第3話 不死身の代行者

ギルドの裏仕事。それは表には出せない危険すぎる任務や、裏社会からの依頼、真っ当ではない依頼などを秘密裏に処理することである。そしてこの任務を請け負う処理人こそが『代行者』だ。聖エストリル王国中央ギルドお抱えの代行者は合わせて10人。それぞれがそれぞれの理由や目的を持って裏仕事を行っているーーーーー。



……人を殺すことに抵抗感がなくなったのは、代行者になってから2ヶ月とかからなかった。暗殺、組織の崩壊、復讐。様々な依頼が飛び込んでくるこの世界で、ルカが身につけた能力は無関心だった。人間の心を持ったまま人の命を奪い続けるなど真っ当な神経ではやっていられない。だから、無関心。忠実なギルドの殺戮マシーンと化すことことだけが、ルカの心を保つ唯一の方法だった。そんな彼が裏仕事を続けるのはたった一つの目的の為。だがその目的が彼の口から語られることはまだ、ない。



「遠…すぎんだろ………」


今回のブラッドリースライム討伐依頼の任務地、クロユリの村へ向かうため、ルカは聖エストリル王国首都、カンパネラから2日かけて向かっていた。今回の任務は3日以内の討伐が要求されている。移動時間を引いて、残り1日。魔獣討伐の経験の少ないルカにとってたった1日での討伐依頼は正に無理ゲーと言えるだろう。


「それにしても暑いな…」


ルカの額には汗が伝い、すらりとした白髪は汗でじっとりとしている。クロユリの村は本来長閑な風の吹く町だったと聞く。何故こんなにも暑いのか。次の丘を超えたら…クロユリの村が見えるはずだ。



間も無くして丘の頂上に至るルカ。クロユリの村を視界に入れたルカの額に流れていた汗は、冷や汗へと変わる。


「なんだよ…これ…」


ルカが見つめるクロユリの村は、爆炎と黒煙が立ち昇り、天まで炎が届きそうなほど燃え上がっている。更に、ブオオオオオ!!!と咆哮する2階建ての建物を優に超える大きさのスライムがその巨体で建物を次々に倒壊させていた。


討伐依頼、ブラッドリースライム。動物の血を吸収することで巨大化、凶暴化する危険生物。本来サッカーボール程の大きさしかないブラッドリースライムがあれほどの大きさになるには…。

村1つ分程の大量の血を摂取する必要がある。


「………そうか、つまり、そういうことか」


ルカは静かに仮面を着ける。


心を無関心にするスイッチである仮面を身につけ、目標を視認する。これから自分が出来ることは、ただの殺戮のみだ、と。


「………任務、開始。」


丘から飛び降りるようにクロユリの村へと疾走する。次第に大きくなっていくブラッドリースライム。そこへアキハから受け取った対スライム用魔弾を1発打ち込む。効果は分からない。

発射。から3秒ほどして、接触。

……何も起こらない。ブラッドリースライムは攻撃されたことにすら気づいていない様子である。

…もう1発、と撃とうとしたその時、バァァンと巨大な針状結晶がスライムの体内から飛び出した。


「ギャオオオオン!?」


ブラッドリースライムはぐにぃと巨体をうねらせボトボトと赤紫色の塊を地面に落とす。

ルカは素早くリボルバーに弾を詰め、その落下していく塊に爆発弾を撃ち込み全て破壊した。


針状結晶と爆発によって一回りほど小さくなった、と言ってもまだ10m程の大きさがあるブラッドリースライムは自らを攻撃した存在、ルカを認知し、攻撃形態へと移行する。流動体のような形をしていたブラッドリースライムは自身の上端部に体を構成していた流動体をゴウンゴウンと集結させ、硬質化。圧倒的な密度となったブラッドリースライムは恐るべき勢いでその体の上端部をルカ目掛けて発射した。


「…!!」


攻撃が、来る。

ルカは瞬時に反応するも、時既に遅し。圧倒的な密度と速度、硬度で発射されたブラッドリースライムは、ルカの身体の上部へと急接近。

避ける間も無くモロに攻撃を喰らったルカの身体からはパァン、と破裂するような生々しい音が鳴り響いた…。

ブラッドリースライムはルカの腰から上を消し飛ばし、後方にある丘までも吹き飛ばしていく。

ドオオオンと大きな音を立てて丘から岩石が崩れ落ちる。腰から下、そして肘から先だけとなった〇〇の身体はそのまま、ぐちゃりと地面に倒れおちた………。


じわじわとルカの腰から流れ落ちる血。

ブラッドリースライムはその血を啜る為、巨体をゆっくりと動かしルカに近づく。ズルズル、ズルズル、と段々ブラッドリースライムは接近する。全く動かない、既に完全に死亡しているルカを捕食する為、巨大な本体を引き摺り、ゆっくりと。ゆっくりと移動する。ルカを見下ろす形にて静止。そして………捕食。ぐぱぁっと捕食するために大きな口を開け、ルカを呑み込んだ…瞬間。


パァン、と1発銃声が鳴り響いた。


1…2…3秒経過。

何が起きたか分からず、静止していたブラッドリースライムを襲ったのは、あの針状結晶だった。


「グオォオォォォォォォ…!?!」


ブラッドリースライムの体内から出現したその結晶は、1度喰らった物とは規格外の大きさをしており、体が完全に分裂する。あの巨躯が、分裂し一つ一つがサッカーボールほどの大きさまで小さくなっていく。


「きゅ…きゅぃぃぃ?!!!?」


その咆哮と呼ぶには小さな声は自分の現状を受け入れていないような声だった。


何、何が起きた。痛い。血が、血が足りない。もっと啜りたい飲みたい大きくなりたい。どうして、どうしてあの仮面は!殺した筈なのに!!なぜ!どうしてまたこの石が!!

ブラッドリースライムが初めて感じた生命の危機。食欲だけに従って生きてきた獣を襲った初めての生存欲求。


そこにカツコツと近づいてくる足音。


「………殺したと思ったか?」


下半身だけになっていた筈の代行者はその小さな獣に魔弾銃を突きつけた。

代行者は何故か傷一つなく、唯一着ていた服が血みどろなのが致命傷を与えた筈の記憶を思い出させる。

仮面が外れた代行者は男なのか女なのか分からない顔立ちをしていた。だが、その可憐な顔立ちからは想像も出来ないほど不気味な威圧感を感じる。代行者は静かにカシャンと撃鉄を起こす。


恐怖のあまり小さなスライムはプルプルと代行者から逃げるように、バラバラとなったかつての自分と再び合体すべく体を転がせる。

いやだ。死にたくない!また大きくなれば…血が、血さえもっと呑めれば……こんなヤツ……!


「……死ねないっていうのも…苦なものよ」


パァン、と銃声がひとつ。任務完了の音が誰もいなくなったクロユリの村に鳴り響く。太陽は既に、西の山に隠れようとしていた。


「任務、完了……」


夕日が照らすクロユリの村の中でたった1人の人間はふぅ、と溜息をひとつ付いた。


彼の名はルカ・???(公開情報無し)。 聖エストリル王国中央ギルドの代行者。二つ名は死の番人。様々な魔弾と魔弾銃を扱い、暗殺から雑用まで全てこなす元冒険者。白髪と中性的、かつ幼い見た目が特徴で、戦闘時は仮面と黒のローブを着用する。性別は無記載。年齢も不明。妹が居るとの情報有り。その身に宿る呪いにより、『不死身』となっている。


「…暑さは…だいぶマシになったかな」


傍に落ちている血みどろのボロボロのローブを拾い、ルカは着ていた血の着いたシャツのボタンを外す。


「帰るか…」


夕日が哀愁に満ちたルカの顔を照らす。彼の白髪は夕日を反射し、オレンジ色に染る。


「ん……あ やっべぇ 任務今日までだった!」


一息つく間も無く、足早に帰路に着くルカ。夜に包まれゆくクロユリの村は完全な無人状態となるのであった。

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