プラシーボの海

 プラシーボ。

 または、プラセボ。

 君はこの言葉を、一度でも聞いたことがあるかな?


 ……とはいえ、今の君には僕の言葉でさえ聞こえていないかもしれないけれど。


 今、僕が君に見せているこの瓶の中身。

 これが「プラシーボ」だよ。

 美しいだろう? この青い、ひと粒ひと粒が、君の中に溶け込んでいくんだ。

 想像してみて。

 溶け込んだ先、君の体はいったいどうなってしまうのか。

 きっと、君が君でいられなくなってしまうかもしれない。


 ……でも安心してよ。


 もしも君が「君」でなくなるなら、

 代わりに僕が「君」のことを誰よりも大切にするよ。


 もしも君が「君」を忘れてしまうなら、

 代わりに僕が「君」のすべてを憶えているから。


 さあ。

 この瓶を手に取って?

 このプラシーボの海に沈んでしまおうよ。


 怖くはないよ。

 だって、これは「偽薬」。

 偽物の薬なんだから。

 すべてを呑み込んでしまったとしても、君の体に影響はないよ。


 もっとも、僕の声が聞こえている限り、の話だけれどね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る