世界を救ってみせてくれよ主人公
GOA/Z
episode01 起
「世界を救ってみせてくれよ
ゲームウインドウに夕陽に彩られ鮮やかに描かれる女性NPCキャラが喋った言葉がテキストとして反映され表示される。
そして画面には選択肢が二つ点灯。
否定を意味する「そんなのお断りだ」という台詞には目もくれず俺はコントローラーを握る指先は迷うことなく、上の選択肢を選び決定ボタンを押した。
もちろんここでBADENDを選択する程ゲーマーとして捻くれてはいない。
というよりもどうしてこんな選択肢があるのか不思議だけど……。
「もちろんだ 」
問いに答えNPCキャラの名前を選んだ瞬間。ゲームの進行中いつも暗く曇った表情ばかり浮かべていた彼女が初めて笑ってみせる演出が唐突に入った。
突然のイベントシーンはプレイヤーである僕に不甲斐なくもドキリと心弾ませてしまう。
たとえこれがゲームだと理解していても、いつもツンツンしていた彼女の急な表情変化はとても嬉しくゲームクリア目指してここまでやってきてほんとぉ~に良かったと心の底から感情が溢れ出る。
「おにぃ、約束忘れたの」
棘のある鋭利な言葉が背後より突然降ってきた。
感動的なシーンに心奪われ感傷に浸り時が経つのなんかすっかり忘れゲームに没頭していた代償は重たかったと痛感する。
僕は妹の怒りを買ってしまったのである。
僕の部屋に断りもなく押し入り、膨れた顔で仁王立ちする妹はまさしく修羅そのものと言えよう但しそのことは決して他言無用。
言ったが最期、死よりも恐ろしい天罰が落ちるに違いない。
例えば僕の場合これまでバイトや親からの小遣いを持ち寄り蓄えてきたゲーム一式その全ての処分とか…………、考えただけで身震いしてしまう。
「忘れてない、忘れてない」
「本当に???」
かなり疑り深く、ゲーム画面を前に座り込む兄に対し身体を移動させ目線を合わせ何度も覗き込む。
冷や汗が出そうになるも部屋に備え付けの時計の針がチラッと視界に入った。
「ほらっ約束の時間までには………………」
「約束の時間、何時か教えて教えてほしぃーな。私忘れちゃたみたいなの」
自分で墓穴を掘ってしまったことに気づいたのは指差す先、時を刻む道具の針が午後二時を既に過ぎていたのを確認してからだ。
もう誤魔化しきれない。
妹は漸く理解したのかと呆れ顔を灯すとコロリと変化し次はニヤケ面になった。
「お分かり頂けましたでしょうか」
返事を言葉ではなく態度で示すように首を縦に二度頷きこれ以上災いに触れないよう慎重な行動を心がける。
時間は午後三時。
約束の時間をとうに一時間も過ぎていた。
妹が喧嘩腰で食って掛かるのも正当な対応で申し訳無さが心に重く伸し掛かる。
「すまなかった。すぐ行こう」
「ちょあにぃ恥ずかしいぃぃー」
傍らには既に外出用のショルダーバッグを用意していたので背負うとモニターを消す。
続きは帰宅した後の楽しみだと肝に銘じ妹の手を引き外出していく。
その際急いで行こうと妹の手を握ったのだが兄の手を嫌がりすぐに離されてしまった。
昔はよく「あにぃ」と言って後を付いてまわり仲の良い兄妹で、それは今も変わらないと僕は思うがやはり妹も中学三年ともなれば兄との間に壁が出来るのも致し方ないのかなと反省、反省。
電車に乗り妹と向かった先は、九州の玄関口福岡において最も人が集まる地域博多。
今日の買い物のお目当て。
妹が誕生日プレゼントにねだる服を求め地元を離れ都会へと遠出したのである、
とは言え電車に揺られること三十分ほど。
その長くともない短いとも言い難い時間を僕と妹は何を語り合うわけもなくお互いにスマートフォンに視線を落とし時が過ぎるのを待った。
「博多~博多~」
「次降りるぞ」
「分かってるって。しかしおにぃ本当にあの服買ってくれるの、めっちゃ高いんだよ!」
妹が誕生日に願った服の価格は二万を越えた。
想定を越える物であったがそこは兄の威厳だ。一度口にしたことを撤回したくないとの気持ちが拒否することを拒んだ。
それに好きなゲームの環境を整えるため高校に入ってからバイトを始め貯蓄に回した分を用いれば妹への誕生日プレゼントも払えるはず。
多分払える。もし予想を超えた時はお年玉を切り崩すしかない……と半分恐れを懐きつつあることは勿論内緒だ。
「まぁそこは心配しなくていいからさ」
「ふぅ~ん。ならここはお言葉に甘えさせてもらうね」
可愛い笑顔を向けられ、僕はつい外出のためにセットした妹の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「もぅ止めてってば」
言葉では嫌がっていても、行動に顕れておらず僕は博多駅に到着するその時まで撫で続けた。
「ねぇ知ってる?」
「なんだよ急に」
「今、駅前広場で大規模な雑貨市が行われてるんだってテレビで言ってたの。服行く前に寄ってもいい?」
「構わないぞ。なにせ今日の主役は柚子お前なんだからな」
「よしっ、これでアクセサリーゲット」
幸せそうな妹の顔は見ていて楽しい。
ただ今のは空耳に違いない。
とある台詞については聞かなかったことにして目的地へと向かう。
博多駅前広場では雑貨市が開かれ大賑わいを見せ集まってきていた人で場は溢れ返る。
数あるショップの中からテレビで映ったという目当ての店を探り出し、見事求めていたアクセサリーを購入することが出来妹は大層喜んだ。
と同時に僕の財布も少し軽くなった。
雑貨市に行きたいと申し出た時、聞き間違いかとスルーした一言がここに来て効いてきて口車に乗せられるままつい買う予定の無かった商品を買わされてしまう僕。
一方妹は早速アクセサリーを胸のあたりに、嬉しそうに自撮り写真を僕の横で撮る。
「う~んなにか物足りない……そうだあにぃも入って。はい笑ってぇーーーピース!」
横で妹が満足するのをそっと眺めていると、唐突に腕を掴み寄り添わせるもう一度。
今度は兄である僕も込みで一枚の写真を撮影し満足げに撮った写真を確認する。
「ふふふ仲の良いご兄妹ですね。宜しければ私が写真をお撮りしましょうか?」
店舗前で微笑ましく写真を取り合う兄妹の姿を間近で見ていた店員は自分の店の商品が誰かを喜ばせる光景に嬉しい気持ちを感じる。
そして親切心から声をかけた。
「ではいきますね。三、ニ、一」
「何あれ?」
俺と柚子が写りこむ二枚目が撮られるという時広場のどこからともなく女性の声が聞こえた。
次第に周囲の人間が揃えて同じような言葉を口にして波紋が広がる。
「おにぃ何あれ?」
「あれって……スクロール?でもゲームのイベントなんて今日告知されていたっけ」
白い触手を空に向け無数に揺らめかせ、触手の主ヒト型をした謎の着ぐるむ姿をした白い何かが出現した。
最初起こった人々の戸惑いはこれから何かが起きる期待感溢れる好奇心へとすげ変わりボルテージは高まる。
写真を撮ってくれた店員も会場運営者から聞かされていないのか僕達の後ろで悩んでいるようだ。
僕と妹は遠巻きにそれらを眺めるに留まる。因みにスクロールとはさっきまで僕がプレイしていたゲームに登場する敵キャラだ。
博多駅前広場には交番がある。
コスプレイヤーが広場で暴れているとの通報を受け警官が二人駆けつけ謎のモノに接近を試みた。
「大人しく手を上げろっ!」
警官の一人が拳銃を構え静止を促す。
コスプレイヤーに拳銃を持ち出す警官はやり過ぎだと周りの傍観者は思う。
だが違った。彼の勇気ある行動は英断だ。
でも遅かった。
躊躇せず発砲すれば変わったかもしれない……。
「先輩っ、この化け物め」
勇気ある行動をした警官を襲った悲劇。
凄惨たる現場。血飛沫が周囲を赤く照らす。その中心地無造作に切り裂かれた警官の頭部は転がる。
薙ぎ払われた触手の一端によって殺された相棒に代わり残った一人の警官は拳銃を発砲。
全部で六発の銃声が広場に轟いたが無意味二人目の死者が出た。
広場はパニックに陥る。
次々に触手の餌食となり、死者が増えるなか妹を連れ一刻も早く立ち去ろうとしたが……。
別のところからも悲鳴が聞こえてきた。
声の方向は全く別だったが、そちらでも触手が動くのが見えた。
「何体いるんだよ」
冷静では無かったにせよ、周囲を見渡せば複数体が確認出来どこに逃げれば良いのか分からない。
「あっち行こっ」
妹が指すのは博多駅の内部。
今のところ、外に複数体の何かがいることは判明し少しでも安全そうなのはまさにそこしか無かった。
しかし考えることは誰しも同じ。
人の流れは固定化し、建物内部への入り口は人が殺到。
「柚子っ!」
走っている最中人に押され、妹は転倒してしまう。立ち止まることは死を意味する。
「おにぃ」
逃げ遅れた妹を襲おうと触手は動く。
柚子を守ろうと僕は妹の盾となり抱き寄せた。
恐らくはこれでも無意味。
死は免れないだろうが、責めて妹だけでも心の中で神頼みするしか他に道は残されていなかった。
「雑魚が死になさい」
透き通った女性の声がした。
身体に痛みが襲うこともなく何が起きたのかと困惑する思考の中後ろを振り返る。
それはまさしく夢のような出来事。
この光景を知っている。ゲームのプレイ画面がフラッシュバックしたようだ。
儚い少女が最終決戦を前に浮かない顔を見せ不安感を拭い去るようにでも震える声で冗談のように聞いてきた。
あの言葉。
「世界を救ってみせてくれよ主人公」
その光景と限りなく近くだけど、明らかに違う姿が瞳に映る。
そして言い放つ言葉。
「世界を救うぞ主人公さん」
人間を突然襲ってきたスクロームを倒してくれた少女の名前を僕は知っている。
「ヒノミ?」
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