第2話
「おい、村山」
「はいっ」
「また、ここ間違えてるぞ。これで何回目だ?」
「すみません! すぐに直します」
僕は
今までのアルバイトで接客業をしてきた経験と人懐っこさを買われて、そこそこ大きい会社の営業課に配属された。しかし、営業成績がなかなか伸びず、ここのところミスも続いてしまっている。
「アイツ、営業向いてなくね?」
「しっ、聞こえるだろ」
「いや、でも事実、成績も後輩の一年目に負けてるしよ」
先輩たちの聞こえよがしの陰口を後ろで聞きながらも黙々と修正業務を続けた。
本当にこれでよかったのか、何百回と自問自答してきた問いが脳裏をよぎる。
それを振り払うように頭を振っていた時だった。
「村山先輩、お疲れっす」
「う、うわっ! お、お疲れ」
不意に声をかけられて、肩が跳ね上がる。
「何、ビックリしてんすか?」
「い、いや。……それより外回りはどうだった?」
「いやー、やっぱ新規は難しいっすね」
彼は大学時代のサークルの後輩で、一ノ
一年目にして営業成績でトップを競っていて、やり手営業マン。外回りの営業から戻ってきて、僕の隣のデスクに腰を降ろした。僕は、パソコンと書類を交互に見比べながら、数字を入れ直す作業に戻る。
「ところで、先輩。ライブ、本当にいいんすか?」
「……ああ、僕はいいよ。もうギター、二年近くも触ってないし」
「えー、もったいな。折角の芸能デビューできる
「お前は出るんだろ?」
「いや、スタッフとして手伝いに行く感じっす。俺、先輩のギター弾く姿、めっちゃ好きなんでまた見たいし聞きたいんすよ」
「そう言ってくれるのは、お前だけだよ」
パソコンに視線を向けたまま、苦笑いする。
僕は、大学生まで路上で弾き語りをしていて、歌手を目指していた。だが、ある時何故か普段と音色が変わってしまい、それからギターが弾けなくなった。
――——いや、正確に言うと弾かなくなった、が正しい。
理由は分かっている。その頃ちょうど進路で悩んでいる時期だったのだ。
歌手をこのまま目指すか、きちんと就職して働くべきか、迷いが生じていた。それまでは、迷いなくがむしゃらに歌手になるとステージを夢見て、毎日弾き続けてきた。周りの音楽仲間もバンド等を組んでいて、「音楽で生きていく!」と意気込んでいる人が多かった。
だが、大学四年生になると現実を見始める人が増えてきて、一人また一人————と音楽を一緒に目指していた人達は、どんどん就職活動をするようになり、音楽の道から離れて行った。
「お前も現実を見ろ」
「歌手になれる奴なんて、一握りだぞ」
友人たちも「歌手になるのは諦めた方がいい」と口を揃えて言っていた。それでも、僕は歌手デビューできる日が来ると信じて、路上ライブを続けた。
何より、一番はまたあの子に会いたかったのだ。突然姿を消した彼女、琴音に僕の音楽を、歌を聞いてもらいたかった。
しかし、それも弦の音が変わったことで何もかもが変わってしまった。あれはきっと、「社会人になって働け」というお告げだったに違いないと思うようにしている。ギターが限界を知らせてくれたのだ。「お前はもう無理だ」と。
そうして、今大好きだったギターは部屋のクローゼットの中で眠っている。手入れもしていないので、前よりもっと酷い音が鳴るかもしれない。
「先輩だけは、歌手を目指して活動を続けると思ってたんすけどね」
乙哉の言葉が鋭い刃のごとく、僕の胸に突き刺さる。
「悪いな」とだけ言うのが精一杯だった。
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