いじめとカッコウ

はねのあき

いじめとカッコウ<前編>

 いじめに大層な理由はいらない。

 昼休みにクラスメイトの由利が「暇すぎる」と机に突っ伏した。

 健司が「面白いことねえかな」とあくびをした。

 そして俺が言った。


「久茲って弱そうだよな」


 久茲はクラスで一番猫背の男だ。

 体は細くて、黒縁の眼鏡をかけていて、いかにもひ弱そうだった。

 要するに彼を弱いものいじめして退屈をまぎらわそうって俺は思い付いたのだ。


「確かにドラマとか漫画とかでいじめの標的になるやつって感じの見た目だよな」


 と健司が久茲の丸まった背中を眺めて笑った。

 すると「ステレオタイプ」と由利がつぶやいた。

 その意味がわからなかった俺は、


「ステレオ?」


 とたずねる。

 由利はため息をつくだけで答えない。

 由利は俺たちよりちょっと賢いからって、俺たちを小馬鹿にしてくるのが可愛くない。


「ありきたりな偏見ってことだよ」


 由利の代わりに健司が教えてくれた。


「でもさ、偏見じゃなくて事実だと思うぜ。もはやいじめてくださいって言っているレベルだよ、あれは」


「恰好の餌食ってわけだな」


「そうそう、カッコウの餌食。俺たちの餌だ」


 やろうぜ、と由利の肩をゆする。

 しばらく机にしがみついていた由利だったが、


「他にやることもないか。でも一郎がやってよ」


 と渋々ながらも賛同した。

 それで久茲のいじめが始まった。


 俺たちは、にやにやと薄く笑いながら久茲の席に行った。

 なんの計画もなかった。

 だから久茲の目の前に来ても、なにをしたらいいのか、わからなかった。


 どうしたらいい?


 と健司と由利に助けを求めようとしたが、二人は俺の一歩後ろに控えていて、ただ俺の行動を見守っていた。

 なんだよお前ら安全圏なのかよ、と苛ついた。

 だけどここで俺がびしっと決めればリーダーとして目立てるわけだ。


「おい、久茲。お前さあ」


 いじめと言ったら、大体ああいうやつだろう。

 漫画とかの記憶を頼りに久茲に迫る。


「ちょっと金くれないかな?」


 後ろで健司と由利が「おー」と小さな歓声を上げる。

 おちょくられている気がしてさらにむかつく。


 猫背の背中をさらに丸めてスマホを見ていた久茲はゆっくり顔を上げて俺を見た。


「お金を? 欲しいの?」


「そうなんだよ。帰りにコンビニで買い食いしようと思ってさ」


「それをなんで僕が?」


「あ、殴られたい? 殴られるか金をよこすかの二択なんだけど」


 喧嘩とか全然したことないけど、久慈は見るからに弱そうなので俺は自信たっぷりに脅すことができた。

 こんなやつ、どうせ抵抗できないから、いざとなったらボコボコに殴ってやれば言うこと聞くだろう。


「わかったよ。お金渡すから殴らないで」


 久茲はそう言って通学鞄の中を見る。

 ぐちぐち言ってないで最初からそうすりゃいいんだよ。

 あ、そんなセリフ、漫画かなんかで見たことあるな。


「最初からそうすりゃいいんだよ」


 と言ってみる。

 これで後ろの二人も俺の不良っぷりに感心するだろう。


「ちょっと今、五百円しかないんだ。五百円で勘弁してくれないかな」


 久茲は片方の手が硬貨を握ったグーで手を合わせ、頼み込む。

 それしかないなら文句を言っても仕方ない。


「おう、今日はそれで勘弁してやるよ」


 俺は右手を差し出した。

 久慈はそこに五百円玉を置くが、それと同時にもう片方の手で俺の右手を下から包もうとしてくる。

 久慈の手に誘導されて俺は右手を握り込む。

 拳の中には五百円玉の感触。


「今、五百円玉を渡したよね? ちゃんと感触あるよね?」


「あるけど」


「そのまましっかり握っていて。しっかり握ってないと、その五百円玉は消えてしまうよ」


 深刻な声色で久慈は俺に指示を出す。

 消えるってどういうことだよ。

 わけがわからなかったが、せっかくカツアゲした五百円を失いたくないから俺は右手に力を込めた。


「そう、いい調子。そのままちゃんと握っててね。その五百円玉は、本当は僕の物だった。だから僕のところに帰りたくて仕方ないんだ。ちゃんと握ってないと瞬間移動して、僕のところに戻ってきてしまうよ」


 瞬間移動って手品かよ。

 でも俺の手には五百円玉の感触がある。

 だからこのまま思い切り握りしめていれば確実に俺の物になる。

 そう思っていたのだが、久慈が「あ~あ」と残念そうな声を上げた。


「ちゃんと握ってて、って言ったよね。今、五百円がどっか行っちゃったよ」


 と言う。


 でもその言葉は信じられなかった。

 俺の右手には硬貨が瞬間移動したような感触はない。


「開いてごらん。もう五百円玉、なくなってるから」


 まだあるに決まってるだろ、と手を開いてみると本当に五百円玉は消えていた。


「えっ、あれ。嘘だろ? おい、どこやったんだよ」


「こればっかりは僕にもわからないよ」


 久茲はブレザーのポケットや財布を探す。

 しかし見つからないようだ。

 怪しいと思って俺も久茲のポケットをあさるが、どこにも五百円玉はない。


「もしかしたら僕の方じゃないのかも。ブレザーのポケットとかに入ってない?」


 促され、俺は自分のブレザーに触る。

 するとポケットに五百円玉が入っていた。


「うおっ、あった!」


「五百円玉は間違ってそっちに瞬間移動しちゃったんだね。しょうがないから、その五百円はあげるよ」


 なんとか五百円は俺の物になったようだ。

 一生懸命握ったからな。

 これで俺の物になっていなかったら損ってやつだ。


「おう、また来るからな。しっかり金を用意しておけよ」


 と予告して、俺は自分の席に戻った。

 そして健司と由利に戦利品の硬貨を見せびらかす。


「ちょろいもんだぜ」


「俺にはお前の方がちょろかったように見えた」


 健司は呆れた顔をしていた。

 由利は俺を小馬鹿にした笑みを浮かべている。


「一郎、いいカモだね。こっちが恰好の餌食だったわけだ」


「え? カモってカッコウに食われるの?」


 俺はすごくびっくりした。

 カッコウよりカモの方が大きいはずなのに、カッコウの方が強いのか。

 しかし健司と由利は目を丸くする。


「は? なに言ってんの?」


「だってカモでカッコウの餌食って言ったじゃんか」


 俺がそう言うと二人はどっと笑った。


「恰好の餌食の恰好はそのカッコウじゃねえよ!」


 また馬鹿にされる。

 俺は顔が熱くなる。

 弱いやつから金をカツアゲしたのになんで笑われなきゃいけないんだ。


「でも五百円はカツアゲしたんだぜ。ほら、ここに五百円玉あるんだからな!」


「それはそうだけど、でもあいつの手品すごかったね。後ろで見てて全然わからなかったよ」


 由利は俺じゃなくて久慈に感心していた。

 このままでは終われないと思った。

 なんとしても久茲を痛めつけて、やつが俺より弱くてカッコウの餌食であることを証明しないといけないと思った。



 翌日、また昼休みに俺は久慈の席に行った。

 健司と由利も見物でついてきた。

 二人は久茲じゃなくて俺が痛い目に遭うことを期待している様子だが、昨日は久慈が手品をやってくるなんて想像していなかったから、なすがままだったのだ。

 手品をしてくることがわかっていて騙されるわけがない。


「おい、また金くれよ」


「申し訳ないんだけど、今日も五百円しかないんだ」


 また同じ手品で俺をからかおうという魂胆のようだ。

 舐められたものだ。

 だけど同じ手品の方が俺にとっては好都合。

 有利だ。


「わかった。それでいい」


 久茲はまた硬貨を俺の右の手のひらに置く。

 硬貨の感触をはっきり感じる。

 すぐにもう片方の手で誘導して、右手を握らせてくる。


「うおおっ!!」


 俺は全力で拳を握った。

 どういうトリックはわからないが、俺が全力で隙間なく握りしめていれば、五百円玉は取り出せないはずだ。


 しかし久慈は昨日と同じように残念がって、もう消えてしまったと言ってくる。


「悪いがその言葉を信じるわけにはいかないな。まだ俺の手には五百円玉の感覚があるからな。だから俺のタイミングで開かせてもらう」


 しっかりまばたきをして目に水分を行き渡らせる。

 そして一瞬たりとも五百円玉の存在を見逃さないように、ぐわっと両目を開くと同時に右手を開いた。


「ぐおおっ!!」


 五百円玉は無くなっていた。

 そしてやはり俺のブレザーのポケットに瞬間移動していた。

 二度目の敗北だった。

 しかも昨日と全く同じ手品にやられ、トリックも見当がつかない。


「カモ」


「カッコウ」


 健司と由利は容赦なく俺を煽ってくる。

 でも二人も久茲の手品のトリックを見破れていなかった。

 俺からすれば二人も敗者だ。


 俺は悔しかった。

 いじめて見下すはずだったやつに手品で遊ばれていることが。

 どうにかしてやつのトリックを打ち破って、俺の方が上なのだと理解させたい。

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