し出してる。だからバルガスたちが素寒貧なのは承知の上だし、労働時間を伸ばしても意味はない。つまりバルガスと勝負するメリットは、こちらにはないんだよね。
「だからあなたたちのボスに連絡して。できるんでしょ?」
バルガスが一瞬硬直する。だけどすぐにとぼけた顔をした。
「何の話だ?」
「隠さなくていいよ。近くに待機させてるんでしょ? 夜にこそこそダンジョン調べたり、抜け出したり。気づいてるからね?」
「ちっ」
バルガスが舌打ちで肯定を示す。
「で、俺にどうしろって? 言っとくが、俺が何を伝えたからって、あっちが受けてくれるとは限らねえぞ」
「それはわかってる。だから、招待状を届けてほしいんだよ」
「ダンジョンの奥地の探索。拒否はしないでしょ?」
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